(途中ちょっと悲しいおはなしです。)









「えっと…、みんな、こんにちは!あ、じゃなかった。おはよう!
今日からしばらくお世話になります。教育実習生の火原和樹です!
いまは附属の大学に通ってますが、少し前まで僕もここの生徒でした!オケ部の子は知ってる子もいると思います!
みんなといろいろな話ができたら嬉しいです!よろしくおねがいします!」


ぱちぱちと私は周りに合わせて適当に拍手をした。
うちのクラスに教育実習の先生がやってきたらしい。

「火原は前回の学内コンクール参加者でもある!せっかくの機会だ、話聞かせてもらえよー」

担任の言葉にクラスメイトたちはざわめき合う。

「すげー」
「かっこいい!」
「先生って何の楽器やっているんですかー?」



ふーん。


それが一番の私の感想であった。
特になんとも思わない。話しかける用もないし、話を聞きたいとも思わない。
むしろ、聞きたくない、というのが本音だった。


「ああ!火原和樹なのだ!懐かしいのだー!」


耳元で聞こえたものもきっと幻聴だ。

全てに関して知らん振りして、私は机に伏せた。寝よう。1限ってなんだったっけ、音楽史?これはもう寝るしかない。

「どうしたのだ松井明希?体調が悪いのか?」

知らない見えない聞こえない。
妖精なんて、いるはずがない。












パアアア…


パアアア…


放課後、屋上に私はいた。
私の他には誰もいないこの空間。空に開いていて、風が気持ちいい。

トランペットの音が教室で吹くより綺麗に聞こえる。
でもきっと、それはただ気持ちの問題だ。場所が変わっただけで音がよくなるはずがない。


パァ…


ほら、全然下手くそ。
高音の伸びが悪すぎる。初心者かっての。
こんな下手なトランペット奏者をコンクールに参加させるなんて絶対おかしい。
だって、星奏の学内コンクールって毎年あるわけじゃないみたいだし、前回の優勝者はあの月森蓮らしいじゃないか。
月森蓮って言ったら今や世界に名を馳せるヴァイオリン奏者。
そんなすごい人と私が同じコンクールに立てるわけがない。
私以上に上手い人なんてこの学院には山ほどいる。
本当に、なんで私なんだ…。

ベンチに腰掛け、空を見上げる。

この空いっぱいに広がるような音が出せたらいいのに。
澄み切って、心地よい、美しい音を。

「あれ?練習しないの?」


突然知らない声がした。
私は驚き、声の主を探す。


「えっと、松井…明希ちゃん、で合ってるよね?」


屋上の入り口付近からこちらを見ていたのは、たしか、今日の朝自己紹介をしていた教育実習生。
疑うように私が見ると、その人は慌てた様子でこちらに近寄ってきた。

「あ、ああ、!名前は担任の先生から聞いてて、廊下を歩いていたら君のトランペットの音が聞こえたからつい見に来ちゃっただけなんだ。邪魔、だったかな?」

「…別にいいですよ」

邪魔も何もどうせもう吹く気ないし。

私はベンチから立つこともせずに足元に視線を移す。
態度わるーって思われたかな。別にいいんだけど。

「君、次のコンクールの参加者なんだってね」

クラスの子が教えてくれたよ、と先生は私のとなりに腰掛けた。

「がんばってね!」

清々しいほどの笑顔。

「はい、ありがとうございます」

けれど私は機械的に返事を返す。
コンクールの参加が決まってから色んな人に言われた言葉だ。

「懐かしいなあコンクール!おれも参加者だったんだ!松井ちゃんと同じペットでさ!!」

先生は楽しそうに話し始めた。
松井ちゃんってなんだよ…。


「おもしろかったなー!またおれもみんなとコンクールに出たいなー!」


じゃあ私の代わりに先生が出てくださいよ。

心の中でそう呟く。


「本番は緊張したけど、やっぱ楽しくてさあ!あの空気おれ大好き!」


きっとこういう人が参加者に選ばれるべきなんだ。私はあの独特の空気がだいっきらいだし、コンクールを楽しめるなんてこれっぽっちも思っていない。
辞めたい。
辞退したい。


