ss | ナノ
寡黙



もう日も沈もうかというときに、村を飛び出して平原を駆ける。(はぁ…はぁっ、はぁ)走る姿は、ポツンとしていて、小さい、この平原にくらべたら、あまりにちっぽけで、弱くて、例えば嵐に襲われたりなどしたら、呆気なく雨粒に叩きつけられそう…――なのに弾む呼吸は似合わない煩さで、それは、名前が、生きて在るという。

腕を掴まれた。名前は走って、振っていた、腕を、素早く引かれ、進行方向と逆へ、リンクの元へ、突進するような、そんな勢いで背から飛び込む形になる。(……、捕まえた)と、そのまま名前の背後からきつく肩を抱き締めて、リンクが言う。言葉通り、本当に捕まえられてしまった。逃げていた名前を、追う彼が。

(どうして…追い掛けてきたの)彼女よりも軽度だが、走って乱れた息遣い、そればかり聴かせる男。何も言葉を返さない。返せない。(私の、こと、足手まといなら、そう言って)また喋るのは名前。言葉を途切れるさせるのは自身の息と、ひきつった喉の音。
やはりちっぽけに変わりはない。平原にあって、簡単に風にさらわれてしまう、その程度の小さな声。ハイラルに何も及ぼさないようなただの空気の微動。
だが間近に顔を寄せていて、リンクには、一番大きな音だった。
これに何も返せないで、彼女に衝動させてしまった。危険な夜の平原の、暗闇の中へでも逃げ出したくなる衝動。
沈黙が肯定とは、この彼には真実ではない。よく言葉にする性質ではなかった。それを知っていて、名前は笑いかけるから、ますます言葉を使わなくなって、それでも伝わっているのだと…てっきり、そうだと。
(お願いだから、…離して)
鼻の奥のあたりを震わせているような、高く上擦った声で弱々しく名前が言う。だから、(ねぇ)きつく(お願い)きつく(もう痛い)抱き締めて(苦しいの)離さない。

「離さない…」

負けず劣らず小さい声音だった。低く、張りのある男声は、でも、長くそこに留まっていた。






「伝わって」






服にたくさん、皺を刻むほど強く、握って、小さい筈の名前の体躯にすがるように、抱き締めて、肩口、横髪に顔を埋めるようにして、擦り寄って、鞘留めやグローブの硬い革が食い込むほど、抱いて、その痛みよりも、夜風の冷さよりも、伝わって欲しいものを、察してもらうのを待つしか方法が分からない。分かっている。どうしようもなく甘えていると。
伝えたいことはシンプルだ。言ってしまえば当然で、わざわざ彼女の耳を煩わせるのも忍びないくらい。だから言葉に出来ない。
伝えたいことはシンプルだ。だから、わざわざ疑うべくもない。疑う必要など、それで不安がる必要などないではないか。


「リンクの口から、聴きたいんだよ」


バカ。とうとう泣き出してしまった女心を彼は知らない。口で愛を伝える方法など。

名前を振り向かせて赤い唇を貪った。
これくらいしか知らないから。





11.01.29.


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -