「翔ちゃん翔ちゃん、あのね」

「おう、どうした?」

ぼんやりと見つめる先で笑いあう二人。
自分とそっくりな容姿の双子の兄と自分とそっくりな性格をした幼馴染。
彼らは僕の一番大切な人たち。
そして、一番憎い人たち。


「駅の近くに新しいケーキ屋さんが出来たの!すごく可愛くておいしそうなんだよ!」

「へぇ、じゃあ帰りに行ってみるか」


生まれた時から一緒の片割れは、にこにことそれに微笑む。
物心つく頃から一緒のあいつは、幸せそうにそれに頷いた。

「あ、薫も一緒に行くか?」

不意に振り向いたのは兄だった。

お弁当を食べ終え、午後の授業が始まるまでの十数分。
何があるでもないのにこの二人は一緒に居る。それが当然のように。
そして僕にとってもまたその風景は当然になってしまっていた。

男子とばっかりいる翔ちゃん、女子とばっかりいる明希。
でも、その二人がお互いにお互いだけは特別だとでもいうように会話をする。

「えー、薫くんも行くのー」

嫌そうに顔を歪めながらこちらを明希が見た。

「行く」

それだけ言うと僕は翔ちゃんの隣に立った。
ぷぅっと頬を膨らませて僕に対抗するように明希は翔ちゃんの手を取る。

「薫くんはそろそろ翔ちゃん離れしたらどうなの?」

「こっちの台詞!明希こそ翔ちゃんにばっかり頼るのやめたら?」

僕もまた翔ちゃんの腕を引いた。

「お前らいい加減喧嘩するのやめろよ」

「「無理っ」」

声がハモってお互い睨み合う。
そしてツンと顔を背ける。

いつもの流れ、いつもの2人。
僕が大好きな翔ちゃんを大好きな明希。
その明希と僕は仲が良くない。
大大大っ嫌いな明希。
いっつも僕から大好きな翔ちゃんを奪って一人占めしようとするから大っ嫌いな僕の好きな子。
それでいて翔ちゃんは僕の自慢の兄で、大好きで大好きで仕方ないのにちょっとだけ、本当にちょっとだけなんだけどもどかしく感じる存在で、嫌い。


どうしようもないと分かってる。
だけど、僕の気持ちは簡単には割り切れなくて、好きと嫌いがぐちゃぐちゃに入り乱れていて、毛糸の玉みたいなんだ。

ひっぱりだせば、先が見えるかもしれない。でも、みたくない。
今のままでいたい。
けど、それも嫌な自分がいる。


言わないよ。
絶対に翔ちゃんに嫌いだなんて、明希に好きだなんていうわけないじゃない。
だって僕が好きなのは翔ちゃんで、嫌いなのは明希なんだから。

だから、苦しい。


「翔ちゃん、」

明希が翔ちゃんの名前を呼ぶのが僕は嫌いだ。

とにかく嫌い。
僕と同じように翔ちゃんと呼ぶ呼び方も、その甘えた声も全部嫌い。
明希のくせに翔ちゃんなんて呼ぶなって言いたいけど、昔っからそうやって呼んできたのだから今更変えられても嫌で、つまり、全部いや。
でも、明希の友達がふざけて翔ちゃんを「翔ちゃん」って呼んだときはもっともっと嫌だった。
その時の明希の顔を僕は見たけど、すごく僕と似た顔をしてた。
何でもないような表情をしつつも、心の中ですごく引っかかって、泣きたいくらい苦しくて、でもそんな自分がよく分からないって顔。
ばかだなぁって僕はその顔を見てたけど、何も言ってやることはできないし、言いたくない。
明希は翔ちゃんが好きだけど、どんな意味での好きかをまだ理解してないうちは、僕から教えてあげるなんて絶対してあげない。
そしたら、明希の「翔ちゃん」って呼び方がかわるかも知れないから。
それはとっても嫌だから。


