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不毛な恋慕は明日咲く

いつの日からだったか、カカリコ村の片隅の、女の家に荷物が届くようになったのは。

紫の小花を束ねた粗末なブーケと手紙、それが扉の前の軒下にぽつんと置かれていたのが始まりだったと思う。
早朝の水汲みに出掛けた彼女の靴の先に、さわ、と当たったものを視界に認めると、彼女はそれを直ぐ様拾い上げ、手紙の方を開きもせずに二つに裂いた。重ねてまた二つに、更に二つに、千千にして、そのまま家の前の地面にばら蒔いたのだ。その間の彼女の表情といったら、見ている者まで凍りつくほど冷たく強張った無表情だったという。
小花の方はその後、空き瓶に水で生けられ、坂上の物乞い男の傍に飾られているのが村人に目撃された。

次は真っ赤な薔薇の花一輪と手紙。
その次は真っ赤な薔薇の花束と手紙。
あるときは手紙だけの時もあり、またあるときは怪しげな色の豆だったり、昔流行っていたキータンのお面だったりと、彼女の興味を引こうとする届け物と、やはり手紙が毎日届く。

そのどれも、女は無下に破り捨て、あるいは無下に物乞いに譲っていく日々が淡々と続く。



そして今日もまた、扉の前に置かれる小さな荷物と誰かの想い。
今回のそれはビーズの指輪だった。サイズが小さく、女の小指にしか入らなそうだ。

女はしかめっ面でビーズの指輪を睨み、掌にグッと握り締めた。
そして手紙をグシャグシャに丸める作業に移る。最近は差出人の方も学習したのか、破りにくい厚紙を使うようになったので、女の方もこうして丸めた手紙を暖炉の火の中に捨てるようにしているのだ。
そして例にもれず、ビーズの指輪も、坂上の男にあげに行く。そのために階段を登るのが、女の日課となりつつあった。


ただその日ばかりは、彼女の眉間の皺が三割増しだったと、物乞い男は語る。

世間話も挟まず事務的なやりとりで物乞い男に指輪を渡した彼女は、足早に坂を降り、自分の家に駆け込んだ。
荒々しく閉めた扉に背を預けズルズルと膝を崩して、女はさめざめと泣き出した。

苦々しく、憎らしく、愛しく、寂しい思い出ばがりが胸に浮かんで、涙が止まらないのだ。







「50ルピーでお願いします」
「…ちょっと高すぎないか?」

ダンダン、と忙しなく地面を叩く物乞い男の周りには、あの彼女が持ってくる物品が並び、小さな露店と化している。
そこに屈み込み、ビーズの指輪を詰まんでいるリンクは、その値段に納得出来ずに値切っている最中だ。

あと5ルピー!あともう一声!

プライドの欠片もなく声高に懇願する時の勇者の頭上で、妖精ナビィは呆れて何も言えない。
この不穏な空の下のハイラルで、露店の空間だけなんと平和なのだろうか。
結局ビーズの指輪は25ルピーで手打ちとなったが、それでも高いとナビィは思った。







「またダメだった!」

リンクが泣きつく先は決まって花屋の娘、名前の所だった。小さい体でバケツ一杯に入った水を運ぶ様はいつも危なっかしげで、リンクは出会い頭、そのバケツを代わりに引き受ける。それが相談にのってもらうささやかな対価であり合図でもあった。

「そっか…」

リンクの情けない報告を受け、名前は苦笑混じりに残念だったねと返す。もう何日もこんなやり取りが続いているので、少女にはあまり気のきいた言葉が探し出せなくなっていた。

とうに名前も困り果てている。彼の想い人はことごとく、名前のアドバイスを活かしたリンクの贈り物をはね除けてしまうらしい。

「せっかく名前がくれた指輪だったのに、…ごめんな」
「ううん、私の方こそ…あんな安物を勧めてごめんね」
「いや、この指輪は結構な値打ちになると思うよ、俺」
「ふふ、そうかな?ありがとう」

