飛べない鳥は
地に落ちた私を風は掬ってくれなかった
「大丈夫…何も変わらない、大丈夫、名前、出来るわ」
自分に言い聞かせる言葉
胸に手を置き、目を閉じ、深呼吸と共に飲み込んだ
高い高い、島の岩山の中腹の崖の縁に立ち、しかし下を見下ろすと途端に目眩がした
ここはこんなに高かっただろうか
いつも飛んでいた空はこの崖以上に高かったのだろうか
「っ、うぅ…」
ぶる、っと身震いに負けて一歩、二歩退いてしまう
思い出されるのはあの、抗えない重力に真っ直ぐ引っ張られていくときの、全身を巡る絶望の感覚だ
配達の途中に、酷い嵐に巻き込まれ、風を掴めずに落ちてしまったのは未だ記憶に新しい、五日前のことだ
その間療養のために飛べていなかった
腕が鈍っているんじゃないだろうな、などと、同僚とした笑い話を今も同じように笑えるだろうか
「ふぅ…」
首飾りの先の、大きな羽根を握って、もう一度心を沈める
この羽根の持ち主へ、いつも長旅の無事を祈るためにしていたように、語りかける
(どうか私を助けてね)
そうして崖を離れる
縁を蹴り上げ、腕翼を広げ、負けぬよう、空気を下へ弾き、あとは、風を掴めば
「わ、ぁ…――!!!!」
ぐらり
遠くの水平線が傾く
ああ、駄目だ、逃れられない
風は私をすくってくれない
こんなことならば最後に助けを借りるんじゃなく、いつものように彼の無事を祈る言葉を贈ればよかったな、なんて、急速に迫る岩礁に言ったところで
あ
あ
も
う
私
は
落
ち
「飛び込みの練習か?」
バサ、バサ
力強い羽音がする、聞き慣れた音がする
竜の島で最も雄々しい(と私が思う)男の翼の呼吸が聴こえる
「オ、オド、りぃ…!」
「水鳥にでもなるつもりか、名前」
「どうして、っ」
「危ないな、病み上がりで」
オドリーの、頼もしい笑顔を見てしまったら、堪らなくて、首に抱きついて大声で泣いてしまった
「ごわがっだよぉぉー!!オドリー!」
「わ、待て名前、飛びにくいだろ」
私もう飛べないかもしれない
だって地に落ちた私を風は掬ってくれなかった
海に愛された鳥は二度と飛べないなんておとぎ話が真実だったのかもしれないよ
ねえオドリー、私もう飛べないかもしれない
飛べない私は貴方の隣にいる資格はないのかな
「名前が飛べないなら、…簡単に島から出られないってことだ」
「う、ん…」
「つまり、俺の帰りを健気に待ってくれる」
そんな理想の奥さんの出来上がり、だって!
11.01.16.(四-再)