私の弟はかわいい。
とにかくかわいい。
金髪の髪が美しく、女の私も惚れ惚れするほどの容姿。

そして、この、

「ねーさん」

セクシーボイスである。

「なぁに?レンー?」

かわいすぎて一生お嫁に出せそうもない。
(とは言ってもレンは男の子なので本来はもらう側の立場なのだけれど)
背中から抱きついてその香りを確かめる。

あら、首元から香水が匂う。
私があげたものでもレンがもともと持っていたものでもない香水の臭い。

「…レン?女の子と会った?」

「ああ、さっきそこの看護婦さんと…」

「ああ、あの子ね。ジョージ、あの子これから私の部屋は出入り禁止。担当も変えてもらってちょうだい」

「…明希」

「いいわね、ジョージ」

「分かった」

神宮寺家の執事であるジョージに頼んでおけば、間違いないだろう。
あの女、優しくて気が利いてなかなかいい人だと思っていたのにレンに手をだすなんてありえないわ。
私がレンをどれだけ大事にしているか十分に伝えきれてなかったのかしら。

さっそくジョージが部屋から出て行った。
数時間後には別の看護師が私の部屋を訪ねてくることだろう。

白い布団の上に腰掛けるレンに改めてくっつく。

「レン?学校はどう?」

レンは今年から専門学校へ通い始めたらしい。
誠一郎兄さんが勧めたとかなんとかって聞いているけれど、レンが望んでいることならばいくらでもやるべきだと思うし、私はレンの話を聞くことが楽しみだから大賛成なのだけれど、問題はアイドルの養成学校ってところなのよね。
まぁ、レンはこの容姿だし?性格も完璧だし?この世の男の誰より優れているからアイドルだなんてレンにとって天職であると私は思うのだけれど、でもそれは同時に多くの人がレンのこの魅力に気づいてしまうってことじゃない。
これ以上レンに変な虫が集ったら困るわ。
ただでさえ私は身動きがとり辛いのだから。

「とても楽しいよ。あ、そうだ。今度テレビ番組で特集を組んでもらえることになったんだ。姉さんも是非見てよ」

「もう特集があるの!?さすがレン!見るわ。絶対に見る。録画して24時間そこにあるテレビで流し続けるわ」

病院内の個室。
実家から近めの病院を選んだためにちょっと部屋が小さいのが難点。
おかげで部屋に合わせてテレビも小さくしなければならなかった。でもこの際限界まで入る大きさのサイズに変えるべき?
前回の病院はもう少し個室は広かったのだけれど、実家から遠いために私が体調を崩すと家族が来るときに時間がかかるからと変えられてしまった。
めったに崩したりしないし、倒れたとしてもそんな簡単に死んだりしないから大丈夫よと言っても誰一人私の話を聞きはしない。
いつもは味方のレンですらこの時は兄たちに賛成していた。
レンが言うなら仕方ないと、私は主治医ごと病院を移ったのだった。
ああ、こんなことなら病院ごと建て替えてしまった方がいいのかもしれない。

「いや、そこまでしなくても」

「するわよ!だって私はレンの大ファンだもの」

「…ありがとう、姉さん」

レンが微笑む。それだけで幸せ。
数年前に父は他界し、幼いころに母を失った私たちにとっては兄弟の絆こそが全て。
私は昔から体が弱かったからこの通り病院生活ばかりでろくに友人もいないけれど、レンはちょっとひねくれちゃっていて、不思議な子。
本当ならこのカリスマ性で周りに自然と人が集まるタイプなのに。

私がすぐに拗ねるから、人とあまり関わらないのかも。なんて思い上がりかしら。

「ところで兄さんたちが来たの?」

花瓶に生けてある花たちを見てレンが尋ねる。

「ここへ来てはいないわ。送られてきたの」

「そう。…姉さんのこと心配してるふりしても結局は仕事のことしか頭にない人たちだからね」

僅かに顔を歪めてレンがそう吐き捨てた。
私のことを抜きにしても、兄との確執だけは未だになくなりそうにないわね。

「仕方ないわ。事実あの二人が今の神宮寺を支えているわけだし。実際忙しいのよ」

本当はこのオレンジ色の花をわざわざ花屋に出向いて兄自身が選んでいることを私は知っている。
あの二人は私を確かに心配してくれている。
ただちょっと不器用なのよね。レンもその部分の血は受け継いでいると思う。
だって何より父が不器用な人だったもの。

