コンクールに向けて練習をし始めてから周りからの評価が変わったのを実感する。

「松井さん、がんばってねー」

「あ、ありがとう」



「松井最近上手くなった?」

「そうかな」

「明るくなったし!」

やる気もなく、実力もない私をクラスメイトや同じトランペット専攻の人たちはあまりよく思っていなかった。
だから人と話すこともあまりなく、意味もなく学校生活を過ごしていた。
けれど、今は違う。

毎日昼休みと放課後は練習をしているし、授業もちょっとは真面目に受けるようになった。


この前なんて、外で演奏してたら初めて普通科の人が聴いてくれた。先生の言った通りコンクールに参加するって決めてからいろんなものを手に入れられた気がする。

って、まだコンクールは第一セレクションすら始まってないんだけど。



「ええーっ!次火原先生が授業やるの?」
「先生、困ったら俺が助けてやろうか」
「あたし先生の話ならちゃんと聞くよー」
「ねーねーせんせぇ!」

「あはは、ありがとう。おれ一生懸命やるからみんなも真面目に受けてね」

たくさんの生徒に囲まれ、先生が教室に入ってきた。
本当に先生は人気がある。先生の周りにはいつも誰かがいる気がして、練習に付き合ってくれる時くらいしか実はまともに話したことがない。


教壇に先生が立つと同時にチャイムが鳴った。

「はい、みんな席着いてねー」

取り巻きの生徒たちがばらばらと散らばる。

頬杖をついてその様子を見ていたら、先生がこっちを見た。
ぶつかる視線。
すると先生がいつも通り微笑むから、私は少し恥ずかしくなって顔を背けた。

「起立、礼、」


「着席」


でも、ちょっと嬉しい。
普段くっついてはいないけど、先生に大事にされているのが分かるから。
だってそうじゃなきゃわざわざ忙しいのに練習見てくれたりしないよね。
先生と私は同じコンクール参加者だし、同じトランペット奏者。しかも1番最初に選んだ曲も一緒。私が先生を頼ってもおかしくないことだし、先生が私を気にかけてくれるのも普通のこと。
自然の流れだけど、今ここにいる誰よりも私は先生と二人でいる時間が長いと思う。
秘密だけどカツサンドも奢ってもらったし、ちょっとした優越感。
みんなの知らない先生を私は見てるんだよっていう、優越感。

ただ、もう今日で先生の実習期間が終わってしまうっていうのが気に入らない。
2週間。こんなにすぐ終わりがくるなんて思いもしなかった。


「火原和樹も随分成長したのだー」

「リリだっけ?先生にはリリが見えてないの?」

「そうなのだ。残念ながら今は見えていないのだ」

妖精は教室内をくるりと回ってみせる。誰一人それに気づく者はいない。
たまに私の前だけに訪れる妖精。
だんだんこの存在に慣れてきてしまっている自分が怖い。

「今、は…?昔は見えていたんだ…」

もし今も見えていたら、二人の秘密がまた増えていたのかな、なんて考える。


耳から聞こえてくる先生の声。
心地が良い。こんな授業ならずっと続けばいいのに。













「ちゃらちゃらっちゃっちゃっちゃ、ちゃー…」

うーん。

トランペットでも吹いてみる。
最近吹いていなかった曲だ。
これ、かなり好きなのにタイトルド忘れ。
えーっと、なんだっけ。
音楽科失格って言われかねない。
楽しい感じの名前…。


「エンターテナー?」


「そう!それだ!!」


はっとしてトランペットを降ろす。

「先生…!」

出会った日のような青空。
最終日となる今日もまた、屋上で先生と会った。

「いいよね、その曲!すっごくうきうきした気持ちになれるよね!」

「先生っぽい曲だよね」

「おれっぽい?」

「うん」

「そっかぁ、うれしいな」


今は笑っているけど先生の目はまだすこし赤い。
さっきのHRでみんなからの寄せ書きを渡され大泣きしたからだ。
感受性が豊か過ぎる。
先生を見てたら、悲しいって気持ちになる前に笑えてしまった。

「先生、今日は放課後何もないの?」

「うーんと、あと1時間位したら先生達の会議に出なきゃいけないかな」

「…そうなんだ」


やっぱり教育実習生って大変だ。いっつも分厚いノートみたいなの持ち歩いているし、毎日担任に一日の感想とか課題とかそういうの書いて提出してるみたい。
最終日でも会議とかあるんだ…。





「ついに明日だね」

正門前にいる生徒たちを見下ろしながら先生が言った。

「…もうあした…かぁ」

ついに、明日は学内音楽コンクール・第一セレクション当日。
土曜日の午前授業を使って学院内にある講堂で行われる。
自由参加ではあるけれど、音楽科の生徒はほぼ全員、普通科の生徒も何人か見に来てくれるようだ。

「自信は?」

「正直ねー、ある!」

いひ、と笑って見せる。毎日散々練習した。先生にもいっぱい見てもらった。
どのくらい緊張するかどうかは明日になってみないと分からないけれど、完成度は自分でもなかなかだと思っている。
だからと言って今日は練習しないとか、適当に吹けば大丈夫だとは言わないけれど。
伴奏の子ともお昼に合わせたし、放課後は用事があるらしいので明日の朝早めに学校に来てもう一度練習するつもりだ。


明日はどの参加者よりも楽しんで演奏することが私の目標。


「先生も絶対見に来てよ!」

「うん、絶対行くよ」

教育実習としては今日が最後だったけれど、明日のコンクールを見に来てくれる実習生は火原先生以外にもいる。
でも私が見て欲しいのは火原先生だし、先生は前参加者なんだから来て当然!

