人生で、デートなんて何回経験したことがあっただろう。
多分…えーっと…、ない!
だから、ちょっと朝からドキドキしてる。
今日は女の子と二人っきりで出かけるんだから、デートって言っていいよね?
うん。そう。きっとそう。
だから、絶対楽しもう!それに、絶対楽しんで貰おう。
待ち合わせの駅の改札を抜けたところ、約束の場所。
予定より15分も早く着いちゃった。
俺どんだけ楽しみなんだー!ってツッコミたくなったけれど、約束の場所に立ってる一人の女の子が落ち着かない様子でケータイを見て、そわそわしてるのが目に飛び込んできたら、もうそれどころじゃなかった。
「おまたせ!」
「えっ!お、音也!?あ、あれ?時間…」
「俺が早く来ちゃっただけだよ!でも君の方が早かったなんて…待たせてごめんね!」
「う、ううん!全然っ!でも本当に来てくれるなんて…思ってなかった…」
「えー!もしかして俺信用ない?約束は守るよ」
俺はアイドル、彼女は俺のファン。
きっと、彼女だけを特別扱いしたらダメなんだろうし、もし園長先生…じゃなかった、社長とかにバレたら怒られちゃうだろうな。
だけど、この気持ちを止められなかった。
初めての出会いは電車の中。
彼女が落とした手紙を拾ったのがきっかけ。
その手紙がなんと俺宛てのファンレターで、そのまま俺は手紙を貰った。
仕事へ行く途中でそれを読んで、すっごく感激して、俺、アイドルやってて本当に良かったって思えた。
それに彼女ってすごく優しい子だったんだなって思った。
そしたらなんと、次の日彼女は電車でトキヤと会ったんだって。
すごい偶然だよね。
しかもトキヤが俺が喜んでたって話したら、嬉しくて泣いちゃったんだって。
その話聞いて、俺が嬉しくて泣きそうになったよ。
とにかく、この子には改めてお礼がしたいなって思ったんだ。
だから、俺はその子に連絡を取ろうと思った。
封筒にあった住所。
事務所の寮からそんなに遠くなかったから仕事帰りに前を通ってみたら、本当に、まさに、ちょうど、彼女も仕事から帰ってくるところで、もうこれは運命なんじゃないかって、舞い上がっちゃって、気付いたらデートに誘ってた。
「信用してないってわけじゃないよ!ただびっくりして…。だって音也は私にとって手の届かない存在で…。あ、ごめんなさい。呼び捨て…」
「え?いいよいいよー。音也って呼んで!」
「…うんっ!じゃあ、音也って呼ぶね」
彼女の笑顔はまるで花が咲いたみたいで、明るくて、眩しくて。
彼女が笑うたびに心臓がドキドキした。
一応、眼鏡を掛けてみたりして変装をしてみたけれど、彼女に迷惑を掛けるわけにもいかないから数時間だけのデート。
翔が前に那月と行って美味しかったって言ってた店に案内して、ごはんを食べて、おしゃべりする。
彼女の話は俺を褒めることばっかり。
手紙の時もそうだけど、彼女は俺のすっごく細かい仕草や自分でも気づいてなかった癖を見抜いててすごい。
お陰で彼女と話してると勉強になるし、なにより、俺がすごく楽しかった。
デザートが美味しいとか、今日の占いがよかったとかいろんな話をしたけれど、彼女の笑顔が一番輝いていたのはやっぱり俺の話をしてる時だった。
あんまりにも楽しそうに話すから、それだけで俺まで楽しくなってきちゃって、俺が今日は楽しませてあげようって思ってたのに、結局は俺が彼女に楽しませてもらってるみたいになっちゃった。
「ねぇ、この後時間ある?」
ご飯を食べるだけの約束だったんだけど、このまま彼女と別れるのがなんだか淋しくて、勿体なくて、気付いたらこんなことを言っていた。
頷いてくれたのが嬉しくて、思わず抱きしめてしまいそうになったのは秘密。
びっくりして嫌われちゃったりしたら嫌だから。
だって、彼女は俺の大切なファンだもんね。
「今日は本当にありがとう!音也とこうやって過ごせるなんて夢みたいだった」
もう日も沈んで、空は暗くなってしまっていた。
明日は早朝からロケだって言ったら、じゃあもうお別れしようって彼女が言い出す。
俺がどんなに大丈夫だって言っても、ダメだって聞かない。
頑張ってる音也が好きだからなんて言われたら、俺も素直にさよならするしかなかった。
「俺も…すっごく楽しかった。あ、そうだ、これ。君に手紙を書いたんだけどよかったら読んでくれる?」
「…えっ!手紙?」
「うん。君からの手紙、すっごく嬉しかったから。俺、そんなに字綺麗じゃないし、たくさんは書けなかったんだけど…」
「うれ…しい…」
手紙を俺とを交互に見て、顔を赤くして彼女は受け取ってくれた。
ああ、どうしよう。そんな顔されると思ってなかった。
「ありがとう、音也」
「…ねぇ、もしよかったら、君のケータイのアドレス教えて欲しいな」
意を決して俺は言い放った。
友達に聞くのとは違う、このドキドキ。
ファンの子に聞くなんて初めてだからかな。でも、このままお別れなんてできない。
せっかく、こんなに楽しい時間を過ごせたんだから。
「私の…!?お、音也がいいなら私は構わないけど…!いいの?」
「いい!全然っ!むしろお願いっ!!」
一件増えたアドレス帳。
その日の夜、メールを送った。
「よかったらまた、遊びに行こう」って。
すぐに返ってきたその返信にニヤついちゃって、なかなか眠れなかった。
お陰で次の日は遅刻ギリギリになっちゃったけど、俺はすっごく幸せな気持ちでいっぱいだった。
(途中下車)