勇者64面相
色んな顔持っている
色んな人を演じている
色んな建前と多くの嘘を知っている
それは彼が生き抜く上で必要な術であったから、身に付いてしまったまでなのか
何も知らないような子供の表情を見せる青年であったり
逆に、何でも見通したような少年であったり
自暴自棄気味の勇者であったり
スレて大概適当であったり
かと思えば、純情のままに赤面噛み噛みであったり
「色んな君を見てきたけれど、未だ私は本当の君を知らないままだね、リンク」
小さい話を64つ詰め込んだ話集本の表紙を、パタンと閉じてリンクを見る
彼は私の真上にいた
天井に両足をつけて、逆さまに立って、首をいっぱいに傾けて、真下にいる私を見下ろしている
否、彼が真上にいるのか、私が彼の真上にいるのか、それはどちらも真実だった
「知らなくていいよ」
くぐもった声が降ってきた
今日はいったいどんな仮面を顔に重ねて私を楽しませるつもりなのか
けれどそれも本当の彼ではないのだろう、とぼんやり思う
あの話の中で彼は、私の恋人だった
あの話の中で彼は、幼馴染みの私に恋をしていた
あの話の中で彼は、繰り返す世界の住人の私に助けを求めていた
どの話も私を楽しませ、どの彼も私を愛するセリフを与える
例えばこの今の私が繰り返す物語の人物だとして、あの彼はその都度飽きもせずに同じセリフを繰り返し聞かせるのだろうか
「知るって言うのは、…自分の範囲に引き込んで支配することだ、名前」
「支配…」
「俺の、その一部を、名前が理解できるように、噛み砕いて、噛み砕いて、飲み込んで、美味しいって勘違いする事だ」
そんなのしなくていい、と彼の笑い声は、やはりくぐもっていて、よく耳に届かない
今日はいったいどんな仮面で私を嘲笑ってくれているのだろう
真上を見上げるのだけど、天井は高くて、彼は小さくしか見えなくて、顔は解らなかった
「ただ名前の感じるままに思っていればいいよ」
こうやって牽制しているのか
寄せ付けぬように、理屈を並べ立て、本当の自分を見せたくないだけなのだろう
今日は妙に哲学的な彼のようだ
誰からも愛されるように、誰にも知られぬように、偽り続けてきた彼が何を言おうと、虚言
「いくらでも人格を演じてきたから、もう本当のリンクなんて居ないんでしょ?……愚かで、哀れな子…」
はは、っと、彼の声が、この不思議な部屋に響いたのに、私の耳にはくぐもって聞こえた
「名前の方が嘘つき」
「え…」
「そんなこと言って優位に立とうとしてるの、ねぇ、名前」
キィィ ィ ン
耳鳴りが近付くと共に、何か光るものが飛んできた
前方の壁にでかでかと在った赤水晶のエンブレムに、突き刺さった、矢
ぐるん、と180度変わった世界により、私は天井であった方向に落とされる
体が空中で二回ほど回りながら、目をつむって身を縮めていたら
ぽすん、と、彼の腕が私を受け止めた
意外と重いんだ、って呟きが聞こえた気がした
「同じ目線で言ってくれなきゃ嫌だよ」
リンクは、そっと私の手を両方掴んで、私が自身の耳を塞いでいたのを止めさせた
「俺のこと大好きなくせに」
何度も見たはずの初めて見たような顔と
何度も聞いたはずが心に直接届き揺さぶる声、言葉
色んな顔持っている
色んな人を演じている
色んな建前と多くの嘘を知っている
そして一つの本音を大事に守っている
その全てを彼の事実と受け止めるなら、嫌いという思いが勝る筈なのに
どうしても憎めない
時が移ろうとも蒼い瞳をずっと愛しているのが私だから
仕方が無いのだ
11.01.22.(四-小)