久しぶりの日本。
日本にいる時には分からなかったけれど、この国には独特の空気の匂いがある。
それはすごく心地よくて、私の母国って言うのはやっぱりこの国なんだなって改めて思った。



エスカレーターを下りると、肩の荷物をぎゅっと握った。
引越しすることになるからと大抵の荷物は既に送ってある。福岡の慣れ親しんだ実家に戻るよりもまだ見ぬ都内の新居が私の帰る場所になるわけだ。


数年ぶりの日本は、変わってないなんてことはなく、思いっきり進化していた。
だから私は浦島太郎状態。
大きなニュースは聞こえてきたものの、日本の政治経済や今の流行りモノ、今の私の同年代の子たちがどのように生活しているのかなどは全く知らなかった。

その辺りも含めて、久しぶりに会う友人に今日はじっくり聞こう。

友人を思うと長旅の疲れもどこかに飛んでいったかのように足取りは軽い。

「あ、ここ違う!東口じゃない!」

ハッとしてUターン。
友人とは西口で待ち合わせ。

ケータイは向こうで使っていたけれど日本では使えないから解約してきた。
だから、今の私に連絡手段はない。
あるのは15時、西口前で会おうっていう友人とのメールの記憶だけ。
都会の駅は人も多いし、出口は複雑で大変だ。
私こんなんでやっていけるのかな。

「うう、寒い」

着込んでは来たものの今の日本の季節は冬。
冬真っ只中。
風がびゅううと吹き抜けた。でもそれは出口が近いことを示している。

もうすぐだ。

風に逆らって私は歩む。

腕にしている時計を見ると約束の時間を2分ほど過ぎていた。
やばい、そういえばあいつ、クソがつくほど真面目だったから遅刻したら怒られるかも。


すこし歩調を早め、真っ青な空の元へ私は飛び出した。


着いた。
頭上には西口という大きな看板がある。

私はお目当ての友人を探す。
彼は福岡に私が住んでいた頃仲が良かった友達だ。
留学中はたまにメールをする程度の間柄だったが、私が日本へ戻ると連絡した際、彼も今は東京で一人暮らし中らしく、引越しの手伝いをしてくれるとの返事を貰ったので、好意に甘えることにしたのだ。


視線を左右にふらふらさせる。
どこだ、どこだ。
いないはずはない。
だって、あいつは…トキヤは、すっごく律儀なやつだから。

チラッと視界の端で菫色の髪が見えた。
眼鏡をかけ、フェンスに少しもたれ掛かりながら、細く白い腕で文庫本を持っている男の人。
多分、あれだと思う。

なんだか、オーラがあるなぁ。
もしかして痩せた?
あんなにかっこよかったっけ?

数年ぶりの再会なんだ。
緊張しないはずがない。

小さいときは家族かっていうくらいずっと一緒にいたけれど、今はもう16歳だし。
留学だってして自分では結構大人な気でいる。
向こうだって、私が居ない間に色んな経験をしてきたんだと思う。

だから、そう簡単に声なんて、


「すみませぇーん」

二人組の女の子たちが声が聞こえた。
私にあてたものではない。

私がこうやって戸惑っている間に彼女たちがトキヤに声をかけてしまったのだ。
この寒さなのに短いスカート、重みを感じない装飾品の多い鞄。
女子高生だろうか。

…はっ!

も、もしかしてこれは、逆ナンってやつなのでは…?

木の陰に隠れてその様子を見守る。

「あの、すみません」

トキヤが本から視線を逸らし、顔を上げた。

あんまり女の子と話すの得意なタイプじゃなかったから仕方ないけれど、無表情のまま。
しかし、彼女たちが次の言葉を発した瞬間、それは壊れた。

「HAYATOですよね!」

はやと?
誰?

私が首を傾げるよりも早く、トキヤの表情が変わった。
それはもう、別人だと言っても過言ではないくらいに。

「うんっ!えへへ、バレちゃった?」

にこぉっと甘ったるい飴のような笑顔を彼は浮かべ、私の知っているトキヤよりも1トーン…いや、もしかしたらそれ以上かもしれない声の高さとテンションで返事を返したのだ。

「やっぱりー!」

彼女たちは顔を見合わせはしゃぐ。

「ファンなんです!これからも応援してますね!」
「わぁ!ありがとう!嬉しいにゃー」

…にゃ?

困惑しか浮かばない私。
すると、突然男の目が私を捉えた。

「今何してるところだったんですか?」
「あ、ごめんにゃ?これからお仕事なんだにゃぁ」

一歩、彼は動き出す。

「そうなんですか!」
「それじゃあ、バイバイにゃー!」

そう言って彼は駅構内へ向かって歩き出した。
そして、私の隣を過ぎる時、着いてこいと言わんばかりに目で合図を送ってくる。

残された女子高生たちが嬉しそうに笑っているのを尻目に、私はその後ろ姿を追った。

にゃ…。
嬉しいにゃー。ごめんにゃ。バイバイにゃー。

にゃ…っ


「にゃっ!!」

ぶふっとついに私は我慢ならず吹き出した。

にゃって…にゃって…!!!

