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森風は巡るだけ


(※微狂愛)





























この森を南西へ行けば早いのよ

でも急がば回れっていうでしょう






「これ落ちたぞ」

「え?」


緑の少年が直ぐ間近にいた
気がつかなかった
気づけなかった
その異常さに、利き手は咄嗟、剣の柄に触れる
身構え、後退り、汗を滲ませ、一回りも幼いようなこの少年に、私は久しく無い緊迫を覚えていた


「…要らないのか?リンゴ」

「い……要るわ」

「んじゃ、 はい」


しかし、この少年は何の躊躇いもなく、緑の短い帽子の先を揺らしながら近付いて、そうして再度、私の方へ、少年らしい細腕をいっぱいに伸ばして、真っ赤に熟れたリンゴを差し出した

それは先程まで私が袋に入れ抱えていた果実の一つ
なのに、少年の手にかかり映えるリンゴが、あまりに甘美なものに目に写り、コクン、と喉を鳴らしていた
きっと童話の姫君が、怪しみながらもどうしても食べてしまう毒リンゴというのは、こんなに艶やかで美味しそうな色をしているのかもしれない

「……」

「それから、森を抜けるなら、あっちの方向が良いぞ」

「そっちは…来た道よ、私は南西へ抜けたいの」

「ふぅん、…まぁ、信じる方に行けばいいよ、迷ったら風に訊いてみな」



風に?
奇怪ながら、洒落た台詞を知っている少年だ
丁度風が吹いて、私と少年の間を抜け、先程少年が示した道、私が来た道の方へ、木々を少し撫でていった
なんとタイミングの良い風か



そちらに気を取られている間に



「あ、…れ……?」



先ほどの少年はまた、ただでさえ察知しにくい気配を隠し、姿を消してしまっていた
あの少年の緑の服、黄色の髪は、森の中では良く馴染むのだろう
何処へ消えてしまったのか私には探せもしない

それにしたって、草根を踏み分ける音まで聞こえてこないだなんて有り得ないじゃないか
…きっと何処か、木の陰にでも隠れて息を潜め
私が驚く様を笑っているのだろう、あの愉快そうな糸目で

からかわれている
そう直感した

これ以上、少年の悪戯にのってやるわけにはいかない
私は少年の助言を無視し、南西へ、南西と思う方へと歩き続けた

風はずっと向かい風だ














この森を南西へ行けば早いのよ

でも迷ったら酷いわ







「あ、きみ!」



再びあの緑の少年にまみえたのは半月程後のことだ

目を凝らさなければ、この森の中、少年の色彩は紛らわしいものである

私は木々の間、足元の平坦じゃない森の地面を警戒しながら、しかし彼を逃がさぬよう、駆け足ぎみに詰め寄った



「?…オイラに何か用?」

「酷いわ、きみ!この前の事よ…私、随分森を彷徨ってしまったんだから!」

「だから…『あっち』の方が良いって言ったろ、オイラ」

「そうだけど…ちゃんと説明してくれれば良かったのよ!」


言った後に、酷い責任転嫁と、自分でそう思ったけれど
この少年ときたら、その一瞬の私の後悔さえ、知っているかのように、くく、っと笑って
そうして私の手をとり、小さい少年の手でぽんぽん、と撫でてきた


「恐かっただろ、この森…迷ったら、今度こそ抜け出せないかもしれないぞ?」

「何それ…脅し?」

「そうじゃないさ、そうじゃないけど、それでもいいよ」

「きみは…森の中に住んでいるの?」

「…」

「ねぇ?」


少年は、手を離して、スッと身を引いた

かと思えば消えた


「え?」


比喩などではなく本当に消えた
ふわ、と、或いは、すぅ、と
空気や、背景に溶けてしまうように、体の色彩を透明にしていって、消えてしまったのだ


「幽霊!?」


風に背を押されるようにして、私はそこから逃げ出した














この森を南西へ行けば早いのよ

でも南西はどっちだったかしら








不意に、リンゴが転がった
今日の収穫なのだ
一つだって取りこぼしたくない、と
短くない距離を追っていけば、小さい誰かの足元にたどり着いていた
視線を上にずらし、姿を確認すれば、透明じゃないあの少年




「また会ったわね、少年」


「…もう来ないと思ったのに」

「私がこの森を通らない日はないわ」

「知ってるさ…いつも川向こうのリンゴの木のところに行って、戻ってく」


いつも、そうしていることなんて、私しか知らない筈のことを少年は言い当てた
私しか知らない筈なのだ、でも風なら知っていたかもしれない
少年はやはり普通の人間の子供じゃないんだ、と私は確信した




