夕暮れの空。
部員たちの掛け声が宿舎まで聞こえてくる。
私と絵里ちゃんは黙々と作業をしていた。
晩御飯を作ると言う名の作業だ。
決して料理ではない。
「も…もうだめです隊長…!腕が!腕が持ちません!」
「なら腕を犠牲にしてでもがんばって」
「な…!絵里隊長は私の腕と晩御飯どっちが大事なの!?」
「ごはん」
なんてつれない親友との会話を楽しみながら(?)仕事に励んだ。
そして必死で作った晩御飯も、
「いただきまーす」
「ごっそーさまでしたー」
部員たちにかかればぺろり。
あんなに時間をかけたのに…と思いつつも、おいしいって言ってもらって残さず食べて貰えるのは嬉しい。
初日の合宿は慌ただしいうちに時間が過ぎて行った。
食器類を片付けて、あとは部屋に戻ってお風呂に入って寝るだけ。
お疲れ私…。
広々とした露天風呂かなにかで疲れを癒したいところだけれど、私たちマネージャーの部屋のお風呂は普通のサイズなので一度に一人しか入れない。
絵里ちゃんには先にお風呂に入ってもらうため、早めに仕事を切り上げて部屋に戻ってもらった。
食堂の電気を消して、伸びをしながら合宿所の廊下を歩く。
今頃は部員たちは大浴場でお風呂に入っているか、部屋でのんびりしているから廊下は人影もない。
「ふぁ…」
部員たちもハードな練習だっただろうけれど私も結構疲れた。
あくびを隠しもせずにとぼとぼと歩く。
「おー、夏姫、おつかれ」
「あ、和さーん、和さんこそおつかれさまですー。大浴場行ってきたんですか?」
部屋へと歩いていたら途中で我が部のキャプテン、和さんに会った。
髪がしっとりと濡れていて、肩にはタオル。見るからにお風呂上がりだ。
「そうなんだよ。みんな一斉に入るからうるさくてさっさと出てきた」
ハハッと笑いながら楽しそうな表情を見せる和さん。
その姿からだいたいの浴場の様子は想像がついた。
女湯もあることはあるのだけれど、私と絵里ちゃんの2人だけのためにお湯を張るのももったいないし、使ったあとの掃除もすることを考えたら部屋で入る方が効率もよかった。
「和さーん!」
廊下の向こうから人が走りよってくる。
名前を呼ばれた和さんが振り返るが、それより先に私の耳は反応して、本能的に悟ってしまった。
その相手を。
彼を。
たかせくんを…!!
「準太?」
「和さんこれ忘れ…あ、星崎」
ああああああああっ
あ、あああっ!
あっあっうわわ、ああああ!
高瀬くんが目の前に現れた。
そして私の名を口にした。
そして、その艶やかな肌はほのかに赤く、綺麗な黒髪からはわずかに水滴が零れている。
お風呂上りの高瀬くん…。
高瀬くん。
…かっこいいなんて言葉でいい表せるほどのものではないけれど、今の私には高瀬くんのこのすばらしさを語る言葉が見つからない!
そんなすばらしい、貴重な、素敵過ぎる高瀬くんの口から星崎って言ってもらえるなんて…。
いつも名前を呼ばれるだけで舞い上がってしまうのに、こんなシチュエーションで呼ばれるなんて、どうしよう!
幸せすぎる。
「夏姫?おーい、夏姫?だめだな、聞こえてない」
高瀬くん、ああ高瀬くん…高瀬くん。
俳句ができてしまった…。
「星崎どうかしたんすか?」
「いや、どうもしてなかったんだけどな、さっきまでは」
「星崎?」
「ははははあはあはっい!」
肩に、なにか、とても、神聖な物が乗った。
高瀬くんの手のひらが乗った。
だめだ…!
浄化される…!
私、この世界から消えてなくなるんじゃないだろうか!
「どうかした?」
ちょっと小首を傾げて尋ねられる。
なっなんなんですか高瀬くん…!かわいくてかっこいいなんて反則…!