「…松井ちゃん?」
「先生」

「なに?」

「コンクールを辞退した人っていましたか?」

私が尋ねると先生の顔から笑顔が消えた。

「どうして?もしかして、松井ちゃん参加したくないの…?」

「……………」

こんなこと言ってはいけないこと分かってる。
音楽科の生徒はみんなこのコンクールに参加できることは光栄なことだと思っているし、自分たちが在籍している間にコンクールが開催されるとは限らないのだから。


「そっか…」


無言から感じとり残念そうな表情を見せる先生に少し胸が痛む。
しかし、私は何も言えない。
やっぱり私が参加者になるなんておかしいから。


「あのさ、松井ちゃんは今何か楽しいことがある?」

「え?」

「なんでもいいんだ。趣味とか、場所とか」


一応考えてみるが、すぐには思いつかない。

「あるならいいんだ。楽しいことがあるなら、精一杯それを楽しめばいい。でも、もしないなら…」

先生の顔を見る。


「コンクールの参加、してみない?」


とても優しく微笑まれた。
ついつられて頷きかけるが、すぐに我に返って横に首を振った。


「無理ですよ…」

「どうして?」

「私が下手くそだからです」

とてもシンプル。
中学から始めたくせに全然上達してなくて、そんなの自分が1番よく分かってるのにわざわざステージに上って恥をかきたくない。
ただでさえクラス内で私の実力は下の方なのに如実にそれが分かってしまうコンクールだなんて…。

「そんなの、おれだって下手くそだよ」

「そんなはずないです」

先生の演奏聞いたことないけど絶対上手いに決まってる。
今年の私の他の参加者なんて卒業後の将来が期待されている人達ばっかりだ。前回のコンクールはすごくレベルが高かったって聞くし、先生が上手くないはずがない。


「うーん…。松井ちゃんはトランペットが嫌い?」

「…好きでも嫌いでもない」

手に握った楽器を見つめる。

「じゃあ、1番初めにトランペットを吹いた時はどうだった?」

「どうって?」

「すっごく間抜けな音にならなかった?」


先生の問いに私は過去を思い出す。
中学時代、吹奏楽部で初めてトランペットに触れたあの時……。

「はい…酷かったです」

「でもなんだかわくわくしなかった?音がでたーって!!」

音が……?
まぶたを閉じて振り返った。

「…しま…した」

濁った汚い音。
それなのに何故だかとてもどきどきして。

「でしょ!あの気持ちさえあれば大丈夫なんだよ!自分の思う音が出ないって言うならおれも出来る限り手伝うし、相談にも乗るよ。でも、気持ちだけは松井ちゃん次第だから…。
あのわくわくした気持ちを忘れてないなら参加してみようよ。
コンクールって音楽科だけじゃなく普通科の子も聞きに来てくれるでしょ?楽しい気持ちをみんなに伝えようよ。トランペットって、音楽ってこんなにおもしろいんだよって!!松井ちゃん自身も絶対何かを見つけられるから!」


「わたし………」

そんな大層なことできるのかな。


「松井ちゃんならできるよ」

口にしていないのに答えられた。

「…なんでそんなこと言えるの?」

「感。おれ、楽しいこと見つけるの得意だから」


先生は自信ありげに笑う。
その笑顔を見ていたら、少し楽しい気持ちになって、私の頬も自然と緩んだ。

変な先生だ。
でも、先生がそこまで言うなら私だって知りたい。面倒で辛くて大変なコンクールをすることで一体何が得られるのか。





「先生…私…やってみようかな」



先生はとても嬉しそうに微笑んだ。私がコンクール参加するってだけのことがそんなにうれしいのかなってくらいに。







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