「じゃーな明希、利央!」

「うん。ばいばーい」
「おつかれー」


さっと荷台から下りて利央の所属する野球部の仲間たちに手を振った。
利央は振り向きもせず自転車を押して先に行ってしまう。
慌てることもなく、私もその後を追った。
空はもう真っ暗で、ついさっきまでまだ明るかったんだけどな、と時間の流れる速さに驚いた。

「明希かぎー」

「はいはい」

玄関の前で並ぶと双子の弟は怠そうに口を開いた。同じように私もお腹は空いているけれど、厳しい部活の練習を終えた利央と比べれば、私の方が元気は幾分か残っていた。そのため、文句も言わずスクールバックから自宅の鍵を取り出す。

がちゃがちゃ鍵を回して扉を開いた。開き口に近い利央が私より先に一歩前へ進む。
この動作も毎日繰り返していればなれたものだ。

「ただいまぁ…うわ」

嫌なものでも見たかのような弟の声に首を傾げながらも、私も同じように帰宅を知らせる言葉を口にする。

「ただいまー」

利央が見ていた大きめな靴。それが誰の物か私が理解するより先に廊下の奥の扉が開き、よく知った顔がこちらを覗いていた。

「ああ!!お兄ちゃん!」

1番に口を開いたのは私で、ローファーも適当に履き捨ててリビングへ急ぐ。

「よう、明希おかえり」

アイスを片手に兄はニッと笑った。

「ただいま!お兄ちゃん帰ってたんだ!知らなかった!」

ダイブするように抱き着けば、兄はそのがっしりとした身体で私を抱き留めてくれる。
久しぶりな、この感覚。

「ちょ、待ってよ明希…」

玄関でもたついている弟のことも忘れ、私は数ヶ月振りに会う兄に夢中になっていた。

「今日帰ってくるなんて知らなかったよ!メールしてくれたら利央待たずに帰ってきたのに!」

「サプライズだよ。その方が嬉しいだろ」

「私、お兄ちゃんが帰ってくるならなんだって嬉しい!」

「ハハ、そォーかそーか」

頭を大きな手の平で撫でられ、私は目を細める。

我が家は呂佳お兄ちゃん、私、そして双子の弟の利央と3人兄弟だ。
けれど、お兄ちゃんは今は大学生で、家にはほとんど帰ってこない。高校まではお兄ちゃんも桐青だったのだけれど、大学は附属の大学には進まなかったのだ。
いままでずっと一緒に暮らしてきたから急に家族がいなくなったようで淋しかったけど、お兄ちゃんが自分で決めた道なのだから私は応援しようと思っている。
それに、今もお兄ちゃんは監督として野球に携わっていて、野球をしてるお兄ちゃんが好きだった私はとても嬉しい。


「…おかえり、兄ちゃん」

「おう、お前も帰ってたんだな利央」

「明希と一緒に帰ってきたんですけどォ…」

「あっそ、気づかなかった」

「な!」

利央はショックを受けた顔をして、むっとした。
何か言いたげな顔をしたが、唇をぐっと閉じて台所へ向かう。

「おかーさーん、ごはんー」

その声にはっとして私も叫ぶ。お兄ちゃんのことで頭がいっぱいだった。

「わたしもわたしもー!」

「今から出すからあんたたちは着替えてきなさい」

「「はーい」」


母親の声に口を揃えた私たち双子。
利央に続いて私も自室へ向かおうとするが、うまく体が動かない。おかしい。
何が起こったのか分からず振り返ると、悪そうな顔をした兄がいた。

「やー!おにーちゃんはなしてー!ごはんー」

「自力で逃げてみろ」

「むりだよぉー!」

肩から腹にかけて太い兄の腕がしっかりと私の体を固める。
きゃあきゃあ言いながら兄を押し返すがびくともしない。私は一般的な身長なのに兄も利央もかなり背が高い。父の遺伝子を二人は強く受け継いでいるようだ。

こうやって兄に捕まってしまえば一人では脱出できない。大抵、そういう時は利央と二人掛かりで兄に対抗していた。ちょっと怖そうな見た目に似合わず、この人は結構子供っぽいいたずらをして来るからだ。

