季節の変わり目
自主練日、レンくんとの練習日、春歌ちゃんとの練習日。
このサイクルで私は日々アイドル、そして作曲家になるべく練習を重ねていた。
3日に1回なので、ずっとレンくんを拘束するわけではない。
自由人レンくんの負担にもならず、ファンのみなさんからの嫉妬もそこそこ緩和されていた。
それどころか、確認のため録音したレンくんの歌声データを欲しいと擦り寄ってくる女の子たちまで現れ、丁重にお断りする日々。女の子ってすごいなぁ。
そして、春歌ちゃんとの練習は毎回とても楽しい。
作曲の時に困ったことがあれば、春歌ちゃんがアドバイスをくれるし、アイドルとしての私の方向性も一緒に決め始めた。
春歌ちゃんにとっての1番のアイドル。
それはHAYATO様だった。
いつも笑顔で周囲を明るくする。
私にとってのアイドルのイメージも似たようなもので、HAYATOほどではなくても、華やかで楽しげな印象を与えるアイドルになりたいと思っていた。
春歌ちゃんはそのイメージを曲にしてくれる。
会う度に色々な曲の提案をしてくれ、私を驚かす。
さすが、私の1番の先生だ。
そんな風に忙しく課題をこなし、曲を作りに没頭していたら、季節はいつのまにか初夏を迎えていた。
髪を下の方で二つに結うとちょっぴり幼い見た目に変わる。
それでも、下ろしているよりはこちらの方が都合がよかった。
だんだん、気温が上がり始めていたからだ。
「夏服の人…増えてきたなー…」
休み時間に教室を見回すとちらほらと変わってきている生徒たちの服装。
「俺も明日から夏服にしようかなー」
となりで翔くんが呟いた。
「えー翔くんも?」
「なんで、えーなんだよ。別にいいだろ?」
昨日からレンくんも夏服デビューを果たしていて、その袖から見える筋肉質な腕に女の子たちがきゃあきゃあ喜んでいたのを私は聞いている。
「翔くんの腕見てもみんなそんなに喜ばないよ、ね?だから冬服で居ようよー」
「なんだよそれ!俺はレンと違ってただ暑いから夏服にすんの!あやねも夏服着ればいいだろ?」
「私…夏服持ってないんだもん」
「え?まじ?なんで?」
「買ってないから」
はぁ、と私はため息を吐いた。
早乙女学園の生徒たちは入学前に制服などを一式揃える。
しかし、私はこの身一つでこの世界へ来た。あるのは冬服のみ。
さすがに中のシャツなどはシャイニーのポケットマネーから買って貰ったけれど、それでも持っているのは冬服だけ。
そんなに多くない私服はトモちゃんハルちゃんから恵んでもらったもの。
ほとんど制服で毎日過ごしているのでいままであまり困ったことはなかったのだが、冬服が夏服になる時はちょっと困る。
実は昨日、シャイニーに夏服欲しいなーとおねだりをしてみたのだが、校則で制服の着用は義務付けられていても、夏に冬服着てはいけないという校則はアリマシェーン!と肩を叩かれてしまった。
つまりは、うん。
欲しかったら自分で買えという事だ。
でも、私の所持金は今は0。
前回の順位が未だに響いている。
そろそろ死活問題になってきたので、早く次のテスト来い!と常日頃から私は思っていた。
数日もすれば、完全にみんなの姿は夏服に変わって、他クラスはもちろん、我らがSクラスでも女子でブレザーを着ているのは私のみになっていた。
女子で、というのは男子にも私と同じくブレザー族がいたからだ。
その人物とは、友人、一ノ瀬トキヤくんだった。
「私、絶対トキヤくんより先に夏服になってやるんだから」
少々へばりながらもトキヤくんに宣言。
そんな私に、トキヤくんはブレザーを脱いで言い放った。
「すみませんが、私の夏服はこれなので」
カッターシャツになっただけ。
Sクラスの夏服はポロシャツ。
そんなの、夏服と言えるはずがない。
「脱いだだけじゃん」
「いえ、夏用のネクタイは手元にあります。下も君が望むなら今から夏用に変えて来ますが?」
見下すように言われ、私はむっと口を尖らせる。
「シャツは?」
「ありますが、着ません」
「なんで?」
「似合わないからです」
「えっ」
私の口元が薄っすら弧を描く。
似合わないから?そんな理由で?