先日も、リンクの恋の助けになれば、と名前はビーズの指輪を彼に譲ったのだ。薔薇の花束なんて気障なものよりも、可愛らしい小物やアクセサリーなんかに惹かれる女の子も少なくないはずだから、という名前の推察に賭けてみるも、結局は玉砕だった。
リンクは申し訳なさそうに、少女の小さな手にビーズの指輪を載せる。
名前はそれを見つめ、大事そうにギュッと握りしめると、それを解いて、またリンクの方に差し出した。

「これは、リンクにあげるね」
「え?でも」
「お守りに…貰ってくれる?」

にっこりと花のような愛らしさで微笑を咲かせる少女に、リンクの心の痛みも薄らいでいく。
ありがとう、とリンクも笑い返して指輪を受け取った。指には嵌められないが、決して落とさぬよう道具袋の奥にしまい込んだ。
ほら、プレゼントを貰うとこんなにも胸の奥が暖かいし、こそばゆく、幸せな気持ちになる。全くあの氷のような彼女はどうして分かってくれないのか、リンクには皆目見当もつかなかった。


「あーあ、女の子は難しいよな、それにしたってどうして手紙も読んでくれないんだろう」
「そうだね…せめて一度くらい目を通してもらえれば…」


時の神殿の片隅、誰も知らないような花壇の手入れに勤しむ名前とそれを手伝うリンクの悩める唸り声が暫く続く。
やがて、晴れ空色のナビィの光を見つめて少女は、あ、と声を上げた。


「ねぇ、リンク、こういうのはどう?」
「何か思い付いたの!?」
「ナビィにね、手紙になってもらうの!妖精からの声の手紙って、ロマンチックでしょ?」
「それだ!」


リンクは指をパチンと鳴らしてナビィを見上げた。ナビィはギクっ、と跳び跳ね、どこか汗をかいているように見える。

これなら手紙は破かれることもないし、内容は伝わるはずだ。
心配があるとすれば、リンクの書く恋文の内容がナビィにばれてしまう恥ずかしさだが、彼にはもうこれしかないと決心がついていた。
だがナビィの方は、甘ったるい男の言葉の代弁も、あのしかめっ面女からのとばっちりも、勘弁してほしいという思いだ。



さっそくアプローチに駆け出していく少年リンクを、手をふって見送るのももう何度目になるのか。
よくめげないなあ、と呟いて、名前はふと、微笑を寂しいものに変えた。

自分はもう挫けそうなのに。名前は雑草のなくなった綺麗な花壇に咲き並ぶ小花に語りかけた。紫のそれはヒヤシンスだ。
もしこれを彼に贈って貰えたなら、自分なら人目も憚らず舞い上がってしまうのに。少女の小さい胸は見知らぬ女の人への嫉妬でいっぱいいっぱいだった。







翌日、いつものように家の前に置かれた手紙を、いつものように女は拾い上げていた。

しかし今日は様子がおかしい、と彼女も気付く。昨日と同じ厚紙の封筒だが、中身が膨れて手の上を少し転がるのだ。また差出人は小狡く知恵をつけたらしい。例えばこの中身が爆弾なんかだったら、もう暖炉に投げ入れられないではないか。
迷惑極まる手紙の処理を決めあぐねていると、それは女の手を離れひとりでに浮き上がり、よろよろフラフラと蛇行しながら家のなかに入っていくではないか。この時ばかりは彼女も、しかめっ面でも無表情でもなく、唖然に口を半開き、蒼白気味で驚愕していた。

やがて封筒は玄関傍の壁にぶつかりキャッと悲鳴をあげ、衝撃で封が開いた。中から飛び出した妖精の柔らかい光を目にいれて、女は、あ、と声を漏らした。





リンクはそうっと木陰から様子を伺っている。そこは女の家からそう離れていない一本杉で、普段ならばこんなに彼女に近付いたりなどできない。一目惚れに近い衝動でリンクが惹かれてしまった相手は、初対面であるはずの彼にそれはそれは大きな憎悪を視線に乗せて送ってきたのである。彼女は緑の服にでも嫌な思い出があるのかもしれない。ともかくそれが、彼にこんな回りくどい手をとらせる要因だ。今回ばかりはナビィの働きが上手くいっているのか心配でいるが、出来ることなら未だ打ち解けていないこの現状で彼女に鉢合わせ、拒絶の言葉を浴びせられるようなことは避けたいのだ。

