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DISAPPEAR







汗がしとしと体にまとわりついている。それを他人事の様に、ただそうなのだと思えば、不快だなどと感じたりはしない。瞼がとろん、と落ちる。暗闇がやってきて、そうして、気づけば、また明日が来る。

夜に眠らないと体が休まらないのを知っているのに、言うことをきかない私が散歩に行こうとベッドを出る。そうしたらまた彼と会った。大きくない小路の端でふらふらとしてお酒の臭いをさせていた。


「やあ電波女」
「…こんばんは、リンクさん」
「夜の散歩か?」
「はい。」
「こう暑いと眠れないよなぁ」

会釈をして去ろうとしたところ、意外に彼はさくさくと軽快な歩みで私の隣に並んだ。

「どうかしましたか?」
「…でも、どうして散歩してるんだ」
「さあ、解りません。」
「ははっ、解らないことあるんだ、きみも」

自棄に上機嫌だった。少し耳に痛いくらいの声量だった。だけど、それが何だというのだろう。

「夜って怖いよな」
「……怖い?」
「明日が来ないんじゃないかって、怖くなるっていうか、明日は俺のいない世界かもしれないって思ったら、もう眠れない。」
「怖いって、どんな感じですか。」
「んん?」
「どんな気持ちですか…」

胸がさわさわする。むずむずする。久しぶりの感触だ。知っている。まだ覚えている。


「解らないのか?」


リンクさんはきゅっと眉間を狭くした。夜の少しだけ冷たい空気が気まぐれに微風になって足元を通り過ぎた。もうあと数刻で終わる今日の私は、明日を恐いと、そう思って悪あがきに眠りを遠ざけている?私は恐いと感じている?それはどんな痛み、寒気、何色で、私を染めるものだっただろう。ああ解らない、解らない、感じられない、沸いてこない、誰か、わからない、探せない、わたしにはない、もう無いからだから誰か、誰か教えて!


「心が死んでるのよ!!」
「……心?」
「わわ私の、こ、こ心は、っも、無い、のに、にに、わたし、ワタ私、はいきて、生きてる、そ、それが解らない!」
「おっ、落ち着けよ!」
「またあすが来る、なな何も感動の、ナイ一日がくっ、繰り返すの、何故、何故何故何故何故!解らないの、もう解らない何故こうなったのかっ、……!!」


口を塞がれた。
流石に夜更けにこれは近所迷惑だからか。彼の大きく熱い手に口を塞がれた。意識が遠退く感覚が襲った。酸欠と、疲労と、眠気だろう。

「落ち着いた?」
「もごっ」
「ああ、悪い」
「…はい。落ち着きました。」
「心って、何だろうな。」
「心って、何でしょう。」
「きっときみの心は豊かで綺麗でストレートだったんだろうな。」
「どうしてですか。」
「だって、それが無いから今すごく辛いんだ」

辛い。辛いんだ。私は辛いんだ。彼の見当は間違っているかもしれない。私は辛くなんてないかもしれない。だけど何も感じていなかった私には素直にそれが沁みてくるように当てはまった。今の私は辛い。


「ベタだけど、心って頭とか胸とかにあると俺は思うけど」
「はい。」
「心は死んだりしないよ」
「…そうでしょうか。」
「ああ、だってきみを見てたら解る。」
「じゃあ私は、」
「お留守なんじゃないか?」


私の心は留守なんだ。またしても彼の言葉がすうっと入ってくる。長らく私を留守番にさせて、心は何処へ行ったのだろう。私は私の胸に手を置いた。何もいらえが無くて、何だか、泣きたいような気持ちになった。





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