「でも…」

「私はこうやってレンが来てくれたらそれでいいのよ」

そう言って髪を撫でてやる。
幼いころからレンの頭を撫でるのは母かジョージ、そして私だけだった。

「姉さん…」

大切な弟。
上が兄二人だからだろうか。
私はずっと弟がかわいくて仕方がない。

いつか離れて行ってしまうことを心のどこかで分かっているからかもしれない。
だから、今は…。
今だけはレンの一番の女は私でいたいと思ってしまうの。


「そうそう。聖川さんが昨日来てくださったの。お礼を言っておいてくれる?」

「聖川が!?」

「ええ、果物をくださったの。とても甘くて美味しかったです、ありがとうって伝えて」

「……」

「渋らないの」

そう言って私は弟の頭を撫でる。
レンのこの自分の感情を隠しもしない、あるがままの顔を見るのが私は好き。
だから、あえて彼の名前を出したというのもある。
レンはいつでも笑顔を作れる変な特技を持ってしまったから、本心を隠す癖がある。
妙に大人ぶっているけれど、本当は末っ子らしい甘えたなところがあるのよね。

「姉さん。俺の持ってきたものには手を付けていないじゃないか」

むっとして私を睨む弟の表情がたまらなく可愛く思えて、私の笑みはさらに深まった。

「だって、レンがくれたものをすぐに食べてしまったらもったいないじゃない。少しずつ味わって食べるのよ」

ひとつの林檎を手に取り、わざと音を立ててキスをする。

「そういって腐るまで放っておいたりはしないよね?」

「善処するわ」

「姉さん…。…でも…無理に食べることはないけどね」

もうひとつあった林檎を今度はレンが手に取ると、歯を立ててそのまま齧った。

レンには気づかれていたらしい。
私が食欲がないことを。
もしかしたらあの看護士の子が話してしまったのかもしれないけれど…。
どちらにせよ要らぬ心配をかけるわけには行かないわ。
昨日の夜くらいから突然食べ物が喉を通らなくなってしまったのだけれどこんなこと日常茶飯事だし、レンに会えたから今日はとっても気分がいい。
きっとあの薄味でおいしくない病院食も食べられるでしょう。
たまには外食がしたい。味の濃いものを食べたい。
兄たちに無理を言って休みを取ってもらい、ジョージも一緒に家族水入らずでフレンチなんかもいいかもしれない。

そんな妄想、今まで何度してきか。


中途半端な生き方しかできない私とは違ってレンはまっすぐに生きられる子だから、
どうか神様、もしいるのなら、この子の未来に輝きの火が灯りますよう。

「姉さん」

「なぁに?」

「今、変なこと考えてない?」

「え?」

「姉さんはすぐどこか遠くを見る癖があるよね。その顔、なんだか母さんを思い出す。オレが隣に居る時くらい笑っていてよ」

いつもは抱きついてばかりの私。
今は逆に抱きしめられている。
小さいころはレンがよく私に抱きついて来ていた。
その頃をふと思い出した。

レンに包まれているとホッとする。
ああ、必要とされていると感じるの。

「…そうね、ごめんね。レン」

「姉さん、オレは姉さんの前から居なくなったりしないから、姉さんもオレの前から消えないで」

「もちろんよ…ずっと傍にいるわ。レン」

「うん…」

私もまた不器用な神宮寺家の一員の一人なのよね。
つい強がってしまうけれど、我儘で、弱虫で、家族が大好きな、ただの小娘に過ぎないんだわ。

籠に戻したふたつのりんごがこつんとぶつかった。







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