「がんばってね松井ちゃん!おれ、1番松井ちゃんを応援してるから!……って実習生のおれが一人だけ特別に応援しちゃだめなのかなっ」

どうしよう、今の取り消しね!あ、でも本当に本当に松井ちゃん応援してるんだよ…!嘘じゃないからね!なんて慌てはじめた先生を見て私はまた笑う。
先生見てると飽きない。


「ねえ、先生。先生ってなんで先生になろうとしたの?」

「え?」

私は先生みたいにたくさんの人と仲良くなるのって得意じゃないし、教えたりするのも全然できない。
教師になろうって思ったことなんて一回もない。なろうってどうして思えるんだろう。

「おれが先生に…。そうだな…おれ、高校生のときからこんな感じだったんだ。毎日友達としゃべって、遊んで、ペットばっかり吹いて」

「想像つく」

「へへ、そんでさ、いつも楽しかったんだけど、夢っていうのは特になかったんだよ」

「夢が、なかった?」

「そう」

意外だ。先生なら運動も出来そうだし、トランペットも上手いんだからそういう道もあっただろうに。

「そんでコンクールが始まって、それまで以上に練習するようになったんだ。でね、その時のコンクールって聞いたことあるかもしれないけど普通科の人も参加してたんだ」

聞いたことがある。ピアノ奏者に一人、そして月森蓮ともうひとりヴァイオリン奏者がいてその人は普通科だったと。

「でも普通科って言っても経験者だよね」

「そう思うでしょ?」

「違うの?」

「うん。土浦く…あ、ピアノの人はもともとピアノがすっごく上手かったんだけど、ヴァイオリンの子は全くの初心者だったんだ」

「…しょしんしゃ?」

ありえない。
ヴァイオリンなんて学院のなかでも専攻の人数が特に多い楽器の1つだ。
それなのに素人を突然コンクールに参加させるなんて。

「びっくりだよね。でも本当だったんだ。色々あったんだけど、その子すっごくがんばっててさ、だからおれも負けてられないって思えてがんばれた」

その人は…一体どれほどの苦労を背負って来たのだろう。
多分、原因はあの妖精だと思う。私の参加もリリが決めたらしいし。
下手くそとは言え、経験者で音楽科の私と普通科で初心者のその人…。
比べるまでもなくその人の苦労と努力は私より大きかったはずだ。


「コンクールが終わってからも参加者のみんなでアンサンブルを組んだり、学院祭で演奏したり…楽しかったなぁ。そうやってさ、過ごしてるうちにおれ、こんなに楽しい音楽をもっとみんなに知って貰いたいって思ったんだ。喜んでくれる人の顔が見たいって。公園で会った小さい子にトランペット教えたりして、こういうことが出来たら幸せだなって思った…。その普通科の子もね、おれのその気持ち分かってくれて、背中をおしてくれたんだ」

「へぇ…」

本当に音楽すきなんだなぁ…。
でも私も先生は向いてると思う。こういう仕事。
私だって幼稚園、小学校、中学校、そして今高校生になっていろんな先生に会ってきたけど、火原先生に教えられるの楽しくて好きだもん。
その普通科の人のおかげだったりするのかな。先生が今こうして私の先生でいてくれるのって。

「先生先生、もしかして、その人先生の彼女?」

にやりと笑って聞く。先生の目がまんまるになって、表情が変わる。
慌てて否定するかな?照れて顔真っ赤にするかな?

「………うん。」

あ……れ……?

私が思っていたのとは全然違う表情を先生はした。
すごく幸せそうで、嬉しそうで、優しい微笑み。愛しい、とそう伝わってくる。まるで『愛の挨拶』を表情にしたような、そんな、かお。

「……………、」

なにか口にしようとしたけれど声にならなかった。
なんで、だろ。
息が詰まる。


「あ、ああっごめん」


カァっと先生が顔を赤く染める。
いま、そんな顔見てもからかえそうにない。

わかんないけど、なんでだろ。

「そう…だったんだ」

先生の笑った顔、好きなのに。
多分、クラスの他の誰も見たことないような顔私だけが見れたのに。
全然うれしくない。



むしろ…いや…だ。


まさか、
いやだなんて。

先生が笑うのがいやだなんて。

先生が嬉しそうなのが辛いだなんて。

…彼女がいたのが嫌だったの?

私じゃない人を想って笑ったのが嫌だったの?

わかんない。

でも、いま、すごく喉が渇いた。
いつもみたいに普通に話せない。

ねぇ、わたし、もしかして
わたし、せんせいがすきだったの?

あたりまえ、すきだったよ

ちがう、そういうんじゃない

Like のすき



Love のすき

どっちだったの?

先生をだいすきだった気持ちってLikeだけじゃなくLoveのすきもあったんじゃないの?

だから今、こんなに辛いんじゃないの?


「せん…せい、」

「松井ちゃん。ごめん、なんかおれ、」

「…むかつく」

小声で、漏れた。



「え?」

「先生、もう会議行った方がいい時間じゃないですか?」

「会議?あ、まだちょっと時間あるかられんしゅ…」

「大丈夫です!!!…先生、いつも時間ギリギリに走っていくから最後の日くらい余裕もって行った方がいいよ」

「え、う、うん」

「じゃあね、せんせい」


顔もみないで、背中を押して屋上から追い出す。

「あっ明日、見に来るからね!!」


先生の声が耳に入っていながら、扉を勢い良く閉める。
大きな音がした。
すごく汚い音のような気がした。


分かってる、私、最低だ。



















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