世界が壊れる前も、世界が壊れた後もただ一つ変わらないもの。

君がいること。


「ねぇ、深夜」

「んー?」

「雪、降るかなぁ」

「そうだね、これだけ寒いから降るかもね」

「はやく見たいなぁ。雪」

そう呟くと、けんけんぱをしながら僕の一歩前を歩む君は笑った。

「私、雪って大好き」


君がただ笑っていられるこの世界が好きだった。
君が笑う、それだけで価値がある。

どんなに大人が僕を褒めてくれても、どんなに僕が人より優っていても、君が僕に笑いかけてくれる、ただそれがなによりも幸せだった。

だから、僕がここを離れなくてはいけなくなった時、嫌だと思った理由は君だったし、僕が拒否することで君に危害が加えられる可能性があるとわかって、おとなしく言うことを聞く気になったのも君だった。

僕にとって大切なのは君が生きていて、笑っててくれること。




「ねぇ、深夜。柊家ってどういうこと?」

「あ、聞いたんだ。僕、実力が認められて柊の本家様からお呼びがかかったんだ」

「それって…」

「次明希に会う時は深夜"さま"だね〜…いたっ」

ふざけた僕に雪の塊投げつけた君が泣きそうな顔をしていること。
それに気づかないふりをしてでも、僕は守りたかった。

ただ、君が生きて、笑っていてくれること。
それがたとえ、僕のそばでなくなったとしてもいいんだ。

そして、その想いは日を重ねるごとにつよくなった。

僕の見た闇を君は見ることのない人生を送るなら、それはとてもいいことだと思うんだ。








「失礼致します、本日付で柊深夜少将の従者をさせて頂きます。松井明希です」


けど、君はそれを快く思わないんだね。

十数年ぶりに見た君は僕を強く強く睨んだ。
僕がどんなに君を守りたかったか1ミリも伝わっていなかったみたい。

執務室に入ってきた君を見て、僕は言った。

「なにそのギャグ、ぜんぜん面白くないんだけど」

「深夜様を楽しませるために私はここへ来たわけではありませんので」


ただ怒りの感情をぶつけられる。

うん、確かにちょっと僕は油断してた。
だって、明希って全然弱いし、こんなところまで僕を追っかけてこれるわけないんだ。

僕を恨んで、怒って、嫌いになってくれたらよかったのに。

「じゃあ何しにきたの?こんなところまで」

「深夜様を守るためにきました。こんなところまで」

でも、知ってた。

そういう子だって。

「帰って」

「嫌です」

「君ががんばったのはわかった、でもここまででじゅーぶん」

「私はここからなんです」

「僕、明希なんかに守られるほど弱くないんだけど」

「弱いです、深夜様は……弱い」

そんな風に僕を弱い呼ばわりするのなんて暮人兄さんとか、真昼だとか、ほんとにバケモノみたいなひとばっかりだ。
僕よりずっと弱い人間に弱いなんて言われるなんて心外だ。

でも、明希に言われれると全部見透かされている気がする。

でも、そんなんじゃ困る。

「悪いけど、もう君の知ってる深夜はここにいないんだ」

「知ってます」

「ううん、知らないよ。もうあの頃の僕じゃないから」

明希が知ってる頃のただ力を得ることが楽しかったような幼い僕はもういない。
血に染まった手、見下し踏んだ吸血鬼や人間の数。明希に見せられる僕なんてどこにももういない。


「なら、今の深夜様を守らせてください」

「だから、僕は君に守られるほど弱くないんだよ。それどころか、今僕の虫の居所が悪くてつい君の態度が悪いから殺しちゃった、なんてことがあるかもしれない。それがまかり通る場所だよ、ここは」

