変わっていける



「あら」
職員室を出ると視界に桃色の髪を揺らしながらこちらに歩いてくる林檎先生と目が会った。
「こんにちは」

「こんにちは。あやねちゃん、だったかしら」

「はい、りんご先生」

聞いてるわよぉ、と先生は私の背中を叩く。

「やっぱり似てないわねー!あなたってザ・普通の子って感じだもの!」

「実際普通の子ですもん」

初対面だが、嫌味ではなく素直な感想を述べる先生に私も笑って返す。

「それに、シャイニーと比べたら誰だって普通ですよ」

「まあ!シャイニーって呼んでるの?やーん!あたしとお揃いっ!」

嬉しそうに体を揺らす先生。

「本当ですか!お揃いですね!」

今知った、とでもいうように驚いて見せるが、実際はもちろん先生がシャイニングをシャイニーと呼んでいるのは知っていた。それどころか、先生の呼び方を私が真似したのだから。

林檎先生は本当に近くで見ても、女の子に見えるくらい可愛くて綺麗だった。
メイクもすごく丁寧にしてあって、髪もつやつや。まさにアイドル。
この人のような容姿だったら、私も周りから普通だなんて言われなくなるのだろうか。

「先生、かわいくなるためにはまず何から始めたらいいんですか?」

「あやねちゃんはかわいくなりたいの?」

「はい!だってアイドルを目指すのにこのままじゃだめだと思うんです」

どんなにみんなと仲良くなれても私の容姿が変わるわけじゃない。
アイドルコースの生徒と作曲コースの生徒はなんとなく見ているだけで見分けられる。
作曲コースの子もかっこいい子やかわいい子は多い。けれど、アイドルコースの子たちは明らかに煌びやかというか、華がある。
少しでも追いつくにはまず形からということで、本当に形、容姿から入ろうと思った。
それに容姿を整えることは作曲コースにも無関係というわけでもないと思う。自分を飾ることはある意味クリエイティブなことだと思う。いかに自分を活かすか…それは作曲にも言えることなんじゃないか。いいメロディーラインがあるのならそれを際立たせるイントロや間奏、ハーモニーは不可欠だ。逆にメロディーがイマイチだったとしても他を整えることで誤魔化しが効く気もする。
当然、メロディーがイマイチの曲なんてこの学校では許されないだろうけれど、これは例えばの話だ。

「美容に関することってお金が掛かるのは分かっているんですけど、今の私には一万円しかなくて…。それで、この一万円を有効活用出来ることは何かなと思って」

「うーん、そうねぇ。あなたの場合…」

「私の場合…」

「そうね、決めた!あやねちゃん、今日の放課後は時間ある?」

「はい?」

「連れて行きたいところがあるの!」

意気揚々と先生は声を上げる。空色の瞳が頼もしく光った。






「わー!かるーい!」

私は鏡の前でくるりと回って見せると、先生も喜ぶ。

「上出来だわ!かわいくなったわよー」

放課後、私は林檎先生に連れられ美容院に来ていた。都会の中心、先生の行きつけだというこの店は白と黒のコントラストが美しい、かなりおしゃれなデザインの美容院だった。はっきりとは分からないが料金もそれなりの値段になりそうだ。途中で飲み物まで用意してくれたし、カット台のある部屋も林檎先生がいるからか他のお客さんからは完全に遮断されていた。しかし、店員の指名料なども全てまけてくれるとのことで一万円でシャンプー、カット、パーマ、トリートメント全て込みという破格の待遇を受けてしまった。

ぱっと見の印象として髪型は重要なものだ。
無駄に伸びてまとまりなく広がっていた私の髪もプロの手に掛かれば上品に纏まっていた。

「今日はありがとうございましたー」

「是非またお越しください。早乙女さんの髪のプロデュースはよろしければ今後も当店が担当させて頂きたい」

「え?」

軽やかながらもまとまりのある、まるで自分のものではない黒髪を作り上げてくれた店長さんが礼を言った私に話しかける。 

「あ、あの…」

早乙女と言っても私はまだ学生で、しかもある意味裏口入学の子供に対してそんな事を言われるとは思ってもみなかった。単なるセールストークであり、相手も私が有名になると確信があって言っているわけではないだろうが、それでも私にとっては驚くに値する申し出だった。

「あやねちゃんはまだうちの事務所の専属じゃないから契約はできないわよー!あっ!そーだ。この前のトリートメント剤また2つ貰える?」

そんな私に林檎先生が助け舟を出してくれる。ホッとして先生を見ると、気にしなくて大丈夫よ、と言いたげに先生は目配せをした。

「はい。いつもありがとうございます。すぐご用意致します」

店長さんは人の良さそうな笑みを浮かべ、先生に頭を下げると奥へと取りに行った。







行きと同じく、帰りもタクシーが店頭で私たちを待っていてくれた。先生ほどの人気アイドルになると電車はあまり乗らないのかもしれない。お金は先生持ちということで、ありがたく乗せて頂く。

「ふふっ!学園に帰ったらみんなびっくりするかもしれないわねー」

「戻ったら早速いろんな人に見せて周ります!!」

シャイニーには直接会ってお礼と、この髪型の報告をしよう。それから龍也先生にも。あと、春歌ちゃんにトモちゃん、SクラスAクラスの友達となったプリンスたちにも見せたい。


「先生、今日は本当にありがとうございました!先生が居なかったら私、絶対こんなに変われませんでした!クラスだって違うのにすごく親身になって貰って…!」

とってもとっても幸せなことだ!
先生を目が合うと、ふっと笑顔を向けられる。そして、先生の右手が伸び、私の頬に触れた。

「担当するクラスが違ったってあなたが私たち教師のかわいい教え子であることに変わりはないわ。これからもいくらでも頼って頂戴。それと、これ、さっきのトリートメント。一つあやねちゃんにプレゼントするわ。せっかく素敵な髪なんだから大切にしてね」

「こ、こんなに良いもの頂けませんよ!」

ただでさえ、先生のおかげであんなにいい店で髪を整えて貰えたんだ。それなのにトリートメント剤まで頂くなんて贅沢すぎる。

「気にしなくていいのよ。あたしがあげたいだけなんだから。でも他のみんなには内緒ね?約束。本当はもっとお化粧品とかエステとか色々連れ回して大改造しちゃいたいところなんだけれど今日のところはここまでね」

そんな会話をしていたら車は早乙女学園の門の前まで来ていた。
中に先生と私が乗っているのを防犯カメラが確認し、門が開く。そして、生徒用の寮の手前でタクシーは停止した。

「じゃあね、あやねちゃん」

「はいっありがとうございました先生!私、りんご先生のような人になれるようこれからいっぱいがんばります!」

「期待してるわ」

扉が閉まると車は校舎の方へ走り出す。
私は改めて寮を見上げた。
夕暮れの中に佇む白い外壁の寮。今日からの私はまた違う私だ。
古い私は捨てよう。泣き言は言わないよう、前を見て笑顔で進んで行けるように。
今朝見たテレビの中のHAYATOの屈託のない笑顔のように、龍也先生みたいな人を安心させる笑顔のように、林檎先生の誰からも好かれる輝いた笑顔のように。
笑って、私も周りの素敵な人たちに負けないようにがんばって行こう。


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