恋を夢見る平凡な高校生活を過ごしていた私の前に現れたのは白馬に乗った王子様なんかじゃなく、ただの変な漫画家だった。


「明希がそばにいると、気づいたらいろんなものが出来てます」


黙々と手を動かしながら彼は言った。


「だから、僕とずっと一緒にいてください」


それは彼なりの告白の言葉だったのだと気づいたのは随分後のこと。 

突然転校してきたかと思ったら、隣の席になり、授業中も放課後もずっとずっとずーっと漫画を描いてた人。

「次描く漫画のヒロインは明希にします」

「へ?」

せっかくの制服もインクがついて、汚くよれてしまっている。
周りの友達もみんな、近づかない方がいいよって私に言ってきた。
私だってそう思うし、関わり合いにならない方がいいと分かってた。でも、なんでだろう。
目が離せなくて、彼が見せてくれる漫画は少年漫画を読まなかった私にとっては全てが新鮮で面白くて、なんとなく隣にいるのが当然のようになってしまっていた。

「正確には明希をモデルにしたヒロインなので明希本人ではないんですケド」

そう言って、デフォルメされた私に似た女の子の絵を新妻くんは見せてきた。
上手いっていうのは今更なんだけれど、髪型とか、雰囲気とか、私の特徴をよく捉えていて感心してしまう。

「新妻くんって変な人だよね」

「よく言われます」

初対面で名前を名乗ったらキュピーンなんてよく分からない擬態語を発して、馴れ馴れしくも私の名前を呼び捨てにしてきたり、お喋りで人見知りもしないのに、私が他の子…特に男の子と話しているとちょっと不満そうな顔を見せたり。


「明希、僕が書いてるのは少女漫画じゃないんですよ」

「ん?うん、そうだね。少年漫画だよね。知ってるよ?」

「だから……。やっぱりいいです」



そんな彼が売れっ子漫画家になって、みんなからちやほやされる番がきた。


今度は私がちょっとむくれる番で、このままただのクラスメイトな私とは縁が切れてしまうのかな、なんて考えていた。

当然と言えば当然。
天才漫画家新妻エイジ。
私はその漫画家の隣の席の女子高生。

これ以上なにも変わることがないはずだった。

だけど、それを変えてしまうチカラを持っているのが彼だった。


「明希は大学にいくんです?」

「うん」

受験の勉強に忙しくなってきて、塾にも通って、前ほど話す機会の減った隣の席の彼。

そういえば、卒業したら会えなくなるんだろうなぁなんて思った。
その前にサインの一つももらっておこうか。

私をモデルにしたというヒロインの出ている漫画は今大人気で、その連載している少年誌の看板漫画になっているらしい。
私は新妻くんの原稿を読ませて貰っているだけだから他の漫画を知らないのだけれど。

「新妻くんは漫画家一本でやっていくの?」

「そうです。本当は高校に通う時間も全部漫画にあてたいくらいだったんですケド」

「親に高校くらいは出なさいって言われたとか?」

「それもあります。でも」

じっと、普段は手元へと下ろされてばかりいる視線が私を捕らえる。
なんだろうかと首をかしげると、小さく息を吐いて新妻くんは私の名を呼んだ。

「明希」

「なに?」

「卒業したら僕の家に住みましょう」



脈絡もなにもない突然のお誘い。
なんの冗談かと思ったけど、新妻くんは本気で、自宅から通うより大学が近いだとか、新妻くんに漫画みたいなちゅーをされて頭真っ白になっておっけーしちゃっただとか、とにかくいろいろな後付けの理由で、私は彼と同棲することが決まった。




