葵は私のことを好きだという。私も葵がすごくすごく好き。それは付き合う前から変わってなくて、今だってそうだ。

「…明希」

でも好きって気持ちはあっても行動には出ていなくて、なにか私たちは一般論からずれていた。例えば名前。付き合い始めてからもずっと他人行儀な呼び方をしていて、私は葵って呼べるようになったけど、葵は私のことを苗字で呼ぶ癖がなかなかなおらなくて、名前で呼ぼうって二人で決めたのに今度は明希さんってさん付けが全然とれなかった。だけど、葵が私を好きだと言ってくれる気持ちは本物で、照れることなく「松井さんと付き合ってるんだ」と友達にも言っていたみたい。それが私は嬉しかった。でも私にも悪いところがあって、私は葵と目を合わせるのが苦手だった。葵の目はすごく綺麗な碧色をしていてその綺麗な瞳に自分が映るのがとても億劫だった。

「葵…?」

でも今、互いの鼻がぶつかるくらいに私の目と葵の目の距離は近いのにそれを恐れるどころかもっともっとと近づいていく。
ごく自然に恋人同士がする行為。互いの唇を重ねた。

もう恐いなんて微塵も思わない。
むしろこの瞳に私以外の女の子が映る日が来るなんて想像するほうが恐い。
葵の目が私を映すためだけにあればいいのに。私の目も葵を映すためにあるのだから、なんてちょっと大袈裟な考えも頭を過ぎるけど結構本気なあたり私も相当だなって思った。


「明希、なんだか嬉しそうだね」


頬を葵の右手が包んだ。その体温が温かく、私はそっとまぶたをおろす。

「うん…葵と一緒にいられるのって嬉しいなって」

葵の手は魔法の手だ。
葵の手に触れるとどんな不安な気持ちも吹き飛んでしまう魔法の手。
恋人なのにキスはおろか手すら繋ごうとしてくれなかった葵。勇気を出して握りたいと告げたのに拒否された時もあった。それは葵の愛故の行動であったらしいけれど流石に傷ついたなあ。それから不器用な私たちはゆっくりゆっくりお互いの考えてることを言い合って、理解して、うち溶けてきた。
いまではちゃんと、触れられる。
葵が私に触れるのは「好きだよ」って気持ちの現れで、それを受け入れたり、手を重ねたりするのは「私も好きだよ」っていう返事なんだ。


「ふふっ僕も、嬉しい」

私がなにか言う前に唇をふさがれた。別にそう言う意味で目を閉じていたわけじゃないんだけど、って思いつつ嫌じゃないからもう少しこのままで居たいかもと考え直した。


一瞬のような永遠のような不思議な時間。

周りの世界は止まってる気がするのに、たしかに彼の温度を感じて、私は目を閉じ続ける。


唇から葵が離れるのが分かって、それに合わせてまぶたを上げると見事に視線がぶつかった。
その葵の顔は真面目そのもので、どきっとした。かと思えばさっきまで私に重ねていた唇を今度は私のおでこに落としてくる。それがだんだんと下りてきて、まぶたや鼻、頬などにも降り注ぐ。
ああ、また口にキスされるかな。そう思ったのに期待を裏切るかのように唇は私の耳へ向かった。

「……っ」

ぞくり、

慣れない感覚に体が震える。
…びっくりした。
なんで突然、と睨もうにも、葵は私の反応が気に入ったのか耳から離れようとしない。
ついには舌で耳を舐められて、ほんと、もう、どうしちゃったんだこの人。それに私。お互いどっか頭のネジ飛んでるんじゃないか。身体中の感覚全部が耳に集中している気がする。

「ここ…、…がっこうなんですけど」

搾り出したように私が言うと葵はやっと耳から離れてきょとんとした表情を見せた。

学校でこういうのって、なんとなくだめな気がする。人とか来たら気まずいし恥ずかしいしだめだと思う。

「がっこうじゃなかったら…よかった?」

何いってんだこの人は。最初の頃の手を繋がないってのはたしかに辛かったけど、いろいろ吹っ切れすぎなんじゃないか。
学校じゃなかったら、ってそれどういう意味を指してるんだ。
…なんとなく、わかるけれども。



そもそも、葵は自分勝手だと思う。私を想いすぎての自分勝手。それなら私だって葵が好きだって気持ちを自分勝手に押し付けたい。


反抗するように、肩に手を乗せ葵の首筋に口付けをした。顔を見上げれば目を見開いた葵。してやったり。そう心の中で思ったら突然ぎゅっと抱きしめられた。

「!」

後頭部を葵の手の平が包むから、身体はおろか首も回らない。

「…あ、葵?」

「もう少しだけこのままでいていいかな…」

耳元で囁かれてしまえば私は大人しくしている他ない。それに、こうやっているのも悪くないと思う。

「明希、僕は君が愛しすぎて気が狂ってしまいそうだよ」

震えているんじゃないかとすら思うその声。葵の言葉の表現は誇張しすぎなところがあるけれど、本人は至って本気なのを私も分かってしまっている。

「……いいんじゃないかな」

それどころか、まるでウィルス感染のように私にまでそれは現れて

「わたしは…いいとおもう」

冷静な判断を鈍らせる。

「そういう葵も、私は愛しいよ」


無理矢理、唇を奪った。
葵も素直に私を受け入れ、深くなり、長くなる。絡められた舌。頭の端の方で理性が欲に押し潰された。でも結局、私たちはただの人間なのだから欲望にまみれていたってそれは普通のことなのではないだろうか。そうだ、きっとそう。だから、葵の舌が私の唇を舐めて、そんなことが嬉しくてもっと欲しいと思ってしまったっていいんだよね。



放課後の教室、二人の影が長く伸びていた。











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