03



「でっさあ!俺絶対こいつがとると思って!」

大袈裟に両手を広げて説明してみせる田島の向かいの席でオレは無表情のままストローを吸っていた。氷が溶けて炭酸が薄い。

田島のとなりには見知らぬ女子が座っている。…見知らぬ、とは言い過ぎた。さっき知り合ったばかりの田島の彼女だ。オレに自慢したいがためにわざわざ学校帰りの、しかもほぼ日が落ちてしまった頃にファーストフード店まで呼び出された彼女は「私も次のコンクールの練習で遅くなっちゃったところだったし、お腹空いてたからメール貰えてうれしかったよ」と不満1つ漏らさず笑顔で返した。とにかく良い子だというのはわかったので田島にはもったいない、というのがオレの第一印象である。他校の吹奏楽部に所属する彼女とは夏の大会で出会ったらしい。田島いわく運命の出会い。
無駄にうるせー田島の話をにこにこ聞いていられる広い心の持ち主であるこの子は、たしかにこいつにはぴったりなのかも知れない。


「二人ともすごくなかよしなんだね!」


田島のくだらない話(今日の練習で飛んできたボールをどっちがとるかで争っただけというオレ本人ですらもどうでもいい話)を聞いた後の感想がこれである。

「べつに…」

田島との仲は悪くはないが「なかよし」という表現とは違う気がする。オレは頬杖をつきながらストローをくわえてそっぽを向いた。炭酸のジュースはもうない。セットで頼んだはずのハンバーガーもポテトもとっくに部活後の胃袋に消えた。

一瞬目が合うと愛想のないオレにも彼女はふふっと微笑んで感じが良い。よく笑う子だ。


「泉は冷てーんだよ。のわりに、部活ん時はめちゃくちゃ熱いこと言ったりすんだぜ!?」

「な、熱いのは田島の方だろ、来年こそは甲子園!って」

「だってぜってー行きてーし」

「…そりゃオレもだけど」

「ほらなー」


田島のテンション高さは部を盛り上げる大事な要因だ。こいつなしでうちの部は語れない。

「甲子園!?私、応援行くね」
「おう!」

だからこそ、こいつが彼女を作ったことでさらに向上心を持ってくれるのは部としてありがたい。そして、一人の友人としても田島が楽しそうにしているのなら悪い気はしないんだ。(もちろんノロケだとか自惚れだとか、こいつのうざい話がますます増えるのは歓迎しないが)

恋は人を変える。

オレはそう思っている。良い意味でも悪い意味でも。
泣き続けた亜季の姿もだが、今の自分もきっと"恋"によって変わってしまったものだ。亜季にもし出会わず、恋をしなければ、オレは多分、他の誰かと付き合って、舞い上がって、今目の前で幸せに笑いあう田島とこの彼女のように普通に高校生の恋愛をしていたと思う。結局、それでも恋はしているのかもしれないが、それは違う色の恋だ。今でも亜季を想うこの恋のくすんだ青とは違う色の……。って、何また亜季のこと思い出してんだオレは…、恋だのなんだのってばからしい。そんなもん、ただの妄想ごっこだ。

「あ、アキちゃんから電話だ」

びくり。
耳に入ってきたその音にオレの体は肩を震わせ反応した。
その様子に田島が不思議そうな顔をする。
なんだよ、落ち着けオレ、たまたま亜季のこと考えてたから驚いただけだ。アキなんて名前、そんな珍しいもんじゃない。

「誰?」
「いとこのおねーちゃん」
「でたら?」
「えっあ、うん、じゃあ…ちょっとごめんね」

田島とその彼女の会話を聞き流しながらオレは必死で頭の中を整理していた。あの日、亜季に別れを告げられたあの日。あれからオレは「アキ」の名前を口にしたことは一度もなかった。亜季と会うときは常に二人きりだったから名前を呼ぶのはオレだけで、オレが名前を呼ぶたびこちらを向いてくれる亜季の顔は今も鮮明に思い出される。


「もしもし?うん、…え?!大丈夫?…私?いまハンバーガー食べてて…、え、本当?」


…だめだ。
もう一年だってのに…。まだこんなに…。
忘れろ…、忘れたら楽になれる。


「うん…わかった。今から外出るね」


そう言ってキャラクターもののストラップをつけたケータイをぱたんと閉じ、田島の彼女はとても申し訳なさそうな顔をした。

「どうした?」

「あの、田島くん、泉くん…ごめんね、今日いとこのおねーちゃんがうちに来ることになってたんだけど久しぶりに来たから迷っちゃったみたいで…。今近くにいるっぽいから…私…」

「そっか、なら行ってこいよ」

田島はニッと笑う。そんな田島を見て彼女もほっとした表情で微笑んだ。


「ありがとう、本当にごめんね」

「いいって!てかこんな時間まで引き止めて悪かったな」

その言葉にオレもケータイを開くと、もう9時前。部活帰りで疲れているであろうに、全く迷惑な話だ。


「ううん、楽しかったからあっという間だったよ!またメールするね!泉くんもまたね」

「あ、おう」

「気をつけて帰れよ」


ぱたぱたと店を飛び出していく彼女を愛しげに眺める友人を見て、小さくため息を吐いた。

「感想は?」

嬉しそうな声色の田島に多少イラつきながらもオレは素直に答える。

「良い子だった。お前にはもったいないくらいのな」

窓ガラスの外で彼女はキョロキョロといとこを探している。

「なんだよー。お前にはやらねーぞ」

田島とオレは彼女を見続ける。何か見つけた様子でその後、手を振って口を開いた。


アキちゃーん



この年になっても落ちることない視力でオレは彼女の口の動きから言葉を当てた。

「いらねーし、何回も言ってっけどオレは彼女はつく……………」

「…泉?」



目を最大まで見開いた。

田島の彼女が笑顔を向けた先には、亜季、がいた。


肩より下まである黒髪、高すぎず低すぎない並の身長、弱々しく浮かべる笑み。忘れるはずがない…。亜季…亜季だ…!



