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小話はいかが?










つま弾く旋律をずっと聞いていたかった


短くも素敵なお話をいくつも紡ぎ出す彼の唇はいつも高襟の下、目元には金糸のような艶やかな前髪が流れていて顔がよく伺えない
以前一度その目を覗き込んだら、滑らかにそっぽを向かれたけれど、赤色だけは分かった
彼を表すなら一言、神秘、きっとこう

だから私も、目を閉じて、そっと空気を渡る音色と、心地良いアルトを、その神秘を感じるだけで良かった
とても心地よかった











ぷ ツン … ――




「あ…」



ある日、彼のハープの弦が一つ切れた

私はとても惜しいというような声を漏らしていたので、恥ずかしくなり、口を手で覆い、彼の赤い目から逃げて俯いた



「今日はここまでのようだ」

「あ…でもまだ途中だったんじゃ…?」

「呼吸が、変わってしまったからね」




彼の意味した、呼吸、とは何だろう
そう首を傾げていたら、シークが、空気を逃がすようにほんの微かに笑った気配がした

村の片隅の家の、腰を据えていた赤い屋根から立ち上がり、彼はハープをしまうと、空を見上げた
もうずっと、村の上は曇り続きだ


「もう行ってしまうの?」

「また来るよ」


その時はまた、素敵なお話を聞かせてくれるんでしょう?
訊けど、彼は縦にも横にも、首を振らない
シークは一つも私と約束をしてくれない














ぷ ツン … ――




「また…」

「ああ、切れてしまったね」


またある日、彼のハープの弦が一つ切れた
以前に切れたものよりも、長く低い音の弦の一つが、その役割より高い音で悲鳴を上げて終わってしまったのは、心地よくて、でも切ない

二つも弦の切れたハープで、しかしシークは、終局の奏でを最後に添えて、今回の戯曲を終幕にした
今日はお話が丁度終わる頃に弦が切れたからだ
おかげで続きが気になって眠れなくなる心配は無さそうだ



「素敵なお話ね…私、ハッピーエンドが好きだから、楽しかった」

「そう、…それは良かった」

「でも、弦が切れたせいか…切ない気分で……ううん、きっと…本当は切ないお話だったんじゃないかしら…ねぇ、シーク、そうでしょう?」

「それは君次第だよ、名前…君次第なんだ、君だけの世界だから」

「じゃあシークは?シークの思う世界を教えて?」


シークは折っていた膝を伸ばし、すっ、と立ち上がってしまった
また空を見上げている
隣で私も、一緒に見上げてみた
今までずっと村の皆の不安を煽ってきた火山からの黒煙が、丁度晴れていくような、そんな感じがした



「僕は、今日はもう十分に話してしまったよ」

「そんなことないわ、シーク、全然十分じゃないのよ」

「…また来るよ」


その時こそは、貴方の思いを聞かせてくれるんでしょう?
訊けど、彼は縦にも横にも、首を振らない
シークは自分のことを見せたがらない














ぷ ツン … ――

   プツン … ――




「え!二つ、今二つ、切れたの?」

「そのようだね」


またある日、彼のハープの弦が…二つ切れた

一曲終わり、もう一曲、と私がリクエストして、珍しくシークがそれを受けてくれた、そんな時だった
浮いた気分を沈められて、何だか悔しくて、疎らに弦の残る不恰好なハープを睨んでいた


「恐い顔だよ、名前」

「もう、…聴けなくなるの?シークの音」

「これくらいなら、まだ一曲弾けるさ」


そう言うシークは、安心させるように私に微笑んだ
ハープを持つ手と脇の間、縦に並ぶ線を撫でて、くすぐっていく指先
私はシークのその姿を、珍しく目を閉じずに眺めていた


 ―― ――


「あ」


一つ足りなかった音の代わりのように、私が声を上げてしまった
慣れた動きを見せていた彼の指先が、切れた弦の場所の、その空気を掻いてしまって、旋律が途切れたのだ

伏せていた瞼を、ゆっくりと持ち上げたシークと目が合う

何故だろう、凄く、悲しそうに瞳が揺れていたのは



「シーク?」

「終わりは、いつか訪れる」

「…うん」

「それは突然のことかもしれない」


確かに、今の調べは突然に終わってしまった
始終を見ていた私の胸は、もどかしさで少しだけ苦しい

シークは赤い屋根の上、立ち上がった
何年ぶりか、暗雲の消えたおかげで綺麗な星空だった

私も立ち上がり、背が低い私は少し屋根の傾斜を登り、シークと同じ高さでそれを見上げた



「また、来るよ」


私は屋根を登ったお陰で、彼の背中しか見ることができなかった

また来たときに、また弦が切れて、またいつか来たときに、また弦が切れて、旋律は、どんどん色を失っていくのだろうか
そうしたら、彼はもう此処に来ないのだろうか

その時こそが、終わりの訪れだと言うの?
訊けど、彼は縦にも横にも、首を振らないだろう、きっと
シークは私に答えを与えない

それは私の世界を冒さないためなのだろうか





そうだ、だったら今度は、私が何か彼に聴かせてあげよう
楽器など縁がないけれど、歌うくらいならできる

どんなお話を聴かせようか

彼のお陰で無限に広がった私の世界を、彼にこそ教えてあげたい

ああそれに、彼への想いなんかも潜ませてみようか

彼のように上手くはできないかもしれないけれど

彼の世界に届くように





















「素敵な歌、ですね」


「へ」



突然背後から、声を掛けられて
洗濯物を干していた手を止めて振り返った

とても上品な、綺麗な女性が、私に微笑んでいた
こんな小さな村には似つかわしくない、高貴な服を着込んでいて、貴族のご令嬢だろうか
金糸の長い髪が、少し埃臭い村の風になびくのを見て、一瞬胸が跳ねたのだけど、彼女の青い青い目を見て、筋違いな落胆をした


「続きを、お聴かせ願えますか」

「え?……あ」


何のことかと思ったがすぐに悟る
私の口ずさんだ歌が、聴かれていたのだ
恥ずかしくなり、手に持っていた、乾かす前のタオルケットを顔の前まで引き寄せて、無意味に隠れてみたりなどしたが、目の前の彼女をクスクスと笑わせるだけだった



「その、誰かにお聞かせできるような、歌じゃないんです」


「そうですか…?私には誰かへ宛てた歌声に聴こえました」


「……私…私の気持ちを、歌っただけの、…それだけの歌なんです、だから」



「だから、とても美しい響きに聴こえたのですね」





私は、顔を覗かせてみた
彼女は慈愛に満ちた眩しいほどの笑顔だった、それは間違いない、なのに
悲しげに揺れるあの瞳を思い出してしまった






「よろしければ私にも、貴女の世界を、教えてくださいませんか」









終わりの訪れは、本当に突然過ぎて私は気付きもしなかった
長くなってしまったこの物語に耳を傾けてくれる誰かはもう何処にもいないのだと思ったのに
行き場無く誰にも届かない想いだと思ったのに
誰も知り得ない私の世界だったのに

彼女に聴かれてやっと最後を結び終え完成したような気がするの








ねぇ、シーク






貴方もこんな気持ちだった?


















11.01.21.(四-小)


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