黄瀬涼太という人がいる。
中学時代、ボクは彼の教育係となった。

中学2年に突然入部して、メキメキとその才能を開花させていった彼。
彼はボクを黒子っちと呼ぶ。

尊敬を込めてと彼は言うが本当のところはどうだかわからない。
けれど、好意的に思われていることだけは伝わってきた。
彼がボクを黒子っちと呼ぶようになってからは随分馴れ馴れしく…、もとい親しげに話しかけてくるようになったからだ。

ある時、特に深い意味を持たずボクは彼に言った。


「黄瀬君がもし二人いたら相当厄介ですね」


その時は純粋に彼が少々うっとおしいと感じたため放った言葉だった。
隣にいた青峰くんも笑ってボクに同意した。

けれど、当の黄瀬君だけはきょとんとした顔で返事をしてきた。


「いるっスよ?」

あまりにも当然のように黄瀬君が答えるからボクと青峰君はついに彼の頭がおかしくなってしまったのかと心配した。
けれど、事実は違っていた。

黄瀬君が、同一人物が二人いることはもちろんあり得なかった。

けれど、限りなく黄瀬君に近い人物がもう一人いたのだ。

近くにいた桃井さんが見せてくれたのは女性向けファッション誌。
そこにモデルとして出ている人物を見て驚いた。

瓜二つ。

黄瀬君と同じ顔をした、女の子が載っていたのだ。







「黒子っちーっ」

有名お嬢様学校の制服のスカートを規定よりも遥かに短くし、まるで天使のような艶やかな金髪を揺らしながらその人はボクに走り寄ってくる。
反射的に危険を察知したボクの体はさっと左に傾いた。

どすん、
そんな音を立てて彼女はぶつかった。


「いったぁ…」

「いてーのはこっちのセリフだ!なんだお前!」

たまたまボクの背後を歩いていた火神くんに彼女は突っ込んでしまったのだ。

「なによ!文句ある?私はだーい好きな黒子っちに会いに来ただけなのに!」

ツンとした態度でその人は火神くんを睨み、すぐさまボクを視界に捉えて首元に腕を絡める。

「ああー会いたかった黒子っちー!もうずっと会えなかったから淋しかったんだよぉ。あ、でもね、見て?じゃーん、私待ち受けを黒子っちにしてるの!どう?すっごくかわいく撮れてるでしょ?」

きゃっきゃと耳元で騒ぐ彼女にされるがままボクは淡々と返す。

「あの、盗撮はやめてください」

「えーっ!盗撮なの?ごめんね、りょーたに貰ったから知らなかった。代わりにツーショとろ!はい、黒子っち目線こっちね。顔もっと近づけて?はいっチーズ!きゃー!やったー!黒子っちとツーショ!さっそく待ち受けにしなきゃ!!」

一人で騒いで一人で盛り上がる。
彼女は黄瀬君にとても似ている。そしてもっとタチが悪い。

「おい、黒子…こいつなんなんだよ」

「お姉さんです。黄瀬君の、双子の」

ボクが火神くんに紹介すると、そこでやっと彼女は火神くんを見た。

「あなたもりょーたのお友達なの?黄瀬明希です!よろしくね」

微笑んだ彼女は見慣れているボクですらドキリとするほど美しい。
黄瀬君は男だからどれだけかっこいいポーズをとろうともボクの何かがときめくとかそういうことは起こらないけれど、彼女は違う。
女子にしては高めの身長、すらりとした手足、そして黄瀬くんと同じ長い睫に大きな瞳。
すごく、きれいな人なのだ。

「でも黒子っちは渡しません。私に黒子っちくださいっ」

けど、やっぱり黄瀬くんの姉。いろいろと残念だ。

ゲンナリとした表情で火神くんが彼女を見ている。
そして何か訴えかけるようにボクを見た。
「おい黒子こいつまじで黄瀬と同じこと言ってて気持ち悪ィ。黄瀬が女になったみてぇ」…と口に出さずとも伝わってくる彼の声。
それは黄瀬君に双子のお姉さんがいると知った人誰もが通る道です、火神くん。