はっとして立ち上がり、オレは店を飛び出す。




「お、おい!泉?」




亜季がいる。
すぐ、近くに!



「亜季っ!?」


店先で出した大声。
周りにいた人たちが驚いた様子で一瞬こちらをみたが、すぐに目を逸らされた。

「……………」


いない。
さっきまでいた場所に、亜季も、田島の彼女も。人混みの中に消えてしまった。

辺りを見回してみるが、人、人、人。

金曜日のこの時間、駅前であるここの通りはオレの気持ちなんて関係ないとばかりにたくさんの人のカーテンで亜季を隠した。



「亜季……………」



亜季だ…亜季だった…。一年振りに見たあいつはちっとも変わってなんていなくて、過去の記憶と今のたった数秒の姿が頭の中で重なった。


「おい、…おい泉っ!」

「…え?…ってぇ!」


立ちすくむオレに追いかけてきた田島が鞄をぶつけた。あの重いオレのエナメルバックを、だ。

「何すんだよ田島ァ!」
「何すんだじゃねーよ!…どうしたんだよお前」


そう言われて、改めて今の状況を振り返る。

田島の手には自分の鞄が握られており、先程まで座っていた席のテーブルにあったトレーやゴミは全て綺麗に片付けられていた。


「あ、…さんきゅ」

「礼!?礼以前に説明しろよ!意味わかんねーし」

怒る田島をみていたら、無性に笑いが込み上げてきた。

「…泉?」


全くだ。意味がわからない。オレはなんなんだ。何をしてるんだ。一年も前に別れた恋人でもなんでもない女を必死に追い続けて…。好きなのか、と言う問いがあればすぐに答えよう。好きだ、大好きだ。亜季以外の他の女を久しぶりに見かけたとして、オレはこんな風に我を忘れて追いかけるか?…ありえない。見かけたからなんだって言うんだ。向こうから話しかけてくるなら応えるだろうけど、そんな程度なんだよ。オレはそんなにフレンドリーな人間じゃないし、自分から行動するタイプでもない。亜季だから…それが亜季だったから。


「田島、オレさ…好きなやついるんだ」


誰にも言わなかった。今まで、誰にも。亜季自身にも言葉にしなかった。好き、だと。
でも、今どうしても口にしたくなった。自分の中だけで想い続けるのに疲れた。

「去年の夏くらいに初めて公園で会ってさ…冬には会わなくなって、それっきりだったんだけど」

亜季と会っていることすら誰にも言わなかった。なんでかって言われたら、ただなんとなくなんだけど、今思えば小さな独占欲だったのかもしれない。オレだけに見せる困った顔や強がる姿、そして泣き顔。亜季の私生活もよく知らないくせに、その瞬間の亜季だけはオレだけのモノになった気がして…。



「…それが…あいつのいとこのねーちゃんだったのか?」

「多分、な」


多分、いや………絶対だ。言い切れる。たった数秒見ただけでわかるのかって思われるだろうけど、自信がある。根拠も何もない、絶対だと言える自信が。

「話せよ、全部」
「…ああ」


田島はうるさいやつだけど、根はすげえいいやつだ。帰り道、チャリに乗って帰宅するまで、オレは田島に話した。

初めて会った日、その日から他人であるオレの前で盛大に泣きじゃくっていたことや、大会で負けたオレの話を聞いてオレよりずっとずっと落ち込んでしまった時のこと、突拍子もないことを言い出していつも困らせられたこと、理由も言わずに涙ばかり溢し、泣き止むのを待っていたら12時過ぎてて次の日の学校に遅刻しかけたこと、それに、…冬の寒い日突然「さよならだよ」と言われた時のこと。


一通り話したら妙にすっきりして、改めてオレって重症だ。なんて思った。





夜、布団に入りながら一日を思い出す。亜季と話すことはできなかったが手がかりを掴めたことがオレを安心させた。変わらない姿の亜季。去年は名前と年上だということしか知らなかったけれど、田島の彼女のいとこ、という関係性を見つけられた。これは大きな進歩だ。あの頃は、直接会って話すときでしか亜季の存在を確かめられなかった。本当にこの世に生きているのだろうか、なんて考えたこともある。亜季は大真面目な顔をして「わたし、もしかしたら自縛霊なのかも」などと言い出すやつだった。そのときは流石に「アホか」と一蹴したが、後から少し不安になったりもした。けど、やっぱり亜季はいたんだ。



「お前がその亜季サンに会えるように頼んでやるよ」



別れ際、田島が言った。心強い一言。大丈夫だ。オレはもう、亜季になされるがままにはならない。オレが会いたいから亜季と会って、オレが言いたいから亜季に思っていることを伝える。それだけだ。









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