「明希!!」


そんな私に、トキヤは振り返り、顔を少し赤らめながら睨んできた。


「と、トキヤくん久しぶりにゃー!元気にゃー?」

「そこは、元気かにゃ?です!」

「えっ?」

「な、なんでもありません…っ」

早口で言うと、トキヤは口元を押えた。


「今のは…その、今演じているHAYATOというキャラクターなのです」

こほん、とトキヤは説明をしてくれた。
そうだ、トキヤは幼い頃から劇団に入り、演技をしてきたんだ。
ってことは今のは何かの役?
…すごい!
声をかけられるほど有名になるなんて!

「へえ!がんばってるんだね!」

「それは明希もでしょう?」


トキヤがなんだか、すごく優しい顔して笑うから少し心臓が跳ねた。

「うん…っ!」

知らないうちに大きくなって、知らないうちにかっこよくなってしまった友人。
そのとなりを今自分が歩いているなんて不思議な気分だ。

「どうでした?留学は」

「あ、あのね!とってもよかった!!本当に色々勉強になった!音楽の世界って奥が深いんだなって!」

「それはよかったですね」

「いっぱい聞いて欲しい話あるんだ!トキヤのも聞かせてね」

「はい」

トキヤが目を細めて笑う。
ああ、この笑い方、変わってない。

私もつられて頬が緩む。

「疲れていませんか?荷物持ちましょうか?」

「平気だよ!ねぇ、家ってここからどの位?」

「徒歩5分程度ですね。なかなかいい場所ですよ」

「トキヤの家もここから近いの?」

「そうですね、明希の家からもう5分程離れた所にあります」

「じゃあまたご近所さんだね」

日本語は忘れちゃったなんてことはないから大丈夫だけど、都会での生活なんて初めてだからトキヤが近くにいてくれてよかった。
困ったときは助けてくれそう。


「明希はこれからどうするつもりなんですか」

「これから?家行って荷解きするつもりだけど」

「そうではなく、今後、どうしていくかという話です」

「そっち?うーん、とりあえず所属できそうな事務所とかを探すかな。手当たり次第に曲を送って、認めて貰えそうな所を探すの」

「ほう。夢は変わってないのですね」

「もちろん!私は、誰にも負けない作曲家になりたい。ずっとそう思ってるよ」

「それは急いでいるのですか?」

「急いではいないけど、立ち止まりたくないの」

駅の中にある喫茶店。
私たちはそこに入り少し休憩をすることにした。

トキヤはブラックのコーヒーを注文してて、妙に男らしい。
私は紅茶にした。
さらりと奢られてしまい、申し訳ないような気もしたけれど、トキヤにならいつでも返せるし、いっか。


「実は、4月から私は学校に入学しようと思っているのですが…」

「えっ?高校?」

「いえ、専門学校のようなものですね」

「専門学校…?なんの?」

「この、早乙女学園のアイドルコースです」


席に着くと、トキヤはパンフレットを一部取り出し見せてくれた。

「シャイニング早乙女って聞いたことなるような…?」

「『愛故に』の方ですよ」

「ああ!!あの人!」

「シャイニング事務所は現在、日本における音楽業界のトップに立っていると言っても過言ではありません。ですから、私は…」

「入学を決めたんだ?」

「はい」

「いいなー。私もトキヤについて行きたいけどアイドルはなりたくないし」

ぺらっとページを捲ると飛び込んできたのは作曲家コースの文字。

「…えっ!ここ作曲家コースもあるの?」

「はい、ですから、もし君が望むのなら」

「私、行く!ここに行きたい!」

席から立ち上がる程の勢いで私は宣言した。

「いいのですか?そんな簡単に決めてしまって。ここはアイドルの曲を作る作曲家を養成する学校ですよ。君の目指す所ではないのかもしれない」

「そんなのまだ分からないよ!私は誰よりもすごい曲を作りたいんだもん!それはクラッシックかもしれない、アイドルソングかもしれない、もしかしたら演歌って可能性もあるでしょ?そのうちの可能性の一つになりえるなら挑戦してみたい」


「そうですか。では」

トキヤは更に紙を取り出した。

「願書です。ここで書いてしまいましょう」

「え?ここで?」

「今日が締め切りなので」

「なにそれ!いきなり過ぎる!」

「善は急げですよ」

そう言って、トキヤは笑った。
なんとなく、嬉しそうだ。
この準備の良さ…もしかしたら、こうなることを予想していたのかもしれない。


カリカリとボールペンを走らせる。
その様子をトキヤはコーヒーを飲みながら見てくる。

分からないことがあれはすぐに教えてくれながら。

「でも、ここに入学したら、またトキヤと一緒に学校に通えるんだね」

「そうですね」

ふふっと笑みが零れる。
トキヤもまたおなじ気持ちでいてくれる気がした。



それから数ヶ月後、早乙女学園という素敵な学校で、私たちはそれぞれの目標に到達するため学び始める。
大切で、頼れる幼なじみと共に、私は新たな世界に飛び込むことになるのだ。





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