アイスをくわえたまま、私をからかう兄。
それに気づいた私が「お兄ちゃんのアイスいいな」と言うと、兄はまた不敵な笑みを浮かべた。

「うまいぞー」

「えっ!明希にも一口!」

外された腕により自由になった両手を伸ばす。

「やだね」

しかし、ぱくり、と残りを全て口に含んで木製の棒だけが私の顔の前に差し出された。

「……!」

酷い。まだ半分くらい残っていたのに全部食べなくたって…。

「お兄ちゃんのばかああああ!」

怒りに任せて胸板に拳を打ち付けるが微動だにしない。面白そうに笑うだけ。そんな兄が憎くも大好きな自分。余計に悔しい。

「まだやってたのー?」

ふらふらと利央が姿を現した。もう制服を着ていない。

「りおー、お兄ちゃんがアイスくれなかったー!」

膨れて利央の陰に隠れると利央がため息をついた。

「兄ちゃんがくれるわけないじゃんー」

「利央…てめーなァ」

ぐしゃぐしゃとお兄ちゃんは利央の髪を乱す。

「や、やめてよォお」

「お兄様を少しは敬え」

私の頭を撫でる時よりも力が篭っている気がする。お兄ちゃんは私以上に利央をいじめるけど、結局は利央をすごく可愛がってると思う。
野球の話をする時は私は蚊帳の外で男兄弟だけで盛り上がることもしばしば。
そりゃ、私だってルールくらいは分かるけど投手と捕手がどうとかスコアとか難しい話を始めたらもう二人にはついていけない。
キャッチボールも昔は良くやったけれど、私はそんなにうまくなかったし公園のブランコに乗りながら二人の様子を見てることが多かった。


「明希」

「なに?お兄ちゃん」

ピタッと兄の手が止まり、その目がじっと私を見つめていた。

「飯食ったらコンビニ連れてってやるよ」

「え!?」

「アイス、食うんだろ?」

兄はいつだって気まぐれで、私と利央はよくそれに振り回される。

「た、食べる!買ってくれるの?」

「1個だけな」

「やったー!お兄ちゃんだいすき!」

感情のままぎゅーっと抱きつく。背中に回された手が温かい。

「に、兄ちゃんおれは!?」

「は?お前は自分で歩いて買いに行け」

「そんなー!明希だけずるい!!」

「知るか」

兄はバイクを持っていてたまにどこかへ連れて行ってくれる。けれど、その後ろに乗れるのは1人だけで私たちを一度には乗せられない。
でも、わざわざアイスを私にだけ買ってくれるって言うのはただの利央への嫌がらせだと思う。

「ほら、ご飯できたよ。冷めないうちに食べなさい」

「ねー!兄ちゃんが明希ばっかりー。おれだけのけ者にされるー」

ついにここに味方がいないと分かった利央はお母さんに助けを求めた。

「利央ちゃんと手洗った?」

「洗ったよォ」

けれどこんなの仲沢家では日常茶飯事で、今更お母さんも気にしていない。
食卓に並んだおいしそうな夕飯を見て私のお腹も鳴った。

「お兄ちゃんはもう食べた?」

「お前らが帰ってくる前に食った」

「ねー、なんで今日は突然帰ってきたの?」

早速席に着いた利央を尻目に私は再び質問を投げる。

「かわいい妹や弟の顔を見に、なーんてなー」

私たちで遊ぶのに飽きたのか、だらりとソファーに腰掛けてテレビを付ける兄。

何か別の用事があったからなんだろうけれど、冗談でもそう言ってくれるのが嬉しくて、私はつい笑ってしまう。
きっと利央がご飯に気をとられて聞いていないからそんなこと言ってくれるんだろうな、とも思った。

「あとでちゃんとコンビニ連れてってね!絶対ね!」

「おー」

きっとコンビニに行って頼んだら私と利央の分2つ買ってくれるんだ。
『明希が買えってうるさいからな』なんていいながら、うちに帰ったら利央に渡す。
そんな様子を想像して、私はくすりと笑った。



兄は意地悪だけど、とっても素敵な私たち双子の自慢のお兄ちゃんです。










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