私に足りないものはたくさんある。
作曲のセンスだとか、学力だとか、む、胸だとか…。
でも、そんなことより決定的に今の私に足りないもの。
それは、
身長だ。
一般女子からみたら私はちょっと小さいくらいかもしれない。
けれど、彼から見たらちょっと小さい、では済まされない。
「おい、チビ」
ほら、まただ。
「チビって言うな!大男!」
「あ"あ"?」
砂月はすぐ、私のことをチビって言う。
実際砂月は背が高いし、私との身長の差は大きい。
だけど、それは私が1番今気にしていることだし、もうちょっと女心分かってよって思う。
なっちゃんはいい。
だって、私と話をする時は目線を合わせてくれるから。
でも、砂月はそんな優しさは微塵もなく、私を見下ろすだけ。
見下ろすって言うより見下すって感じかも。
それが私は嫌なんだ。
抱きつけばちょうど胸の位置に私の顔がくるから、砂月の心臓の音はよく聞こえる。
だけど、砂月の心臓は私のとは違っていっつも一定のリズムを刻むだけ。まるでメトロノームみたい。砂月といるだけで、私の心臓はいつもの倍くらいはやく動いているのに。
「なんだよ」
「うるさいなぁ」
「突き落とすぞ」
「私の心臓の音がですぅ」
階段の踊り場、レコーディングルームから教室への途中。
周りに人がいないのをいい事に私は砂月にくっつく。
私の小さい身体では包みきれない砂月の身体。
私の手は伸ばして砂月の頭に触れるのが精一杯なのに、砂月の手は私の頭を包んでぐっと自分の胸に押し付ける。
「砂月の心臓はいっつも同じでつまんないよ」
「そう思うならちょっとくらい俺を楽しませる方法考えろ」
ちゅう、と軽く唇を吸われて、放される。
ああ、ほらまた私の心臓だけが早くなった。
砂月はキスするとき乱暴だ。
那月は反対にすごく優しい。私を抱き上げぎゅってしてからのキス。
だから最近思う、砂月のキスが乱暴なのは身長のせいなんじゃないかって。
私とキスする時、首が疲れちゃうんじゃないかって。
精一杯つま先立ちしてみても、長くは持たないし、そんなに変わらない。
「砂月は私が翔ちゃんならよかったって思ったことない?」
「はぁ?」
さも馬鹿にしたような声が降りかかる。
「せめて私が翔ちゃんくらいの身長があればもうちょっとキスしやすかったでしょ?」
とんっ。
一段、階段を上った。
「何を言ってんだ」
ふんっと顔を背ける砂月の腕を取り引っ張る。
砂月は一歩、階段に近づいた。
那月と違って眼鏡がないから、そのままの瞳が私を捉える。
「逃げないでよ」
もう一段、私は上った。
腕から手を放し、両手で制服の襟を掴めば砂月の身体は少し前のめりになる。
目線はほぼ同じ。
それでも少しだけ砂月の方が高くて、嫌になる。
「こうしたら、しやすいでしょ」
まぶたを閉じて、口付ける。
目を伏せるまえに砂月の驚いた顔が見えた気がして、ちょっと満足感。
だって今は、砂月が被さるキスじゃなくて、お互いがくっつけてるキスだから。
いつもは砂月がしたいときにして、やめたい時に放されちゃう。
でも、これなら
「…ふふっ」
「……っ!おまえ」
「ね、もういっかい」
私のしたいようにできるでしょ?
調子に乗って、再び唇を重ねたら、砂月の目がぎろりと私を見た。
怒らせちゃったかな。
そう思って口を放そうとしたら私の後頭部に砂月の手が行った。
放すどころか力を入れられ、身動きが取れなくなる。
「さつ…っ」
なんとか離れても、
「ん…?!」
今度は舌が無理矢理入ってくる。
口の中に感じる異物感。砂月のそれが私の舌を捕まえる。
そういうキスがあることくらい私だって知ってる。でも、それは大人のすることで、私にはまだまだ早い気がしてた。
口内から音が漏れて恥ずかしくなる。誰もいないと分かっているのに聞かれたらどうしようなんて考えて、結局、自分で聞こえてるこの音が砂月にも聞こえてるってことが恥ずかしいんだなって思った。
このままじゃ耐え切れない。
息もできないし、なによりこの状況に。
さっきまで引っ張っていた手で肩を押し返す。
余裕の表情でむさぼるように私に食いついてくる砂月から少しでも離れられるように。
「へたくそ」
思ったより素直に離れてくれた砂月が冷たく言い放った。
そして、また顔が近づく。
再びあの羞恥心と戦うことになるのかと覚悟して口と目をぎゅっと瞑ると、ふっと砂月の笑った吐息。
ぺろり、下唇を砂月の舌が舐めた。
「よだれ垂らしてんじゃねーよこのチビ」
頭にあった砂月の手が消える。
開放されたのだと分かると、途端に恥ずかしくなった。
起こった事実に。
そして、少しの淋しさを感じてしまった口元に。
「さつ…」
「でも、まぁ」
砂月が階段を二段上る。
身長差は元に戻る。
「努力は買ってやるから」
また一段、砂月が上がる。
いつもより、視線が高くなった。
「これからもせいぜい、俺を楽しませるんだな」
そう笑って砂月はどんどん階段を上っていく。
「待って…!」
慌てて砂月の後を追う。まだ頬の熱は冷めない。
「砂月!」
階段を上りきって、その背中に抱きついた。
広くて大きな背中。大好きな背中。
「んだよ」
「チビでごめんね」
でもね。
「…全くだ」
振り返って、キツイくらいに抱きしめられるのは幸せで、私の視界が砂月だけで埋まるのはすごく嬉しいんだ。