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||| ハール

「ご機嫌いかがですか?いい加減牢獄の中も飽きたでしょう」
「……」
「本当に無口な方だ、壁と見つめ合うのがそんなにお好きとは思いませんでしたよ」

演技掛かったその声を聞くのは何度目だろうか。壁を見つめ眉を顰め、徹底的な無視を決め込む。
この男に返事をしてはいけない。それが、短い間で痛いほど理解したこの場所でのルールだった。

「牢の床は冷たいでしょう。そういえば昨日から食事を取っていないと見張り番から聞きましたが、まさか死ぬ気ではありませんよね?」
「……」
「貴方にそんな勇気が無いのはよく知っていますよ。大事な大事な殿下達がそれはそれは悲しむでしょうからね。絶食、舌を噛む、頭を壁に打ち付ける……今貴方に出来る選択肢はこの程度ですか。ああ、拷問による死という可能性もありますね?まあそんな失敗はさせませんが」

よくもまあ、一人でべらべらと。演劇でもしているつもりか、アルベリア歌劇団にでも所属していればこの世界はもう少し平和だったかもしれないのに。
……ああ、でも今はディアネル歌劇団になるのだろうか。

ここは元アルベリア王国、現ディアネル帝国。その王宮の地下牢だ。私は鎖に繋がれ、もう何日も捕らえられている。
大罪人──第七位王子、ユーディル殿下を庇った帝国の裏切り者として。

「全く……さっさと吐けばいいものを。貴方が口を割らないせいで、どれ程の人が困っているとお思いで?大罪人とその共犯者の居場所を言うだけ……ただそれだけで、どれほど楽になると思っているのです」

……そんな事をしたところで。痛みから解放されても、一生の罪悪感が付き纏うだけだろう。
唇を噛み締め冷静を保つ。言葉を返してはいけない、熱くなってはいけない。
殿下の足取りを教えれば、大人数の兵相手ではきっと瞬く間に囲まれてしまう。あんなに年若い少年が身に覚えのない罪を着せられる、そんな事が許されていいはずない!

「痛いのがお好きなんですか?血が出ていますよ」

唐突に伸ばされた手が、私の口元を拭う。彼の親指に付着した鮮血で私はようやく、この唇に血が滲んでいた事を自覚した。
ぽたり、と石の床に赤が落ちる。赤といえば、殿下は──無事、なのだろうか。

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