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||| ルシファーと星の子の別れ

「お前の体は既存のテーブルとは別の場所に作られている」
「うん?」
「所内の星晶獣においても特別という点ではルシフェルやベリアルと相違ない」
「はい」
「故に、お前に託すものがある」

麗らかな午後の陽気に包まれた日、一枚の紙を手に目の前の人はそう言った。
机の上に乗せられた、片付ける気すらないのであろう資料の山。床に散乱した書類、中身のなくなったインク瓶。食事を摂ったと思われる形跡はなく、またひどく不健康な生活をおくっていたのだろう。
指示を受け、数日研究所を空けた結果がこれだ。恐らくはベリアルやルシフェルも同様に留守になるような指示を受けたのだろう、もし彼らが居たのならこの部屋にここまで物は散乱しなかったはずだ。

ナマエに与えられた役割は──なんなのだろう。一度も聞いたことがない。ただルシファーさまの側にいてその研究と技術を見続け、時折指示を受けて見たことをそのまま繰り返す日々を続けていた。
星晶獣として命を与えられ、随分と長い時間が経ったと思う。研究所にいる生き物の数は随分と増え、その役割も組織も細分化された。
それでも、一度も聞いたことがなかったのだ。己の役割がなんなのか、何のためにあなたのそばにいるのか。生まれついてから獣に存在する、必要な問いを。

「ナマエの役割のお話ですか?」
「そんなものは必要ない。お前に与えるのは技術だ」

手に持った紙をこちらへ差し出す。薄い文字列のシンプルな資料だ、一目みても詳細な技術の記されたものとは到底思えない。
錬金術における人体錬成。生物を構成する必要素材、自然界に存在する肉体の保存。箇条書きのように並べられた文章の数々はどれも理解できるが、これらには全て続く内容が綴られていない。
目を通してもこの紙が技術の全てを記したものとは到底思えない、むしろこれらは今まで彼の側に立ち見てきた既知のものだ。

「ルシファーさま、これ全部見たことも実行したこともあります」
「そうだ、覚えているのならそれでいい」
「ルシファーさまから教わったものです、忘れるはずありません!」
「従順で何より。本題はここからだ」

そう告げた次の瞬間、手元の紙に火がともる。揺らめく赤に焼けるような熱は感じないが、火はみるみるうちに資料を黒く染めその存在を亡き者へと変えてしまった。
残りカスはナマエの手からこぼれ落ち、床へと無残に散らばる。まるで初めから何もなかったかのようだ。
太陽の温もりを凍らせるような目がナマエを睨む。

「お前にはこれより眠ってもらう」
「へ……?」
「これから行われる大規模な研究の凍結に対し、予めお前を保存する」
「な、なんの話を……」
「俺の死後研究記録が抹消されるのは予測済みだ、だがアレに必要数以上の生命の処刑は行えん。お前は今後ルシフェルの監視下で眠り続けるだろう」
「死後って、なんの話をしてるんですか」
「予測もできないほどお前の脳神経をかき混ぜた覚えはない」

震える声に対し、帰ってくるのは淡々とした言葉のみだ。
少しづつ頭から血の気が引いていく、恐怖に手足の感覚がなくなっていく。
この人は何を予測しているのだろう?何故、死とは無縁の星の民が死後の話をする。言っている言葉の半分も理解できない、そもそも理解する気すらないのかもしれない。
けれど、確実に理解できる事は少なくない。
そのうちの一つは、ナマエの知らない場所でこれから何かが起きるという事だ。
恐怖が泡立ち濁流となる。先ほどまであった生温い幸福が雨に打たれ、一切の熱を奪われたように。

「わ……わかりません。なにが起きるんですか?それって、先日外で起きた一件と関係が?」
「お前の理解力のなさにはほとほと呆れる」
「突然こんなことを言われて、理解も納得もできるはずがない!」
「いや?お前にはヒントを与え続けていた。それから目を逸らしたのはお前自身の選択だ」

グローブに包まれた指先が、撫でるような力でナマエの胸を押す。いつもならこの程度で倒れることはない、星晶獣の身体は強靭でとても便利なものだから。
でも今は違う。恐怖と絶望、そして理解出来ない現実によって身体に力を入れることもできない。
膝を折り、床に両手をついた。肺が冷たい空気を取り込む。頬に滲む汗が嫌な感覚を助長する。
下から見上げる彼の表情はいつもと変わらない。ルシファーさまはいつも……こんな顔をしていた?

「お前に与えた研究テーマを言ってみろ」
「に、肉体の再生成と復元、および、天司の創造……」
「所内に同様のテーマを扱うものは」
「前者は誰もいない、後者はルシファーさまとルシフェル……」
「お前の所属」
「……天司でも堕天司でもない、ルシファーさまの……」
「お前はそもそも何から生まれた?」
「……ほしの、たみ……」
彼の口元が歪む。
「実に不可解だが、星の民の技術を獣が再現しようとして成功した事例は一度もない。0から開始し限りなく結果を近付けることは出来るが、既存の点から開始させると必ずそこにはエラーが発生する。これが小さな計画ならば代替で問題はない。しかし大規模な、進行中の計画においてはこのエラーが致命的だった」
彼の黒い手が伸びる。
「だが──都合の良いことに、俺の手元には自ら獣に成り下がりたいと願う者が存在した。それは与えられた物を雛鳥のように疑うことなく鵜呑みにし、実に素直な成長を遂げた」

なれば、それを利用しない方がおかしな話だと思わないか。
その言葉とともに、ルシファーさまの手が腹に伸びる。目的地は背中、コアの埋まった最も大切な部分。
視界は白く、もはや陰影の判別すら出来ない。ルシファーさまの手が身体に触れることで、ようやく自分の身体がまだ残っているのだと認識できる程度には。
目元が熱い、これは涙だろうか。恐怖が氾濫して広がったのだろう、身体の中の空洞から音が漏れる。きっとこれは泣き声だ。

「成長したという発言は訂正する。お前は子供だ、永遠にな」
「っあ、ぅ……ううう、うう……」
「手間になるな、目覚める頃には泣き止んでいる事を期待する──」



「どうした、改まって」
「……友よ、話がある」

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