小説q | ナノ


||| サリエルと初対面

居住区画の公園へ、定期的に不気味な者が立ち寄るという話を聞いたのは先日のことだった。
大人しいが背が高い為不気味に感じるというのが一番。隅に居座り休憩に目障りだというのがその次。
研究所にも随分人が増えた。人口の増加は意思の拡大と同義だ。獣だろうと人だろうと、他者と繋がることにより意思は膨らみ、ぶつかり合い、場合によってはそれが不満を生む。ひとつひとつは小さかろうと、不満とは常に積み重ねで大きくなるものだ。故に僅かな目でも摘まねばならない。
たとえ適当に愚痴を言われただけ、という状況だろうとそれは変わらない。これが重大な問題ならば改めて姿勢を正して向直ればいい、今優先されるべきは早急な問題の解明だった。
筈だが──。

「……ええと、何をしているんですか?」
「蟻を見ている」
「なぜ?」
「わからない」

思ったのと違う。最初に抱いたのはそれだった。
蟻の巣を見つめるだけ、やることといえば時折パンを千切っては彼らに与えるのみ。
先の証言通り、背の高く大人しい天司が公園にいるというのは事実だった。視界に入れば目障りに思うのも、頷けないこともない。
だがこんな事に目くじらを立ててわざわざ他者に不満を言う馬鹿がいていいのだろうか。今回対処すべきはそちら側ではないか?
思わず大きなため息が出る。なんてくだらないのだろう、これなら他を優先すればよかったと思わざるを得ない。
行列を成して一直線に餌と巣を行き来する蟻たちに思わず目線がいく。もはやそれすら恨めしい。
男の隣へしゃがみ込み、二人揃って蟻の巣を眺める。こんな状況は誰が見たって不気味というだろう。

「無駄なことをしている……」
「これは無駄なのか」
「ナマエは無駄に思いました。蟻が巣と餌を行き来するのは当たり前です、生きるための生存本能です。そこに悦楽は見出しようがない」
「生存本能……」
「貴方はこれを見るのが楽しいんですか?」

彼の大きな手がパンを摘んだ。焼かれて随分時間が経ったのか、パサパサになったパンは屑れながら一部をもがれる。そうして巣から少し遠い場所へ落とされたパンは一匹の勇敢な蟻に発見され、その他大勢の蟻は彼の軌轍をそっくり同じように歩いて巣へと餌を持ち帰る。それを何度も、何時間も繰り返し続けていた。

「楽しいかどうかはわからない」
「楽しくないのに観察を続けているんですか?」
「わからない」
「じゃあ研究目的?」
「わからない」
「どうして蟻を選んだの?」

淡々とパンを千切り、その度に同じ言葉を繰り返す。それでも、何故という言葉を聞くと彼は顔を上げた。
手を止め、青い空を見上げている。

「蟻が、動いていてくれれば良いと思った」
「ふむふむ」
「生きるために動いている、何も考えず餌があるから取りに行く。中にいる仲間が餌を求めるから取りに行く。それが続く」
「働き蟻の役割に従事していますね」
「そうだ。僕もそうなりたい。僕は……何も考えずにいたい」

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