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ABJECTION







「あのメンヘラ電波女…!」
「清々しいくらい酷い愚痴ね、リンク」

ダンッ、とグラスを叩きつけている俺に、酒屋のアリッサがコロコロと笑ってバターコーンを持って来てくれた。丸い皿の真ん中でコーンの群れがハート型になっている件に触れるのも、今日は面倒くさい。


「ここのバターコーンは美味しいんだ」
「なぁに?やっと私の魅力に気づいてくれた?」
「本当に女なら考えるけど」
「あん!いじわるぅ!」


木スプーンにたくさん盛ったコーンを頬張る。マイルドな味わいだが、何となく、今日はバターの油がきつい気がした。カクテルを良いだけ注いだ腹が、おいやめろ、と悪態付いているような気持ち悪さが少しあったが、それは明日まで無視できる。それくらい十分美味しい。美味しいが、やっぱり多分明日は胃もたれするんだろう。知っているのに、俺はどうしてバターコーンを食べている?


「アリス、きみはどうして酒屋をやってるんだ?」
「明日を怖がる子羊達に良い夢を見せるためよ」
「……うん。……うーん。」
「納得してくれないの?」
「ここで働くのが、生き甲斐なのか?」
「…」


アリッサは少し寂しそうに笑った。俺に背を向けて、カウンター奥の酒棚から瓶を取って、自分用にグラスに注いでいた。俺は何でこんな質問をしたのかと後悔した。軽口を聞かせた裏には軽々しく話したくない思いが隠れているのに。突っ込むなんて野暮ったい。全部あいつのせいだ。面倒くさいことを考えさせて。俺はグラスの残りのサワーを飲み干した。そうしたらアリッサがしんみり語りだしたから、ゲップのような声をだしてしまった。


「私ね、ちゃんと女になりたいのよ」
「え゙」
「その為のお金が必要なの、一生働いて足りるかどうかってくらいのお金」
「大変だなぁ…。ていうか、男が女になるなんて、叶うのか?」
「叶うわ!それがね、城下に、そんな魔法の薬を発明した人が居るの!」


子供のようにはしゃいで、目を輝かせて、アリッサは語る。そんな話初めて聴く。世の中も凄い時代になったなあ、と俺はしみじみして笑った。彼女はワインをグッと飲み干した。別にやましい意味はないけど、グラスに添えられた唇を見ていたら、薬屋のあの子がフラッシュバックした。何か飲んでいた。そんな時アリッサが突如カウンターに身を乗り出して熱い視線を送ってきたから焦った。

「リンク…」
「は、い?」
「もし私の夢が叶ったら、……貴方のお嫁さんにしてくれる?」
「!?」
「ねぇ」


しなやかな指が俺の手に絡んできた。いつも思うけど、なんでこんな手の綺麗な男が居るっていうんだ。


「あのさ、」
「言わないで」
「俺は――、え、うん?」
「生き甲斐なの、私の夢なの」
「…そ、……」
「嘘でもいいわ。拒絶だけはしないで」


火照った目で見詰めてくるのは酷い。涙ぐんでるからもっと。反則ってやつだ。でも久々、っていうか、うん久々だ。なんていうか、人と向き合って、歩み寄って、確かめ合っている。そんな温かい感じ。


「アリッサは俺に、自分のこと教えてくれたから、俺も本当のこと言うよ」
「…なあに?」
「俺は幽霊なんだ」


メキャッ

とクリティカルヒットしたアリッサのグーパン。どうしてこうなった、ていうか本当、何が起こった。


「もっとましな嘘つきなさいよ!!」


曲がった鼻を戻しながら俺は退散した。まだ外は真っ暗だった。今日はまだ終わらない。明日はまだ来ない。アリッサの店を追い出されて、明日を怖がるこの子羊はどうすればいいんだ、本当に。ふらふらと町を歩いていたら、あの薬屋の彼女に出会した。彼女は小さく会釈して直ぐに行ってしまったけど、何を思ったか、俺は呼び止めていた。





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