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失踪 or 疾走







消えた勇者を捜して国中を駆け回り、更に国外にまで飛び出してしまいそうになった女の元へ垂れ込みがあった
勇者は釣り堀に居るのだとか

まず自分が必死になって探し回った勇者が、暢気に釣りを楽しんでいたことにも、青筋が浮かぶほどだが
先程から見ていればトアルナマズしか釣り上げていないではないか、何が楽しいというのだ、釣りなんかやめてしまえ!!
そう頭をどついて、名前はさっさとこの男を連れて帰りたい気分であった
しかしそれが出来ないのは、彼女が王女ゼルダからの使者という立場であったからだ



「……以上のような被害が各地から報告されており、再びこのハイラル王国は何者かに支配されようとしている、王女はそうお考えでいらっしゃいます」

「へぇー」

「どうか今一度、勇者殿の御力を我等にお貸しください」

「勇者…」

「勇者殿の、御力を」

「勇者…勇者…」



はぁ、と気の抜けるような溜め息をする勇者の元に、引き寄せられてくるのはやはりトアルナマズ
一体何を、焦らしているつもりなのか、勇者と言う彼女の言葉に、彼は勇者と返す
随分とその肩書きが気に入っているのか、名前がそれを強調すれば、彼はおもむろに、振り返り、


トアルナマズを彼女に投げた





「ぬわぁぁぁ!な、なにをっ」



「勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者!!」


「な、なぁ!?」


「勇者って何だよ!!」


「はぁ!?」


更に投げられるナマズ、ナマズ、ナマズ、ナマズ
名前はヌメヌメの感触が狂い無く顔面に襲い来るのを避けきれずに、派手に地面に転がった




「俺の名前知ってるか?」

「は、い…リンク殿?」

「君は俺がどんな戦いをしていたか知ってるのか!?」

「は、え…それは」



知るわけがない、と声を大にしたかった
何故なら、臣下一同、異邦の民の奇妙な術中にはまり、魂だけの存在になっていたのだなどと、王女ゼルダから聞かされたのはその騒乱の終結後だったのだ
彼女ももちろん、勇者と異邦よりの侵略者との戦いでは茅の外状態
このリンクがハイラルを救った勇者だという話も、王女の言葉でなければ信じられないくらいだ



「誰も知らないんだ…だからもう忘れて欲しいんだ」

「忘れる、だと…?」

「だから俺は逃げ出したんだよ…」



人と関わることの楽しさも虚しさも、及ばないところに逃げたいのならば、彼はもっともっと遠くの険しい土地に逃げるべきだ
それを釣り堀に腰を据えたりなんかして、目立つ緑の服なんか纏ったりして


半端だ、何もかも半端な失踪
結果こうして見つかるくらいなら、最初からトアル村に留まっていくらでもトアルナマズを釣っていればいいのに
そうしたら名前の勇者探しの任務も早期に完遂していたところだ

名前は自身の首もとで力無くピチピチ跳ねるナマズを掴み(なかなか掴みづらかったが)、起き上がった





「誰もあんたに興味など無い!!!」



腕を振り上げ、勇者にされたように、トアルナマズを投げようとした名前だったが
一息置いて落ち着きを見せると、トアルナマズを釣り堀の水の中へリリースした

その緩急激しい名前の動きと、先程の名前の暴言に、リンクは口を開いたまま立ち尽くしていた
自身の立派な長耳を疑っていた




「他人に興味持つほど人々は暇じゃないのだ!!」


「!!?」



こんな情けない奴が勇者だなんて思わなかった
名前は跳ね回るトアルナマズも、バケツの中押し込められていたトアルナマズも、丁寧に池に戻していく、反して口調は釣り堀に鋭く響くものだった

この男に興味などないのは彼女の真意だ
勇者を城へ連れていかなければならない任務なのだが
こんな腑抜けた男ならば連れていくだけ無駄、これが彼女の判断だった

名前は勇者に向き合い、キリッ、と一礼すると、さっさとその場を後にするべく歩いていってしまう


「だが、あんたを待ってる者達は赤の他人ではないのだろう?」


その友を、守りたいと思うのならば、するべきことは、こんなところで釣りをすることではないはず

そんな捨て台詞を残されては、衝動が彼を走らせる
川辺の方への扉を開く名前に追いついたリンクは、泳いで定まらない目で、まとまらない言葉を吐き出す



「俺、でも!なんつーか、イリアとか、怒ってるんじゃないかって、今更、帰っていっても、俺、…俺」

「だぁぁぁっ!あんたの事情なんか知らん!!興味がない!来るなら黙って走れ!!」

「え!?待って、俺まだ行くとは」


名前は頭をかきむしる
余程苛立ちが最高潮らしい、男らしくない男が苦手なようだ

彼を促すように、彼女は走り出していた




「考えるより走れ!!走って走って!その勢いで土下座でもしろ!」


リンクも、ハッとして走り出した
釣り道具一式を放り出して、名前を追いかけていた



「そ、したら、許してくれるかな!?イリアも!」


「だから知らん!!イリアに訊け!!」


イリアとは誰だ、何処の鬼嫁だ
やはり名前の興味は彼には向かなかった
競うように走って、城に行く前にトアル村に寄って、彼を土下座させてすっきりした勇者にさせるのが最優先

失踪したなら疾走で Go home!

一人もやもやするよりなら囲まれて殴られ叩かれた方が楽なんだろう!?








11.01.22.(四-小)


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