作られた魔法
髪を切り、ご機嫌な私は足取りも軽く自室へ向かう。
途中、左右に女の子たちを引き連れたクラスメイトが目に入った。相変わらずのその姿。少し気になって声をかけてみる。
「レンくん?」
あれだけ周りに女の子たちを侍らせているにも関わらず、彼はしっかりと私に気付き微笑みを返してくる。
「やぁレディ?髪型を変えたんだね。とっても似合っているよ。君の魅力が上手く引き出されているね」
褒められて嬉しいはずなのに、彼以外からの羨望の瞳が痛い。
「レンさまぁ、私もそろそろ髪を切ろうと思うんですけど、レンさまはどんな髪型の女の子が好き?」
「あたし昨日前髪切ったのに失敗しちゃったんですぅ」
「レンくんレンくん」
彼女たちは口々にレンくんの気を引くための言葉を発する。私は、はぁっとため息を吐くがそんな頃にはもう誰も私のことを見てはいなかった。
「困った子羊ちゃんたちだ」
そう口にしながらも、困った様子など全く見せず彼は女の子たちを喜ばせる言葉をぽんぽんと吐いてみせた。
私は挨拶もなしにその場を離れる。背中越しに聞こえる甘い台詞がまるで呪文のように思えた。
「いいじゃん!!超似合ってるよ!」
「とってもかわいいです!!」
女子寮のうち、唯一の友達がいる部屋に私はお邪魔していた。
トモちゃんとハルちゃんに予想以上に絶賛され、図々しくもお披露目に来たのに逆に照れてしまう。
「ねぇ今日夕飯一緒に食べようよ」
「いいの?」
「あやねちゃんと一緒にご飯って初めてですね!」
「私今までほとんど1人だったから2人と食べれるなんて嬉しい!」
「そうと決まれば、せっかくなんだからメイクしようメイク!」
ご飯と言っても学園内にある食堂でそれぞれ好きなものをフードコートのように選んで食べるだけなのだが、メイクまでする必要があるだろうか?
トモちゃんに尋ねるとせっかく可愛いんだからとことん極めなきゃ!とのこと。
やる気になったトモちゃんにメイクをして貰いながら私たちは雑談をする。春歌ちゃんもトモちゃんのアシスタントとしてテキパキとメイク道具を手渡し、この2人の相性の良さが伺えた。
「それでね、帰ったらもう部屋が改装されてたんだ!今度2人も遊びに来てよ!」
「はいっ!ぜひっ!」
「ところであやねってアイドルと作曲家の両方目指してるんだっけ?」
シャドウを塗られているため、大人しく目を瞑りながら私は答える。
「うん。一応そうだよ」
「大変よね、課題も二倍?」
「課題はもちろん二倍ー。半分にはしてくれないみたい。今はまだ予習復習程度だからいいけど作曲の方はこれからどんどん作らなきゃみたいだし…。ね、春歌ちゃん」
「はい、次は課題曲にアレンジを加えるんですよね」
「そうそう。それでアイドルコースの授業は自分の自己紹介と長所短所をいかに短時間で相手に印象付けるかを考えてこいってのも出てるし」
「ああ、あったあった」
トモちゃんの手に握られているマスカラが私の睫毛をなぞって行く。目に入らないかちょっと怖いがトモちゃんを信頼して、できるだけ瞬きをしないよう見開いた。
「授業はどうやって出てるの?時間被ってんでしょ」
「アイドルコースの授業はSクラスの時間に出て、作曲家コースの授業は出れなかった分はAクラスの方に参加してるんだー。ねー」
笑いかけると春歌ちゃんもまた笑顔で「ねー」と返してくれる。
「あんたそれ、いつか絶対身体壊すよ?」
「壊さないようがんばる!」
「がんばるってそんな簡単に…」
呆れた様子のトモちゃん。心配してくれてるのが分かるから余計に平気そうに振る舞う。
「私、実力も才能もみんなよりないからがむしゃらでもなんでもやるしかないんだ!大丈夫、なんとかなる!」
「作曲の方なら、わたしが手伝えることは手伝いますっ!」
そんな私を気遣うように春歌ちゃんが手を握ってくれる。
「ハルちゃん…!」
「なら、アイドルに関することはあたしができるだけアドバイスとかする!これであんたの負担、ちょっとは軽くなるでしょ?」
春歌ちゃんが握っているのとは反対の手をトモちゃんが握る。
「トモちゃん…っ!!」
両手に感じる体温と安心感。私はなんて素敵な友達を持ったのだろう。
「3人でアイドルと作曲家、両方のプロ目指そう!」
「うん!」「はい!」
それから、トモちゃんにアイドルを目指すなら学校へ行くのにもお化粧はできるだけしなさいと教えられた。
自分の顔の活かし方を覚えるために。それに、この学園にはたまに別の事務所からのスカウトも来るようで、そう言った人達からの目も気にしなければならないとのこと。
「まぁ、あやねはここの事務所に入らずに別のとこに入るなんてシャイニングが許さないんだろうけど」
とも言われた。
たしかに、もし所属できるとしても私はシャイニング事務所以外あり得ないと思っているし、そもそも事務所所属なんて夢のまた夢すぎて想像がつかない。
春歌ちゃんには全くの初心者である私に作曲の仕方というか、始め方を教わった。曲というのはきっちりきっちり最初から作っていかなくても、鼻歌からも作れるのだそうだ。
それをメモして書き溜めていくのも面白そう。私にはまだ楽譜に書き起こす力がないからイメージだけでも書き留めようと思った。
メイクも全て終わり、ゆるく巻かれた髪を改めてトモちゃんに手直ししてもらった。そして私たちは部屋の扉を開く。
この時間なら食堂には生徒がたくさん居るだろう。
今の私はちょっとしたシンデレラ気分。
この魔法が解けないよう、これからの努力で保っていかなければならない。
早乙女あやねの名を自信を持って名乗れるようになるために。