カフェラテ
それは聖夜の過ぎたある日のことで、毎年この時期は例外なく忙しくなる、誰も彼も、勿論僕も。
家を出てから町の東通りの中階段を小走りで下りていく。そんな短い間にも、いくつも目につくのは、軒先に飾られた年明けの日を迎える為のお面達。小さい頃は、そのお面達のえもいわれぬ不気味さを怖いと言って泣いていたものだ。それにしても、まだ年明けには5日程もあるというのに、気が早い、誰も彼も。
否、彼女が遅いと言うべきか。
普段より随分大人しく見える店の看板の列を通り過ぎ、細くなる街路の突き当たりに辿り着くと、僕を出迎える小さい扉。やはり、何も変わらない様相に、僕はふふ、と知らず声を溢していた。軒下に見えないお面飾りは、例年通り、彼女が未だ新年の準備を終えていない証拠だ。
(今年はどれだけ散らかってるかな)
昨年、一昨年と、彼女の大掃除の不十分さには参ったもので、すっきりと元旦を迎えようという気が全く無いらしい。しかし彼女にその気がなくとも僕の気が済まないのだ。
何の気掛かりも残さず、と言うのは現実無理かもしれないが、心を洗うには身辺の掃除から、そういう慣習がある。何よりやはり気分が良いものだ、部屋が綺麗というのは。そういう気持ちで年の節目を迎えるべき。
そうして今年は、去年よりも早い日に時間を作って、名前の家にやってきたのだった。そうすれば正月をゆっくりと過ごせる、僕も彼女も。独り暮らしの彼女を、僕の家に招いてみるのもいい。ナベカマ亭にお邪魔してみるのもいいだろう。きっとアンジュのおばあちゃんは喜ぶ。
「名前、居るか」
扉はすんなり開いて僕を招く。相変わらず戸締まりをしっかりしないのには呆れ返るばかりだ。
「……名前?」
静かなのはいつもの事だ。返事がなかなか無いのもいつもの事だ。
「嘘、だろ」
どうしてこんなに家の中が綺麗なんだ。
僕は薄暗いこの場に灯りを入れることも忘れ、中に踏み込んでいた。
さして広くもない、部屋の数も無い家を駆けた。台所、居間も、トイレも、そうなんだ、埃一つなくて、片付いてるなんてもんじゃない、何も無い、一つ一つ思い入れがあった筈の家具も、所狭しと占拠していた本の山も、アンジュのところから貰っていた椅子とテーブルも、僕があげたサボテンも無い。
「……」
どうして
いつも、いつも、僕が世話をやいてあげていたんだ。
僕がいつも、背中を押してあげていたんた。
僕とアンジュのあとをついて回って、追い付けずに泣くような君だったんだ。
でも僕は、本当は知っていた筈なのに。名前が一人暮らしを始めた時には。
あの時アンジュが言っていた、名前ももう泣き虫の、僕らの妹じゃない、そのことの意味を、今にして思い出さなければならないなんて。
夢から覚めさせられた気分だった。何の痕跡も残さない、焦げ茶色の床が、はっきりと目を刺す。
でも、年の暮れには相応しいのかもしれない。
10.12.32.