「くーろこっちーっくーろこっちー」

突然歌を歌いながら(しかも歌詞が全部黒子っちというセンスの欠片もない)彼女は再びボクに抱きつく。
桃井さんよりも遠慮がない分、本当にこの人は女版黄瀬君だ。

「明希さん」

「はい、なんでしょう、黒子っち」

「今日は何をしにここへ?」

「んーと、用はないんだけど、りょーたの学校行こうと思ったら間違えて黒子っちの学校に着いちゃって」

てへ、と笑って見せる彼女にため息をついてボクは火神くんに向き直った。

そんなことだろうと思っていた。
わざわざモデル業に忙しい彼女が誠凛へ顔を出すなどまずありえない。

「すみません、火神くん。カントクたちに今日の部活遅れると伝えておいてください。彼女を送っていきます」

ボクが言うと隣で明るくなる表情。そして付け足すように口を開く。

「黒子っち本当に優しい!火神くん、カントクさんに伝えてください!黒子っち貰っていきますって」

「はぁ?」

まだ明希さんに耐性のない火神くんは意味が分からないと眉間に皺をたくさん寄せて彼女を睨む。
けれど、そんなことしても無駄だ。
明希さんは気にしない。
とにかく自由人なのだから。

彼女を唯一制御できるとしたら、実の双子の弟である黄瀬君くらいだ。
そして明希さんをとにかく黄瀬君の元へ連れて行けば、ことは収まる。

「明希さん、おかしなことを言ってないで行きましょう。置いてっちゃいますよ」

「え、やだ、待ってよ黒子っちー」

彼女をここに置いたままにしておけば今日の練習は確実にできなくなってしまう。
合理性を考えたならば、ボクが一人で彼女を黄瀬君のところへ連れて行くのが一番いい。


「黒子、ちゃんと戻ってくるんだろうな?」

「はい、大丈夫です。…たぶん」

「たぶん!?」

焦った顔をした火神くんを置いてボクは歩き出す。
すると、「あの子、モデルの黄瀬明希じゃない!?」と誠凛の女子生徒たちが騒ぎ始めた。
明希さんもまた黄瀬くんと同じくファンサービスを始めると長くなる。

「明希さん」

仕方ないと考え、ボクは彼女の手を取った。

「え、何?黒子っち」

「走ります」

「えっえっ!?」

そして力の限り走る。走る。走る。

校門を抜けるまで、ボクは必死に走った。
息も絶え絶えになり、駅前近くでやっと振り返って彼女をみる。
しかし、彼女はボクとは真逆の表情をしていた。

「黒子っちかっこいー!!なんかなんか、悪の帝王から勇者に救い出された気分ー!」

呼吸が乱れるどころか、興奮気味に彼女は話す。
一般女子であればこれだけ走ればバテそうなのに、彼女はまったくそんな様子を見せない。
手を取って走ったことが随分気に入ったようで、火神くんを魔王に仕立て上げ、勝手に童話を作り始める始末だ。
ボクは過度なランニングで十分に疲労したので、ほぼ無言で駅に入った。
明希さんは適当に相槌を打っておけばとても楽しそうなので相手をするのはそんなに大変ではない。
黄瀬君曰く、ボクは相当彼女に気に入られているため適当な返事でも良いそうだ。
黄瀬君がもしやったら文句の嵐が待っているのだとか。

そもそも黄瀬君が明希さんにボクの存在の話をしてしまったことが知り合うきっかけになったわけだが…。

「黒子っちー」

電車に乗りながら嬉しそうに肩を預けてくる彼女はまるで子供のように幸せそうなので害がなければボクも嫌いになることはない。

「はい」

気が向いたので返事をする。

「呼んだだけっ」

「そうですか」

黄瀬君に好かれることは同じバスケ部の仲間だったという点において納得できる。
けれど、黄瀬君とそっくりな彼女は一体ボクのなにをそんなに気に入ったというのだろうか。

それは分からないままだ。
けれど、彼女は初めて会ったその日から今日まで、こうしてボクにくっついてくる。

「黒子っち、だーいすき」

理由なんてきっと、些細なものだろう。
それでも、こうして、好かれているということは悪い気はしない。

面倒と言えば面倒なのかもしれない。
しかし、純粋な好意を無碍にはできない。だから、こうしてボクは彼女といるのだと思う。

「ボクも明希さん、嫌いじゃありませんよ」

「…そういう時は好きっていうんだよ、黒子っち」

「じゃあ好きでいいです」

そう、彼女がボクを好んでいてくれる限り、ボクもまた彼女を好むのだ。

「いつか黒子っちが自分から好きって言ってくれないかなぁ」

「…どうでしょう?」

繋がりが、あるようでない。
感情だけで繋がっている、そんなボクと彼女の関係。
いつまでこんなことが続くのだろうか。





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