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||| ルシファーと星の子と新しい個体

生白い指先が固まり始めた外皮を突き破り、胎動する柔らかい身体をゆっくりとかき混ぜる。外気と冷たい手によって凍てるように形を成していく新たないのちは、命とは呼べないほどいびつで醜い形へと成形されていた。
「調整ミスを確認した、これは作り直しだ」
その指先の通り冷たい声で喋る人は、地に落ち崩れた獣の身体を静かにみつめていた。
平時はグローブに包まれた手先を惜しげもなく晒し、わずかに付着した凝固しきらない命だったものを振り払って息を吐く。乾燥すれば無くなるそれは、床に付着しじわりと染みを作った。

星の民の研究所、その最奥。命が生まれる場所。創造主ルシファーと星晶獣ナマエはそこでいのちの誕生を待っていた。
だがその結果、形となって現れたいのちへとルシファーが与えたのはあまりに酷な終わりだった。まだ始まりを見てすらいないいのちが声もなく喘ぎ、なかったことにされる様は見ていてあまり快いものではない。
天司とは、ルシファーの創造する星晶獣の総称だ。空と星の狭間のもの。正しく生まれたものは等しくその背に美しい翼を持ち、みな与えられた役割のため命を尽くす。
だがこれには、翼も役割も与えられなかった。天司でも命でもない液体の塊だ。
「問題の箇所は?」
「神経回路、痛覚が機能していない」
「痛みを感じないのは利点じゃないんですか?」
「痛みとは抑制装置だ。必要なのは苦痛ではなく、それによって生じる回避しようとする意志にある」
じわりと広がる液体を無視し、ルシファーはいのちの残骸の処理を始める。白衣が汚れるのも気にすることなく、崩れ落ちた肉の塊を持ち上げた。
なんだか、随分と小さな身体だ。ナマエは手に持つ紙挟みに問題点と修正案を書き込みながら頭の片隅でそんなことを考える。
人の形を成していれば、ナマエと同程度の大きさだっただろうか。背中から繭のように外皮が裂けている。手足以外の形を残していないが、その体積と成分量を見れば多少なりとも想像はできた。
子供の形をとった天司といえば、ナマエの脳には先日設計された赤子の下位天司エグリゴリが浮かぶ。思えば尖兵として消耗することを前提とされた獣にも感覚器官は備えられていた。当然のことだと認識していたが、効率だけ考えれば痛みや恐怖心を剥ぎ取り突撃させたほうが製作コストは抑えられるだろう。
だが、ルシファーはそれをしない。突撃の短所は素材を失うという一点のみではない、他の天司への影響があまりに大きいからだ。
感情を持つ天司が、なんの躊躇いもなく指示を受け命を散らしていく尖兵を見ればどう思うか?そこに発生するのは恐怖だ。己もああなるのだろうか、そんな被害妄想にも似たものを抱くのは想像に難くない。これが倫理の問題。

「──手が止まっている」
は、と紙挟みから顔を上げる。ルシファーの瞳がまっすぐこちらを捉えていた。
「あ……ご、ごめんなさい。量産目的の下位天司というわけでもないのに、なんだか小さい獣なんだなと思ったんです」
無意識に止まっていた手を動かしながら、頭に浮かぶ言葉をそのまま呟いた。指示の通り作業を再開したはずなのに、ルシファーからの視線は突き刺さったままだ。何か間違えたことを言ってしまったのだろうか?わずかな不安がナマエを蝕む。
「えっと……問題がありましたか?」
「いや、問題はない」
疑問に答えてやる、お前も採録を終わらせろ。ルシファーはそう続け、処理を再開する。視線が外れ不安がゆっくりと溶け出した。
疑問、小さな天司を作ろうとした理由。
ルシファーは必要ならば疑問に答える人物だ。逆に言えば必要でなければ自発的な発言も詳細を語ることはなく、実に合理的な会話をする。
つまり、この疑問は無駄じゃない。




もう続きが出ない

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