軽く銃を構えてみせる。

「どうぞ。深夜様がそうしたいのなら、どうぞ」

しかし明希は一歩も、瞳すら少しも動きはしなかった。


埒が明かない。
僕は椅子をくるりと回す。
すると、窓硝子が白く濁っていた。

窓を開け、空を見ると粉雪が舞っていた。



雪が降るたびいつも思い出していた。
今頃なにしてるかな、雪が降ってはしゃいでるのかな。
それなら嬉しい、…僕にはもう、関係のないことだけど、と。
そんな、もう僕の想像上だけの存在になっていた明希が今ここにいる。


「明希、見て」

名を呼ぶと、明希が僕のそばに寄ってくる。

「雪だ」

「…ほんと…だ」

「今も、雪は好きなの?」

「好き、だった。でも今また好きになった」

「なにそれ」

「深夜と見る雪が好きだったから」

外へと向けていた視線と明希へと移す。

「大好きだった雪も大嫌いだった。1人で見る雪なんて、寒いだけでなにも楽しくなかった。でも変なの。今深夜が生きてここにいるって思うだけで雪がすごく綺麗に見える」

雪を見て、笑っているのかと思った。
少なくとも僕の想像上の明希はいつだって雪を見て笑っていたから。

けれど、今隣にいる明希は泣いていた。
ただ、窓の外を見て、泣いていた。

僕は立ち上がる。

「…………ごめん、明希」

そしてその小さな肩を抱いた。

泣きながら、明希も呟いた。

「………私も、ごめん深夜」

その体温が暖かく思えた。
どこか、懐かしい暖かさ。
そうだ。
雪が降った日の夜中に、2人でこっそり抜け出した日、寄り添ったあの暖かさ。
他の誰と触れ合っても感じることのなかった暖かさ。

「園長先生にあの後聞いたの。深夜は最初すごく嫌そうにしてたのに家族と…それと、私の名前を出したらすぐに行きますって言ったって。もし柊様の命令に背いたら、それはとっても怖いことなんだって」

「でも、素直に言うことを聞いたらそんなに悪いことはないんだよ」

「ねぇ、それって本当?私、深夜に絶対追いつくって思ってここまできたけど…。柊家ってすごくこわい話しか聞かなかった。それこそ、人間を人間として扱わないような」

「あは、そこまで知っちゃったんだ。なら辞めればいいのに。誰が好き好んでこんな場所来るの。バカだなぁ」

「うん、バカだと思う。でも、深夜がたくさん辛い思いしたんだろうなって思うと私、前に進むしかできなかったよ。だって、深夜は私よりずっと先をずっとずっと辛い道を歩いてきてたんだもんね」

明希が僕を見上げる。
同じ目線だったはずなのに、こんなに身長差があるなんて変だ。

「分かったような口効かないでよ、ああムカつく」

「深夜口悪いの相変わらずだね」

そして明希の手が僕の背に回る。

「大丈夫、もう大丈夫だよ」

明希は僕を抱きしめた。

「もう深夜を1人にしたりしないからね」


他の誰かに言われてもきっとなにも響きはしない。
でも、明希の言葉だけは全てが体に染み込むように届く。
解けていく、心。

僕より何倍も弱いはずの存在なのに、大丈夫と君が言う。だからもう大丈夫な気がした。

辛い時、悲しい時、涙はもう出なくなっていた。

「深夜……?」

なのに、こんなに安心するだけで泣けるなんて思いもしなかった……。

明希のこと忘れた日はなかった。
でも、それ以上を望むことはやめていた。
また会いたいなんて、僕のことを考えてほしいなんて、名前を呼んでほしいなんて、それはとても無駄な望みだと分かっていたから、考えもしなかった。

大切な誰にも言わない僕の過去の記憶としてあるだけで十分だった。
それなのに。
いま、君はここにいる。

「永遠を誓って、明希。口先だけの今はいらない。僕が欲しいのは、永遠に僕から離れない存在だから」

雪空の下、僕が望んだたった一つの、たった一人の存在。

それは、君なんだ。

今までも、これからも。




永遠に、愛してるーーー。






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