そんなことを考えながら口にはとてもとても出せなくて、私は首を左右に思いっきり振った。
「どどどどうもしてないよ!」
声が裏返って発音おかしくなったけれどそれどころではない。
首がちょっと痛いけれどそんなことはどうだっていい。
「そっか?あ、そうだ和さん、財布、脱衣所に忘れてありましたよ。はい」
「おわ、危ないな。助かった準太。ありがとな」
「いえ、でも他の先輩たちが中身抜いてやろうぜって話してたんで一応確認しといた方がいいっすよ。あ、俺は抜いてませんからね」
「分かってる分かってる。うん。金は大丈夫そうだ。他も…あ、…やられた」
目の前でお風呂上りの高瀬くんが話してる。
でも、まだお風呂に入ってない私の方が熱いんじゃないかってくらい体が火照る。
こんな姿が見られるなんて。
合宿1日目、キツかったけどもうお釣りがくる。
「どうかしました?」
「ちょっとな、証明写真入ってたんだけどそれ抜かれたっぽい。半目になってんだ、あれ」
「あー…そういえばニヤニヤしてました」
「ちょっと俺取り返してくる、また後でな」
「うーっす」
「星崎も。おやすみ」
「え、あ、はい!おやすみなさい和さん」
駆け足で和さんが高瀬くんがきた道を走っていく。
和さんなんか大変そうだな…。
「星崎は今から部屋戻るとこ?」
「ひぃあ!うんっはい!そう!です!」
…大変な状況は私も同じだった!
むしろ私の方が大変なことになってる。
高瀬くんと二人っきり。
しかも高瀬くんはお風呂上りでなんだか妙に色っぽい。
昼間も少しだけ二人っきりだったけれど、今のほうが何倍も何倍もどきどきしている気がする。
「高瀬くんも…?」
「おう。部屋戻って、後からストレッチするつもり」
「あ、なるほど」
だから後でって和さんは言ってたのか。
「いいなぁ。和さんは高瀬くんとバッテリー組んでるだけあってずっと一緒にいられて」
「え?」
高瀬くんが不思議そうに聞き返してくる。
「え?」
それに対して私も聞き返す。
そして、一瞬考えた。
あれ?私…もしかして、今、口に出してた?
「やっあ、あの!ごめん!変な意味じゃないっていうか!」
私は馬鹿か!
…馬鹿だ…っ!
何を口走ってるんだろう。
ストーカーか…!
舞い上がりすぎて自分で自分のコントロールができていない。
「ただ、私!…た、高瀬くんとは…同じクラスの、人ってだけだったのに、この部入ってから仲良くなれたなって、考えてて…」
両手が上下左右、意味もなく動く。
「それで毎日楽しくて、ああ、だから!その!…っこの部に入れてよかった!!」
言い切った私を高瀬くんがぽかんとした顔で見つめる。
そりゃそうだ。
言っていることがめちゃくちゃ。
うう、恥ずかしい。
「星崎…」
「ごめん、私、頭そんな良くなくて上手く言えないけど…っ」
「俺も」
にっと高瀬くんの口元が弧を描く。
「え?」
「この部入ってから毎日楽しいし、星崎が入ってくれてから余計に楽しくなった気がする」
「…ほ、ほんと?」
「ほんとほんと。あんまりこういうこと言う機会ないから言うけど、俺ら部員みんな星崎に感謝してるよ」
優しい表情で私のことを見ながら高瀬くんが歩きだす。
「マネージャー業大変なのは俺らも見てたら分かるからさ、辞めてく人を責めることはできないけど、でもやっぱ続けてくれると嬉しい。絵里だけでってのは無理があるだろうから。…星崎はすぐ部にも馴染んでくれたし、仕事も一生懸命だし、みんなもう仲間だと思ってる……その、いつもありがとな」
「そ、そんなっ私なんか…!まだ仕事全然できないし、監督にも毎日怒られてるのに」
タオルで髪を少し押さえる高瀬くんを見つめながら、私は眉を下げた。
「でも、…だけど!こんな私だけど、少しでも役に立てるなら嬉しい。さっきも言ったけど、私、この部が好きだし…辞めるつもりはないよ!監督には何回か辞めろって言われたけど、私、みんなとこれから頑張って行きたい」
「うん、俺も、今のこの部で今年一年、頑張って行きたいんだ」
感謝に感動
(ある意味相思相愛ってことで)