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ビリーブインドーナッツ

(SmaXでXmas)




「こんなところに居たんだ」


談話室の一人掛けソファに、座るだけで絵になる男がいた
彼を見付け、フカフカのスカーレットの絨毯に鈍く靴音を染み込ませながら近付く彼女は、暖色で統一された談話室によくマッチしていた
名前の見慣れぬ装いに、素直に目をやったマルスは、読書の手を止めて本を閉じる


「今度はどんな面白いゲームだい」
「今日はクリスマスで、私はサンタクロースなの」


簡潔に説明して、自称サンタクロースは晴れない顔のまま三人掛ソファーの端に腰を落ち着けた
その理由の一つはマルスにも見当がつく
彼がクリスマスを知らないという反応が面白くなかったのだろう

反して、マルスは込み上げる楽しさを堪えながら立ち上がった
数歩の距離で名前の前を過ぎ、濃紺のマントがフワ、と浮くのに目を奪われて、俯けていた彼女は顔を上げる羽目に


「僕に聞かせてよ」


ぽすん、と隣にやってきた彼に顔を覗き込まれる
優しく微笑みを浮かべる理想的な王子様の姿に、名前はどぎまぎして反対側に顔を背けてしまった

「プレゼントをあげる日なんだよ」

そう言って、足元に下ろしていた大きい袋から、彼の為に取り出したのは、淡い青の紙袋の口を藍と銀の色のシールで留めた小振りなプレゼントだった

それを両手に持ち、一寸眺めた彼女はマルスに手渡した


「好きな人に?」
「違うよ!いい子へのご褒美!」
「それは光栄だね」


屈託ない微笑で細められた青の目を、名前はじとっと睨む
皮肉か嫌みかに受け取ったらしい
それに構わずに、マルスは包みを開いた
中からはカラフルにチョコスプレーをまぶしたドーナッツ、それから上質な紅茶の茶葉









マルスのリクエストに応じて、名前はさっそく彼へ送った紅茶を淹れた
ドーナッツの甘さに負けぬよう、少々濃いめして上等なティーカップに注がれた紅茶を優雅に味わうマルスはやはり、どことなくキラキラした輝きを放ち名前の視界を十分に眩ませる


「ドーナッツは、クリスマスに関係があるのかい」
「え…、無いと思うけど……何となくだよ」
「ふぅん」


果たしてマルスへのプレゼントにドーナッツとはどうなのか
彼への贈り物を考えてこうなったとは考えにくいし、名前がお菓子作りを好むといった一面は誰も見たことがない
明らかに納得を示さないマルスに焦りを覚えた名前は切々に言う
だってドーナッツは、ドーナッツはね…
次の言葉が中々取り出せずに瞳を揺らし、息を飲む彼女は散々泣き明かした直後の少女ようだ





「真ん中が、空洞なの」


「…真ん中が空洞だね」




確かにその通り、としか返し様の無いことを、感慨深く名前が言ったので
マルスも、自身がかじったドーナッツを眺め、真ん中が空洞である意味を少し考えさせられてしまった


「今のはいったい誰のこと?」


しかしあっさりと暴こうとするマルスに、名前は驚いて顔をあげ、整った彼の顔の近さにまた驚く

拍子にポロリと答えを言ってしまった


みんなだよ


今度はマルスが驚く番

皆一人一人、誰にも触れられない彼らだけの真ん中の世界がある
決して交われない時限を持っている
名前から見た皆はドーナッツらしい



「……また会えればいいのに、みんな、来年も」

「名前は元の世界に帰りたがってたじゃないか」

「そうなんだけど」


少々意地悪なことを返してやると、やはり彼女は唇を尖らせて口ごもった

しかし言いたいことはなんとなく分かる
マルスは項垂れた名前の髪をゆっくりすいて、横の髪を耳にかけてやって、赤い横顔を観察しながら、自分にも覚えがある寂しさを掘り起こしていた


来年じゃなくとも、そう、たとえば五年後でも十年後でも構わない
また次も会えるという約束が欲しいのだ

文字通り、神様の気紛れにより引き合わされ、作られた、無数の、妙な縁がある
そんな彼らとこんな風にはもう二度と会うことが叶わないというならば、それは最も悲しい別れによく似るだろう

だから約束が欲しい
運命の悪戯じゃなく、勝手に描く淡い期待でもなく





「でも、ドーナッツはこういう形なんだよ」


これはなるべくしてなった形
マルスは食べ掛けで輪の形の欠けたドーナッツの端を、全く手付かずで名前に摘ままれたままのドーナッツの真ん中の穴に潜らせた

アルファベットのOの中に、Cが引っ掛かった形で
ほらね、と何故か得意気にマルスは笑ってみせた
名前もつられて笑う
しかしやはり顔が近い








10.12.24.


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