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||| ノスタルジア

ある日、楽譜をくわえた猫に出会った。黒くおとなしいその猫は、教室の真っ白いピアノの上に陣取ると、弾けと言わんばかりに私を見つめただ一言にゃあと鳴いた。
I──プリモと題された手書きの楽譜は、猫が持っていたにしては随分と綺麗で。私は先ず、そこに驚いたのを覚えている。
白い鍵盤に指を置き、音を鳴らす。テヌート、グリッサンド、静かな始まりから静かな終わりへ。一つ一つの音を丁寧に鳴らし、猫が歩くようなリズムを保って。
そうして奏でられた一曲は、始まりという名にも納得するとても穏やかな曲だった。

変わったのはそれからだ。
教室で練習をするたびあの猫は訪れ、私に楽譜を押し付け、気付いたら居なくなっている。
ミルクの一つくらい、と思ってピアノの近くに皿を置いたりもしてみたが、あの猫が口をつけた事は一度もなく。謎だらけのあの猫に関して分かることは、彼が誰かの飼い猫であるという事と、Croit──クロという名前だけの日々が続いていた。


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