拍手ありがとうございました!
以下、拍手お礼内での連載
線路の行方(音也vsトキヤ)
の8話です。
夕日が沈む。
「お世話になりました」
「お大事にしてください」
医師や看護師に頭を下げ病院を後にした。
忙しく過ごしている日常とは打って変わって、今日一日の時間の経過は酷くゆったりと流れている気がした。
一日が24時間である以上、同じように流れているはずの時間でもこんなにも感覚が違うとは…。
帰路につき、見慣れた風景。
私は、何をしているのだろう。
事務所の寮の前、エレベーターを呼ぶため視線を上げる。すると、視界の端に彼を捉えた。
「音也…」
私の声が届いたのか、向こうもこちらを見る。
いつもならば、笑顔を見せて「トキヤも今仕事帰りー?」なんて鬱陶しいくらいに話しかけてくる彼が今日は気まずそうな表情を浮かべている。
それもそうだ。
昼間、彼の神経を逆撫でする言葉を送ったのは私自身なのだから。
仕事に穴をあけたこと、それは自分の健康管理がなっていなかったというプロとしては致命的なミスで、苛立っていた。
それを彼にあたったことは確かに大人げなかった。
謝るべき…なのだろうか。
ちら、と見ると、私より一歩後ろで彼はエレベーターの到着を待っていた。
暗い表情のまま、俯いて。
「…トキヤ、」
そんな音也が口を開いた。
「なんです?」
先に向こうが口をきいてくれたというのに、答える声もまた暗くなる。
いや、普段通りといえば普段通り。抑揚の少ない、機械的な返事。
「…トキヤは、好き…なの?」
「…は?何がです?」
今日の話をされるとばかり思っていたために戸惑う。
「あの子の…こと……」
いや、これもまた彼の中では今日の話の続きになっているのだろう。
「音也、まさかあなた…」
最も恐れていたことが起ころうとしていた。
これを阻止するために私は彼女に近づいたというのに。
「…俺は、あの子のこと…す…」
「ふ…ふざけないでください!!」
ぷつんとなにか切れる音がした。
私は…私が彼女と交流を持ったのは、すべて、この男のためだったというのに。
彼女に対して、ファンに対する気持ち以上の気持ちを抱かせないために。
そのために、私は彼女に近づき、彼女の気持ちをこちらに向かせようと…!
私は…。
「それで…それでアイドルが務まると思っているんですか!!」
「でも、…俺は…っ!!」
「いけません!」
バカな男だ。
ファンサービスの一線をもうとっくに越えてしまっていたというのに。
これ以上は本当に踏み込んではならない。
友情よりも上の気持ちを抱いては…。
「なら…っトキヤは?」
「は?」
僅かに私より身長の低い彼がこちらを鋭い目つきで睨んでくる。
「トキヤはあの子のこと何も思ってないの?」
「何を…」
「あの子と連絡取ってるんでしょ?あの子からもらえる言葉、何にも感じないの?何も思わないの!?」
そんなはずがないだろうに。
彼女の言葉はいつだって的を得ているし、視聴者、ファンとしての目線でいつも応援の言葉をくれる。
撮影に疲れている時は労いの言葉が身に染みるし、彼女の些細な言葉ひとつひとつに励まされている自分がいる。
けれど、否定してしまっては、いけない気がした。
そしたら、私もまた音也と同じになってしまう。
音也と似た感情を彼女に持ってしまっていることになる。
それではいけない。
私は、彼女に音也からの注意を逸らすため、彼らの想いが叶うことがないようにするためだけに仲を持っていたのだから。
けれど、
彼女に対して何も思わない
とは言えなかった。
ふらふらとした足取りで楽屋に入り、手に取った携帯電話。彼女からの着信があった。
電話に出るという行動を脳内で信号にして指先に送るより先に昨夜の私はみっともなく倒れ込んでしまった。
今朝、目覚めた時に彼女から電話だなんてバカな話があるかと自分を嘲笑うために手に取った端末に記された昨晩の履歴。
夢ではなかったという、喜び。
そして寝起きの舌っ足らずな彼女の声に心が落ち着くのを感じた。
さらに、すぐに切れてしまった電話のもの悲しさ。
その後慌てて駆けつけてくれた彼女の心配そうな表情。
それに対して、何も思わないはずがなかった。
「……っ」
「ほら…トキヤだってそうなんでしょ」
「違います、私は…っ私は!!」
首を大きく振り、否定の言葉を口にする。
いつの間にか来ていたエレベーターの扉が目の前で閉まった。
しかし、私と音也はそれに気を留める余裕もなく見つめあう。
暫く、無言でお互いの目を見ていた。
音也の心は決まってしまっているようだった。
私もまた、譲れないプライド。
プロとして活動している以上、あってはならない感情を彼に持たせたくない。
そしてなにより、自分が持ってしまうだなんて、認められるはずがない。
「…もういいよ」
吐き捨てるように音也は言った。
2歩進むと、上ボタンを押す。
エレベーターの扉が開き音也は乗り込んだ。
「トキヤは本当の気持ち、言ってくれないから話しても無駄だよ」
彼にしては鋭すぎる視線でこちらを見る。
「そんなの、フェアじゃないもん」
目の前で扉が再び閉まった。
そして、その後私と彼は口をきく機会が極端に減り、いつしか週刊誌が報じるようになっていた。
『ST☆RISH音也・トキヤ決別!?解散秒読みか!』
(下り線)