非力鼠の戯言
(※名前変換無し/微裏?)
献上されてきた娘の中に
一匹、鼠がいた
「来ないで!」
それも非力な
短刀を両手にし刃を魔王に向けながら、震え足を後退させるのは娘の方だった
笑わずにいられようか
「父上の仇、…今こそ!!」
泣き出しそうな声音を張り、今一度短刀をギリ、と握り直すが
娘の足は一向にその場から動こうとしない
暗い部屋に浮かぶ魔王の血色の双眸を、見てしまったからだ
未だ魔王との距離は離れている
到底切っ先が届きそうにもない間が空いている
それなのに、この一対一の場面では、簡単に威圧され
恐怖が足から這いのぼり、全身の筋がひきつるような感覚がして動けなくなってしまったのだ
「どうした、小娘」
「う、……ぅ…ッ」
声を出すのも無理か
呼吸の余裕もないのか
ただ一層、刀を握る手を固くしただけで俯く娘を
嘲笑うかのように、魔王は一歩、また一歩、と床を踏み進んで
そうして一歩の距離を残し、立ち止まった
娘が腕を伸ばせば、切っ先が容易く魔王を殺せる、それほど目の前に、堂々と立つ巨漢を、見上げられもせず、ただ自身の手を見下ろす娘は、恐怖から、とうとう涙を溢してしまった
「う、ぁあ!」
固めていたはずの手も、大きな男の手により捻り上げられれば、呆気なく短刀を取り零す
そうしてもう片方の褐色の手に、顎を掴まれ上を向かされれば、殺意と情欲とにまみれた獣の目がそこにあった
ゾワ、っと、娘の全身を襲う寒気
「貴様が真っ先に刃を向けるべきだったのは貴様自身だ」
長い間が刃を鈍らせたのが悪いのではない
この魔王に向けてしまったことが過ち
これからその憎い男により寝台に沈められることを思えば
真っ先に己の命を絶つことが最良だったのかもしれない
非力は罪だと、魔王は常々感じる
女がその罪の象徴のようだ
そうでなければ、それに苛まれ続け嘆くことの説明がつかない、と
「力有るとは、…罪深い、っ」
だが娘が正反対を言った
「何だと?」
「護るべき力なのに、傲りを覚えるから…、」
「ふん、減らず口を」
「う、ぁぁああ!」
暴れる娘の四肢を押さえつけるなど造作もない
戯れ言を黙らせることも容易い
それが力であり、魔王であり、この男の信仰である
非力の鼠が彼を説き伏せられよう筈もない
届くのは女の悲鳴だけ
11.01.19.(四-破)