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||| ルシフェル

少しだけ期待していた。自分自身が消えちゃうことを。
ナマエの見えている全ては神様が作った世界、神様が居なくなったらナマエの世界は壊れてしまう。だから期待したんです。ルシファーさまが死んだ時、ナマエも消えてなくなることを。
でも現実は全く別。その昔の創世神話と同じように、神様がその身を割いても世界は壊れない。そもそも、ルシファーさまは神様なんかじゃなかったんです。だってナマエが勝手に呼んでただけだから。
かみさま、かみさま。つい数日前まで口にしていた言葉。今はもう口にすることはありません。死んでしまった人は同じ形では蘇らないのです。
ナマエが知ってるルシファーさまの体温は、初めてこの身体を組み替えられた時に触れた一度だけ。それは生温いヒトの温度でした。



「寂しくはないだろうか」
「なにがですか?」

首から上をよく知ったひとはそう問いました。
天司長ルシフェル、ルシファーさまが作った最高傑作にして空の世界を管理する機構。天司の頂点に立つ星晶獣。
ルシファーさまの残した書庫で、古い資料を取りに来たという彼に出会い。目的の資料を見つけた彼が、帰り際に掛けた言葉。
音は無く、古い紙の匂いがする室内。常人なら呼吸音すら煩く感じるであろう空間で、公平無私な天司長さまはゆっくりと言葉を選んでいる様子。それがどこか珍しくて、つい本探しの手は止まってしまいました。

「君は友──ルシファー直属の星晶獣だったと記憶している。だが天司の名は与えられていない、今は誰の管理下にも居ない存在だ。不便な事は多いだろう」
「そうですね、ついこのあいだ廃棄という言葉を聞いたばっかりです」
「……それは誰から?」
「ルシファーさまのことが大嫌いな研究者さん」

でもあの人はいつも口だけで何もしなかったなあ、なんてからかうような口調で続ければ彼はほんの少し眉を寄せました。そんな顔もするんですね、なんて、言えるほど度胸があればよかったのに。

「何か困ったことはないだろうか」
「聞いてどうするの?」
「君の抱える問題を取り除くのは必要な事だと判断した」
「助けてくれるんですね」
「君が望むならば」
「まるで罪滅ぼしみたい。へんなの」

本を探す手を再び動かしながら呟く。優しい天司長さん、もうなんの役にも立たない同族にさえそうやって手を差し伸べる。でもそれは、ひいては自分の役割に繋がるとよく知っているから。
全てが空の世界を守るために存在してるひと、それ以外は何もないひと。命じられた事しか出来ない貴方は、これから1000年2000年と同じ事を続けるの?
──これが獣の獣たる所以か。ルシファーさまならきっと一言一句同じことを言う。
ルシファーさまの隣にいたあの頃は、あんなに怖そうなひとに見えたのに。今じゃ、自我はあっても役割に上書きされる立派な獣だ。
ふふ、と笑って本棚へと手を伸ばす。ようやく目的の本を見つけたが……取れない。

「……困ったこと、出来ました」
「出来た、とは?」
「あの本が取れないの」
「なるほど。これだろうか」

長い手足を伸ばし、いとも容易く一冊の本を手元へ寄せる。ああ、身長があるって羨ましい。ナマエも、もうすこし大きくなってからルシファーさまに会いたかった。そうすればきっと、おっきな身体に星晶を埋め込まれたに違いない。

「どうぞ」
「ありがとう」

差し出された本の表紙には、何の表記もない。茶色の分厚い紙が中を隠す、中を開かなければ分からないようなものだ。
ぱらぱらとページを開き中を確認する。見覚えのある文字と、内容。ああ、ようやく目当てのものを見つけた。
あとは研究室へと帰るだけ。帰って、ルシファーさまの居ない研究室で、一人で、本を読んで、また資料を探して、また、また、また──。

「ナマエ?」

──指先が、頬に触れる。
温度のないそれが、触れられたのだと分かった瞬間。触れられた箇所から熱が引いていくような、そんな錯覚を感じて。
息が止まった。元より星晶獣は呼吸なんて必要としないけど、それでも、星の民として存在した頃の脳が。一瞬、ぴたりと息を止める。
聴き馴染んだ声、同じ声、でも違う音。
……自分の顔から、表情が消えていくのが分かった。

「……帰る」
「……ああ、分かった」

感情の乗らない声で呟き、書庫を後にする。鍵を閉めていないだとか、天司長さんの探していた資料が何だったのかだとか。そんな事を全部忘れて、今はとにかく、あの場から立ち去りたかった。
だって、怖かったんだ。一瞬、目の前にいる人が分からなくなった事が。かみさまと間違えかけた事が。自分のやっている事が、何なのか不安になった事が。
一瞬にして膨らんだそれら一つ一つが、ナマエの首を絞めていけない事を吐き出させてしまうような。そんな気さえして、あの音のない世界に居られなくなった。

かみさまが居なくなった世界を、受け入れたつもりだった。上手に生きていると思っていた。
でもそれは思い込みで、ナマエも結局、かみさまが居ないと何もできない獣で。
天司長さんの事を笑えもしない。ルシファーさまに与えられた言葉を守るだけの、同族。1000年2000年と、これから先ずっとルシファーさまの記録を守り続けるだけの存在。

どこにも属さない。誰にも管理されない。完全な星晶獣でもない、星の民でもない。時間が経てばいつか忘れられてしまうような存在。それが今の自分。
ナマエは、ルシファーさまの残した遺産を守るという大切な役割を守っている。でもそれはあまりにも気の遠くなる命令。一人で生きることを定められた言葉。

「……ナマエ、上手に生きられない」

誰も居ない世界に、怯えきった声が響いた。




/糸子さんには「少しだけ期待していた」で始まり、「もう上手に生きられます」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以上でお願いします。
#書き出しと終わり


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