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||| ルシファーと星の子と知識

ぱたん、と音を立てて分厚い本が閉じられた。
呼吸音すら本に吸われる静かな室内。そこで、閉じかけていた瞳を開いた少女ナマエはゆっくりと時間をかけて顔を上げる。
仄暗い空の色をした瞳をツンと釣り上げ、眉を顰めた男──ルシファーは、ただ何も言わず顔を上げるナマエを観察し続けていた。
ナマエの丸い瞳がぱちりと開かれ、一度まばたきをすると同時にその顔は完全にルシファーへと向けられる。互いの視線が交差した瞬間、ナマエが喜びに顔を綻ばせる間も無くルシファーはただ静かに声を発した。
「報告を」
「ここの本は全て読み終わりました!」
「そうか。奥の鍵を渡す、そちらも記憶しておけ」
黒いグローブに包まれた手から、小さな音を立てて金色の鍵が落とされる。死人のような白い手がそれを受け取ると、用はないと言わんばかりに黒の手は引かれた。

奥に広がる本棚と、その中に敷き詰められた本の山。視界の端で舞い上がる埃が粒子のようにきらめき、窓から差し込む白い光が眼前に立つその人物をより一層美しく輝かせている。
ここは図書室。生き物の記憶、生の残骸が集められた部屋だ。ナマエはただ一人、主人ルシファーの命令によりここで記録を集めている。正確に言えば、記録を記録し続けていた。
記録を一つの場所へ集め直す、ルシファー曰く保存領域の複製。
──きっとルシファーさまは全部の本を覚えている、なのにナマエが覚え直す必要ってあるのかな。
息を吐き、息を吸い。ページを捲り、一字一句余すことないよう全てのページを記憶する。指示を受けて数日間、疑問とわずかな不満を抱き続けながらもナマエは淡々と本を読み続けていた。
そうして全ての本を読み終えた頃、漸くルシファーの顔を見られたと思えば追加注文だ。
「……その顔はなんだ」
多少不満も感じる。
「なんでもありません」
むっと頬を膨らませ顔を下げる。空の民の子供のように目線をそらし唇を尖らせて拗ねるという動作をしてみた。愛嬌のある仕草とはこういうものをいうらしい。だがルシファーの視線からは依然熱を感じない、分かってはいたが効果はない。
「お前の容量ならばこの部屋と同程度の時間で終わる、作業が完了し次第所長室まで報告に来い。当然のことだが鍵は紛失するな、お前以外の立ち入りは許可していない」
頭上から降り注ぐ声は淡々としている。空の民を真似て愛されようと願っても、所詮は空と星だ。影響など無い。
視線の先、足元で輝く磨かれた床が眩しくてナマエはゆっくりと目を伏せる。光に満ちて真っ白だった世界が黒く塗りつぶされた。こうして目を閉じると、様々なことが頭の中を埋め尽くす。たとえば、一人は嫌だとか。そういうくだらない感情の嵐が。
「……ナマエ、一人で本を読むのきらい。全部ルシファーさまから教わりたい」
「俺の時間を喰いたいと。随分な贅沢だな」
「一人だと学習意欲がなくなります」
「なるほど、悪くない措辞だ。得た知識を充分に活用できているようで何より」
意欲が欠けたと宣伝し、他者に穴を埋めさせる──どこぞの狡知が得意そうな話術。当然のことながら話に乗ってはもらえないらしい。

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