「学年一位のトキヤくんなのにポロシャツ一つ着こなせないの?」
小馬鹿にした態度で私が言うと、トキヤくんはさらに鼻で笑ってみせた。
「ええ、一位の私には着こなせないので、もしよければ最下位の早乙女さんに譲って差し上げましょうか?あ、サイズが違いすぎて君はもっと着こなせませんね。すみません」
嫌味ったらしくトキヤくんは私に笑う。
「………」
私は完敗で言い返す言葉も思い浮かばず、唇をぐっと潰した。
「翔くーん」
結局、口では敵わないと悟って、確実に味方になってくれる人物の背後に回る。
紺色のポロシャツの背中。小さめだけど、トキヤくんの背中より断然、男らしい。
「トキヤくんがいじめてきますー」
顔だけそこから出して、告げ口。
「子供ですか」
「トキヤくんが大人振りすぎてるの!」
そんな口喧嘩をする私たちを翔くんが笑った。
「あやねいじめすぎんなよー、またすぐ泣くぞー」
「な、泣かないよ!そんな簡単に!」
先日泣いたせいで、翔くんには私が泣き虫だと思われてしまった。
おかげで、こうやって庇ってくれているようで実はネタにされている。
「つーかお前、暑いならブレザーのボタン全部閉めてまで着なけりゃいいだろ」
「うん…。そうだよね、脱ぐ」
早乙女学園の制服が着れることが嬉しくて、様々な着こなしを見せる生徒たちの中、私は1番ベーシックな着方をしていた。
おかげで、トキヤくんと私で来年の早乙女学園のパンフレットに載せる用の写真を撮ったらどうだと龍也先生から勧められたこともある。
「おお、涼しくなった」
ブレザーを脱ぐと随分違う。
風通しがかなりよくなった。
けれど、スカートはまだ黄色いまま。シックな緑色のスカートも着てみたい。
「結局、またトキヤくんと同じ格好になっちゃった」
隣を見て、しょんぼり頭を下げる。
「なんですか。私と同じでは不満ですか」
「わりと」
「わかりました。明日から夏服にしてきます。君は思う存分、学園内で浮いた存在でいていいんですよ」
冷たい言葉に、私はわっとトキヤくんのシャツ袖を掴む。
「ウソ!ウソです!トキヤくんと同じ格好嬉しい!そんな酷いこと言わないでよー」
ぐいぐい引っ張ると、トキヤくんは鬱陶しそうに私の手を払う。
「やめてください。伸びます」
「なら、明日も明後日もこの格好で学校来て!」
いい意味で目立つのならともかく、季節感のない服装で無意味に人目を引きたくはない。
せめて、もう一人いてくれたら心持ちが変わるだろう。
「どうして私が」
「一人ぼっちは嫌だもん!お願い!お願いします!」
頼み込む私にトキヤくんは視線を下へ向ける。
「いつになったら夏服を用意できるのですか?」
「えっと…。次のテストの結果が良かったら」
「そんなの待てません」
次のテストまではもう少し日にちがあるし、何より私が良い結果を残せる確証もないからだろう、ふいっと顔を逸らしてしまうトキヤくんの腕を私は掴んだ。
「ま、待って!なんとかする!テスト以外で何かちゃんとお金準備する方法考えるから!もう少しだけ待って!」
翔くんが、なんだよこの茶番、と小さく笑うが私は必死だ。
「ほう。どうやって?」
「うーん、うーん…」
お金を稼ぐ方法なんてすぐには思いつかない。
バイトでもすれば良いんだろうか。
「どうしようトキヤくん!」
逆に聞き返してみた。
自分に聞かれるとは思っていなかったからか、トキヤくんまでしどろもどろになる。
「え、そ、そうですね…」
2人して考え始める。
「翔くん、なんかないかな…?」
「なんかって言われてもなぁ…」
さらには翔くんにも助けを求め、3人で悩み始めた。
教室の廊下側の壁際。
そこが私たちのいつもの居場所だった。
「おい、お前らなにやってんだ」
そこへ声が掛かる。
「あ、龍也先生」
すぐ傍の扉から教室に入ってきた先生。ちょうど良いところに!と私たちは詰め寄った。
「日向さん、彼女が何かをお金を手に入れさせる方法はありませんか」
「こいつに出来る事務所のバイトとか!」
「龍也先生!私にはお金が必要性なんです!」
迫る私たちに先生の顔が引き攣る。
「金金言うなよ、みっともねーな。ん…ああ、そうだ」
何か思い出したように先生は持っていた書類の束から一枚の紙を取り出した。
「締め切り近いけど、これ、お前やってみないか?」
そして、それを私に手渡す。
一斉に私たちは3人は紙に注目した。