「ただいまー」


鍵をあけて扉を開くと、背の高いお兄さんが玄関で耳を塞いでいた。

「あれ、雄二郎さん」

「ああ、明希ちゃん。相変わらずここはうるさいなー」

「ですよね。やめさせましょ」

雄二郎さんは新妻くんの漫画の担当さんで、何度か顔を合わせている。
新妻くんのお目付役みたいな人。
まだ若いのに仕事熱心で偉いなぁ。

靴を脱いで、上がりこむ。ドアを開ければさらに耳が裂けるような音。
さすがの私もイラっときて、コンセントから音楽機器の電源を絶ってやった。

それに気づいた、部屋の主。
せっかく気分よく漫画を書いていたのに何をするんだ、と雄二郎さんを睨みつけるが、その隣の私の姿を捉えるや否や表情を変える。

「明希!」

嬉しそうな笑みを浮かべて部屋の1番奥から飛んできた。
アシスタントの福田さんなんかはもう慣れた様子で頭を小さく下げてそれに当たらないように作業を進める。

「おかえりなさい!今日は早かったですね!あれ?なんで雄二郎さんと一緒にいるです?」

ぎゅうっと抱きつかれ、質問責め。
気にせず私は自室へ向かう。

「今日は4限が休講になったから早く帰ってきたの。雄二郎さんとは玄関で会っただけ」


軽く引き離して、上着を自室に置いてくる。
そして、冷蔵庫を漁った。
そこでサイダーを見つけて、福田さんに声をかけた。

「ねー!これ福田さんの?」

「ん?ああそうだけど、飲んでもいいぜー」

「ありがとー」

同棲なんて大層なものじゃない。
私はただの居候。
新妻せんせーのお宅に居候させて貰ってる大学生という身分。

一応、名目は彼女になってるけど、彼女らしいことなんてなにもできてない。

対等な関係じゃない。

いつだって新妻くんは私の手の届かないところにいる。

初めて会ったあの日から、私には理解のできない世界にいて、

けれど、天才と呼ばれ

高校生でもう働いていた。


このままじゃ私、置いて行かれっぱなしだ。


夜も更けて、担当さんもアシスタントさんもみーんな帰ってしまった。

すると、できるのは2人だけの空間。

だけど、ほとんど新妻くんは机に向かっているし、私は隣の自室でソファーにすわりながらバラエティー番組を見ているだけ。

手元には今日、駅前で貰ってきた求人誌。

お風呂上がりでまだ湿った髪の下にタオルを掛けて、その誌面を見た。

家賃、光熱費、食費…。
いろんな負担を新妻くんに掛けていた。

このままじゃいけないな、と考えアルバイトでも探すことにする。


「明希、終わりました!お風呂一緒に…」

ノックもなしに突然部屋に飛び込んできた新妻くん。
私の様子を見てうなだれた。

「もう入っちゃったですか」

「ご、ごめん」

一緒にって単語が聞こえた気がしたけれど、そこは聞かなかったことにして謝る。

「じゃあ明日でいいです」

「お風呂くらいは毎日入りなさい」

「…1人で入るくらいなら続き描いてたいです。…なんです、それ?」

ソファー座る私の膝の上。
普通の人なら隣に座るべきところだが、彼には普通が通じない。
おかげでテレビは全く見えなくなってしまった。

「バイト探そうと思って」

膝の上に座りながらもそんなに重さを感じないのは、立膝をして、私に負担を掛けないようにしているからだろう。
ぶっ飛んでる性格だけど、ちゃんと、優しい人。

「お金ならありますけど」

不思議そうに尋ねられる。

「でも、私働かないとだめになる。私がブランドのバックばっかり買いはじめたらどうするの?」

大学の学費は親が出してくれていて、それ以外は全部、服も化粧品もなにもかも新妻くんが出してくれていた。

「買ってください。好きなだけ」

真っ直ぐ、見つめられる。

ばかだ。
この人は天才だけど、ばかだと思う。

「でも、新妻くんのお金なんだよ?新妻くんが一生懸命描いて、手に入れたお金。新妻が好きに使わないとだめ」

「なら僕が好きな明希が使ったらいいです」

どれだけ私にめろめろなんだ。

「新妻くんはなんでそんなに私が好きなの」

「なんで…。理由ですか。…わからないです。好きで好きで仕方がない、それだけです」


私はただの女の子だから、天才の考えてることなんて分からないんだ。
ましてや、天才が分からないことなんてもっともっと分からない。

いつか、飽きたって言われて捨てられてしまうんじゃないかって不安でしょうがない。


私は、新妻くんに依存してる。
いつか、消えてしまったら、心も体も保てなくなる。
延命治療のために、なにができる?
家事手伝いって言ったって私じゃなくてもできてしまう。
バイトをして自立することを考えたけど、彼はそれすら拒む。


「いつまで新妻くんは私を好きでいてくれるの?」


新妻くんが私を好きでなくなった瞬間、私は全て失うことになる。


「いつまでだって好きです」

「証拠になるものがないよ」

「証拠…ですか」


ぴょんと、私から新妻くんは飛びのいた。
探偵のように考えるポーズを取ると、キェー!と鳥のように鳴いてバタバタと仕事場へ走って行った。

ぽかんとするのはいつも私。

「ありました」

そして手に一枚の紙を握って戻ってくる。

なんの原稿だろうと手に取ると、文字と枠線だけの紙。
書類かなにかかと思ったら、名前が書いてあった。新妻エイジ。

そのとなりの空欄。

上にあるのは婚姻届の文字。

「えっ、新妻くん…!これ…っ!」

「証拠になりますかね?」

ぼた、ぼた、涙が溢れた。

「だ、ダメだったです?」

おろおろと珍しく困った表情の新妻くん。

「ばか、ばかばか…ばかぁ」

「す、すみません」

しょんぼりする新妻くんに、私は抱きついた。

「もっと、言うことあるでしょ…っ」

「え?」

「はいって言うから。私、ちゃんと答えるから、最高のセリフ、言ってよ」

「最高の、セリフ…」

新妻くんは考えたあと、にんまりと笑って私に顔を近づけた。


「世界を敵にまわしても、明希だけは守り抜きます。愛する者のためならこの命も惜しくはないです」


口を閉じたかと思ったら、また開く、そして私に唇を押し当てた。

勢い余ってソファーに落ちる2人分の重み。


「それじゃあ、はいって答えられないよ」

そう言った私に、再び新妻くんは笑う。

「結婚しましょう、明希」

今度はストレートに言われたセリフ。

「…はいっ」

やっと私も答えられる。

新妻エイジという変な漫画家は、ばかだけど天才だ。

私を喜ばせることに関する、世界でただ一人の天才。







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