「…ねぇ、きみ…この森で死んだ子供の幽霊でしょう?」



「……………は?」



「森から出られなくてずっと彷徨っているんじゃないの?仕方ないわよ、きみ、随分森に似合う格好してるもの、きっと森に気に入られちゃったのよ、でもそうね、寂しがらなくていいわ、此処は良い所よ、私はもうかれこれ二年くらいこの森を行き来しているけど、空気も澄んでいて静かで暖かくてとても素敵よ、たまに素敵な音色が聴こえるし、妖精が住んでいるのかもしれない、私が住みたいくらいよ、だから寂しがらなくていいわ、それに私は毎日此処にくるもの、話相手くらいにならなれるわ」


私はなるべく、早口に捲し立て、つとめて明るく振る舞った
笑顔には…少し無理があったかもしれないが、とにかくこの哀れな少年の魂を救ってあげられないものかと思って

しかしやはり多少なり恐怖があったために、いつもなら舌を噛むような早口がぺちゃくちゃと飛び出していた
この少年に動く隙を与えたら、また幽霊みたいなことを目の前でしそうで嫌だったからだ

だから少年の表情の変化を見れていなかった


「嘘は言うなよ」

「――う、?…嘘?」

「お前…やっぱりもう、この森に来ちゃ駄目だ」

「な、何よ…何なの」

「リンゴの木に行くのに…もう森を通るのはやめて、此処には来るな、早く帰れ」

「何、ちょっと、そんなこと言われたって」

「早く!」



どん、と少年の力で押されても、よろめく私ではない
しかし彼のあまりに必死な剣幕に怯み、すごすごと、帰路につく、南西へ

ふと、振り返れば、未だあの狐のような目をつり上げてこちらを凝視する少年がいた
前はすぐに姿をくらませていたくらいなのに、今日は何がなんでも、私が森を出ていくのを確かめたいらしい


「きみ、ねぇ、名前は?」


「……」


「もう来るなって言うなら、最後に、いいでしょう?教えてくれたって」


「…フォド」


「フォド、…うん、じゃあね、フォド」



手を振ってみたが、頑なに、少年はこちらを見るだけだった
そんなにはね除けなくてもいいじゃないか

もう彼が幽霊でも怖くない、なんとなく慣れてきたし、次に会った時は、たくさんからかってやろう、きっと私みたいなお姉さんに優しくされたのが気恥ずかしかったとかだろう

もう此処に来るな、だなんてとんでもない
私はリンゴを売って生計を立てている、あのリンゴは本当に美味しいと評判なのだ
そしてそれを摘みに行くのに、この森は近道だから仕方がない

私は南西へ行く
でも太陽が見えないこの深い森では、方角を見失いやすい
さて、南西はどっちだったかしら

そう思っていたら、弱々しい風が私の背を押し、髪を靡かせ、道を教えた

前に道案内をした風よりもずっと微弱なそれは
まるで本当は私を森の外へ行かせたくない、そんな天の邪鬼な可愛らしい子供に思えた
丁度あの少年、フォドのよう













この森を南西へ行けば早いのよ

でも私は何処へ行きたかったの









「どうして…」


「あぁ、…嗚呼!フォド、良かった、ねぇ私」


「どうして来たんだよ」


「助けてフォド!私、帰り道が解らないの!南西よ、南西はどっちなの?」


「言ったじゃんか…」


「私、確か、あの太い樹幹を過ぎて、そうしたら出口が見える筈なのよ!変なの景色が変わらなくて、森から」





「抜け出せなくなるって」





歩き疲れ、へたり、座り込む私の頭を、フォドはそっと抱き締めて、捕まえた
優しく、鼻孔をつく森の風の薫りがして、次第に、私は何も考えられなくなる

地に崩れた麻袋の開いた口から、紅い果実がたくさん転がり出た
ああ、拾わなきゃ、大切なリンゴなんだもの
でも私はそんなにリンゴが好きだったかしら
こんなにたくさんのリンゴ食べきれない、きっと腐らせちゃう
それとも、リンゴ好きな家族でもいたかしら
そもそも私の家は?

南西には何があるんだったかしら

分からない
でもきっと素敵なものね、だってこんなに、心が行きたがっているのだから







「名前が悪いんだ」


「私が…悪いの?」


「オイラの言うこと聞かないから」


森から抜け出せないのはきみでしょう?
きみは森によく似合う格好なんだもの
私は違うわ、剣で草や枝葉を刈っていくし、リンゴも摘んで拝借するのよ
森に気に入られたりしない


なら何に気に入られたっていうの







「何処にも行かせたくないって、思わせるから」















この森を南西へ行けば帰れるのよ

でも風は知らんぷりで今や森を巡るだけ







11.01.14.(四-破)


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