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||| ノスタルジア2

「黒猫だからクロ?あんたが名前付けたの?」
「教室に猫なんて居るわけないでしょ」
……黒猫を知らないか、クロという名前だ、と言っただけでこれだ。

あの猫と出会い、楽譜を押し付けられ、そこに描かれていた絵に記載されていた彼の名前を知ったある日。私は本格的に彼の謎を解明しようと動き出した。
教室を飛び出して、校内の様々な場所で先ほどの言葉を繰り返したのだ。
その結果がこれ。気付けば何故か、私は教室に猫を持ち込む変人扱い。
事実私以外の誰も見ていない猫なのだ、毎日同じことを繰り返し、居るんだと言えば笑われる。存在を疑われても仕方がないのだろうか?

「……お前は一体何なんだ…」
はあ、とため息をついて目の前の猫を見つめる。今日も今日とて彼は私の前に訪れて、新しい楽譜を押し付けた。
今日のタイトルは"Enigmatic Synchronization"、これまた恐ろしく音の数が多い曲だ。
けれど珍しく、全体を見ると所々歯抜けがある。……まるでもう一つ音が、そう、他の楽器や演奏者が初めから求められているような、そんな。
「……クロ、これアンサンブル曲なんじゃ」
「ニャア」
遮るように声を出す彼はいつもと同じようにただ私を見つめている。いや、私を見ているのではなく、鍵盤を見ているだけなのだろうか?
彼にとって、ピアノはそんなに大切なのか。
…いや、大切に決まってる。楽譜を持ってくる猫だ、仮にこれが意味のない行動だとしてもこんなに続くわけがない。

「……何なんだよ、お前は……」
二度目の疑問をぶつけるけれど、彼は依然として楽譜を見つめたままだ。
きっと私自身に興味はなく、ピアノの音が貰えればそれでいいのだろう。普通の猫が食事を求めるのと同じように、ピアノの音を求める。多分、彼はそういう猫。
私だって未知の楽譜を弾くことで技術は上達し、最近は先生に褒められたりもした。この関係は、互いにとって悪いものじゃない。
だったら、彼のレッスンを受けると思って黙って弾くのが賢明だ。一人で奏でるアンサンブルほど寂しいものもないが、練習はいつだって一人なのだから問題ない。

今日もまた指先を動かす。
音を大きく、存在を主張するように鍵盤を叩いて。複雑な動きをする指をどうにかしてコントロールし、未知の音を切り裂くように奏でていく。
突き進んで行く。早く、強く、もっと強く、もっともっと、自分はここに居るんだって主張するようなそんな音を──。

「──ニャア」

その一言で、ぴたりと指が止まる。
フォルティッシモなんてどこにも書いていないのに、強く強く叩いていた指はひりひりとして少し痛んだ。
まるで窘められたような錯覚を感じて、目を丸くして彼へと視線を移す。
……けれど、気付けば彼は楽譜と共に姿を消して。


結局その日は、教室内の何処を探しても彼に出会うことは出来ず、あの曲を完走することも出来ず、何もかもが中途半端なまま。
私に唯一出来たのは、自宅へ帰り彼の残した過去の楽譜を眺めることだけだった。

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