ハラハラするリンクの背は、今や十分に逞しい青年のそれである筈なのに自棄に小さく見える。そんな彼を更に縮こまらせたのは、彼の名を叫びながら逃げ帰ってきた相棒ナビィだ。

「リンクー!たたた大変だよ!!!」

リンクは一瞬にして嫌な汗を背中に浮かべた。作戦が失敗に終わったばかりでなく、ナビィを追って家から出てきたあの彼女が、リンクを見付け、確かな足取りで此方に向かってきているのだ。


「何処まで私を馬鹿にすれば気が済むの!!!」


張り手でも飛んでくるかと身構えていたリンクは、恐る恐る目を開く。飛んできたのは悲痛な涙声だった。彼女は三割増しで眉間にシワを寄せて、鼻の頭から耳の縁まで真っ赤にして泣いていたのだ。

「貴方って!気に入った人なら誰にでも同じ手を使うのかしら!それとも私の気持ちを知った上で弄んでいるの!?」

「え、…あ、えぇ!?」

「あの指輪を貴方にあげた女の子の気持ちを少しでも考えたことあるの!!?」




「……名前、?」



リンクは目を丸め、呆然としながら、不躾に目の前の女に指をさして、思うまま馴染みある少女の名前を溢した。それを肯定したのはナビィで、未だ焦りが抜けず忙しなく上下に揺れて首肯の代わりにした。
何と言うことだろう。あの小花のようにあどけなく愛らしい少女が一体どうすれば氷のように冷たく厳しい女に繋がるのかリンクには解らなかった。しかしクシャクシャに歪め激情を露にした女の顔には、確かに七年前の世界のあの少女の面影が残っていたのだ。
本当にそうなら、なんとおかしな縁だろう。


「俺があの時好きだったのは"君"…だなんて、信じてもらえないかもしれないけど」
「ええ、信じないわ」

複雑に絡み合った誤解を解きほぐそうと、慎重に紡がれるリンクの言葉を、名前は簡単にピシャリと叩き落とす。それもそうだ、七年前の少年の初恋が現在の自身に注がれていたなど、到底信じられない。事の成り行きを伺い、ナビィがビクビクしながら不安気に二人の間を漂う。




「あの女の子は…俺の大切な友達で、いつも俺の味方で、何回でも希望を見せてくれて」


次々に溢れる言葉は、恋文に何度も書いた甘いフレーズでも洒落たポエムでもない。リンクは青の瞳を名前の潤んだ目に固定した。逃げ出したい、自分も泣き出したい、目をそらしたい、頭に響く全ての声を捩じ伏せて自分の口から出る言葉だけを噛み締めた。




「名前は俺の日溜まりだった…だから君が名前だってわかったら、…もう諦められないよ」


やっぱり君が好きだ。


震える唇で中々聞き取りづらい言葉だった。名前の耳に届くのを邪魔せぬように、ナビィは無意識に数秒息を止めていたくらいだ。


「知らない」

プイッ、と背けられる女の顔。その反応に、ナビィは更に息を飲んで苦しくなり黄色に光りかけた。


「散々私を待たせた罰だわ」


君も今から七年間、片想いを謳歌するべき。
などと辛辣な言葉を与えられ、リンクはリーデッドと目があった時のような絶望を顔に浮かべた。
名前は濡れた目を擦りさっさと自分の家に走り去ってしまった。リンクは情けなく涙を堪えきれなくなっている。

何をそんなに悲嘆することがあろうか、ナビィだけは一人楽しげに羽を震わせていた。
何往復もした二人の恋慕は今にも花開きそうだというのに。




10.12.23.


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