翔ちゃんって呼ぶのと同じくらい明希が呼ぶ名前がある。
それは、

「薫くん!」

だ。



「早く帰ろー!ケーキ売り切れちゃうよぉ」

「そんな慌てなくても大丈夫だろ?ちょっと待てよ」

「ほんっと明希って食い意地だけは張ってるよね」

「なにをー!」


鞄と握りしめ、制服のスカートをなびかせながら僕たち双子に駆け寄ってくる明希を見ながら僕は考える。

もし、僕らが双子じゃなかったらどうなっていたんだろう。
どちらか片方だけ明希と知り合っていたら?
翔ちゃんとは今と同じように仲良しでいるの?
なら、僕とは?
僕とだけ出会っていたらどうなってた?
こんな風に話すことも喧嘩することもなかったんじゃない?
そしたら、翔ちゃんにこんな風に僕が覚える嫉妬心なんてものは感じなくて済んだんだろうし、
なにより、明希が呼ぶ名前の数なんて気にしなくて良かったはずなんだ。

『薫くん』って呼ぶよりもちょっとだけ多く、『翔ちゃん』って明希は呼ぶ。

そんな些細なことが僕は気になって気になって…。

例え、嬉しそうな顔をしていなくたっていい。

明希が僕のことを考えていてくれるなら。

でも、本当は羨ましい。

翔ちゃんじゃなきゃダメなの?
僕じゃダメなのかな。僕だって、ずっと明希と一緒に居たのに。

「薫?」

「えっ」

「明希、もう待ちきれなくて走ってちゃったぞ?」

「え、あ、ほんとだ。ごめん」

慌てて僕は教科書を鞄に詰めた。
そして翔ちゃんと歩き出す。

「あいつどんだけケーキ食べたかったんだろうなー」

面白そうに翔ちゃんが笑う。僕は苦笑いしか返さない。

明希が翔ちゃんと二人っきりで出かけるなんて嫌だし、
翔ちゃんが明希と二人っきりで出かけるのも嫌だ…。

本当は二人にとって僕は邪魔でしかないのかもしれない。

でも、見逃すほど僕は人間が出来てない。
薫くんは大人ね、優しいね、なんて周りの人たちは言うけど、そういう人たちはなんにも分かってないんだろうなって思う。
僕が大人?
優しい?
どこを見て言ってるんだろう?
本当の僕はすっごく子供なんだ。
二人の関係に嫉妬ばっかりして、笑顔で流すこともできない。
翔ちゃんの一番も、明希の一番も僕がいい。
こんな僕が、大人なはずがない、それを言うなら、


「翔ちゃんは大人だよね」

「…え?そーか」

翔ちゃんは子供っぽいところもあるけど、僕よりずっと大人だ。
すごく冷静に周りを見てる。
だから、人に優しく出来るんだ。人を悲しませることを絶対にしたくない人だから。

「明希はわがまますぎるけどね」

「ははっ。確かになー。でも、あいつはあのままが良いんだよ」

廊下の先で待ちきれない様子で、手を振る明希。

「おそーい」

「わりー!今行くからー」

それを見て翔ちゃんは駆け出す。そして僕を見た。

「お前も、そんなあいつが好きなんだろ?」

お見通しなんだ。翔ちゃんには。
だから一生敵う気がしない。それが悔しくて、でも嬉しい。だって僕の翔ちゃんなんだから当たり前じゃない。

「うん…好きだよ」



「翔ちゃーん!薫くーん!おいてっちゃうよー!」

僕もまた駆け出す。
そっくりな、でも全く似ていない双子の兄と、全く似てないのにそっくりな女の子の元へ。



「薫くん!薫くんは何のケーキ食べるの?」

「え?僕?」

キラキラと顔を輝かせて珍しく明希が僕の顔を見上げてくる。

「だって、私はショートケーキ食べるし、翔ちゃんはチョコレートケーキでしょ?薫くんは?」

「まだ決めてないけど…」

「じゃあお店で決めよう!それでね、一口ちょうだい!」

「まーた明希の頂戴がはじまったー」

翔ちゃんが笑って明希を小突いた。

「だって、色々食べたいんだもん。ね、いいでしょ?」

「……やーだ」

そんな二人に僕は笑みを零して、意地悪く笑った。

「えー!ケチ」

「明希も一口くれるならいいよ」

「ほんと?うん!いいよ!みんなで交換ね」

翔ちゃんに明希が抱きつく。僕はハッとしてそれを引きはがす。

「ちょっと明希、翔ちゃんにくっつかないでよ」

「いーやー」

「じゃあ僕はこっち側くっつくよ」

「だめー」

「おまえらいい加減にしろって歩きづらい!」

また同じ流れだ。
それが僕は嫌いで嫌いで嫌いで、大っ嫌いで。

「「翔ちゃんだーいすき」」

でも、大好きだからやめられそうにないんだ。








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