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かかって来いよ時の勇者

(※トリップ/時オカ要素)





「アンタなんかリンクじゃない!」

「あぁ!?」


最初に言われたのは否定だった
ふざけたことを、言うもんだから俺もムキになって言い返した
お前が俺の何を知ってるって

何処から来たのかも分からない、森に倒れた少女を助けてやって何日目かの夕方だった、それは

イリアと村長が引き取って、身寄りがないから村に住むことが決まって、どんくさいながら村の生活に慣れようとしていた彼女、名前に、今日もお疲れさま、そう何気無く声を掛けた
初めてのまともな会話がそれ
キッ、と睨みを効かせて俺が俺じゃないって言い放ち、洗濯籠を持って村長の家に戻ろうとする彼女の背に、俺も言い返したんだ



それから何度も何度も、事ある毎に名前は俺に突っかかる


「子供の時に、もう巨大な怪獣を倒たことある?」
「ヤブサメやったことは?たくさんある的の真ん中に何回も連続で的中させるのよ」
「青いコッコなんて見たこともないわよね」
「白タイツじゃなきゃ嫌よ、貴方のそれはズボンじゃない」
「情熱的な赤色の服も似合うんじゃないと」
「時を越えたことあるの?ないでしょうね」


分かったことは、名前の言うリンクが俺ではない誰か別の人のことで、そいつは時の勇者と呼ばれていたらしいということ
それ以外はまるで意味がわからない
聞けば聞くほど、時の勇者というそいつと、俺は違う人物だし
それを俺に聞かせて何になると言うんだろう

そして陰鬱に彼女への恨み言を募らせながら、それでも今こうして緑衣を赤い染料に浸している俺は何を考えているんだか


「おいリンク!もう日が暮れるだろ、いい加減に宿探すか野宿の準備するかしろよ」

「あ、…ああ」


そんなことを言ってもゾーラ川の上流に貸し宿屋など無い
釣り堀小屋なんかで宿の交渉をしてもいいが、今はなんでか断られそうだ、気分が乗らない
うっかりしていた、日が沈む前には川を下るつもりだったのに
俺はぼんやりと腕捲りして岸辺に座って呆けていただけだったなんて


「城下町行くから…ミドナ、頼むよ」
「またかよ、全く…便利だからって多用するもんじゃないぞ」


ポータルを開いてワープするのをミドナはよく渋るが、断らない
ほら、少々口煩いミドナだって、根はいい奴だ
俺は名前みたいに酷いことを言う奴見たこと無い
ああもう考えるだけで馬鹿らしい
あいつ、口だけの高飛車な女め!

ヘナから借りていたタライを返そうと、中で染料に浸してた勇者の服を引き上げてみた

もともと緑に色付いていたんだ
綺麗な赤になんか染まらない
服は汚い茶色っぽくなっていた

「………」
「…ま、まぁ、乾いたら、赤になるんじゃないか?」

服に染みた赤い水は、ヤブサメ練習で擦り切れた指によくシミル

どうせ俺は青いコッコなんか見たこと無いし、白タイツだって恥ずかしくてはきたくない!!





「はぁ…」

俺を見ているようで見ていないんだ
それが無性にイライラさせる
何が気に入らないっていうんだろう
口を開けば彼女は俺を否定する言葉ばかり吐く
一人称はボクが良かったって?お生憎さま!

なんてとぼとぼした足取りで俺は城下町の酒場に向かった
人生の先輩達に慰めの言葉をいただこうかと思ってさ
そんな俺の哀れな考えが知れたのか、ミドナは早々に影に隠れた、付き合い切れないとでもいうように


扉を開いて真っ先に俺を出迎えた(真っ先に目に入った)のは名前だ
村にいるはずの彼女がどうして

そう尋ねる前に、名前は入ってきた俺を、汚ならしいものを見るような歪めた顔で見た
生乾きの汚い茶色の服だからな、何か文句あるかよ、くそ

彼女はトアル山羊の乳とか、旬の野菜とか、テルマさんに届けにきたところらしい
そこで一杯だけご馳走になっていたのだとか
俺はつくづく自分の間の悪さを呪った

丁度良いから、名前を村まで送ってやれ、とテルマさんに促されれば、何となく名前の隣のカウンター席に座るしかない
確かにもうどっぷり夜だ
それなのに、名前は宿を取る気は無く頑なに村に帰ると言ってきかなかったらしい




「最近忙しそうね、…各地で大活躍って聞いた」

名前はグラスを傾けてそう言った
見た目は水みたいだが匂いでそうじゃないとわかる


「まるで勇者サマみたいね」

「悪いか?」

俺もコップをグッと傾けた
俺のは水だ、飲む気がすっかり失せたから


「巨大な魔物を沢山倒した、精霊の声も聞けるし、信じられるか?天空にだって行った」

「だから?」

「時を越えるより大変な冒険だったさ、それに…別に柄じゃないけど精霊が俺を勇者だって言ったから、俺に出来ることを…―」

「勇者?あなたが勇者!?」


名前は乾いた笑いを上げてカウンターテーブルに肘を着いた
また始まった




「ねぇ、貴方オカリナ吹けるの?」
「はあ?」
「オカリナ、どうせ知らないんでしょう?これ、あげるわ」


コトン、と置いて寄越されたのは青くて、なんだか丸くて尖ってて穴がたくさん空いた、多分楽器みたいなものだ
彼女の言う通り初めて見たが、認めるのが癪で俺はそれを睨んでいた


「貴方はオカリナ吹けないもの」
「…何だよ」
「それにすっごく短気で、いつも恐い顔して、貴方が勇者なんて信じられない!」



バンッ、とテーブルを叩いて俺は立ち上がる
ひっ、と短く聞こえた悲鳴は隅っこにいたポストマンだろう
他の周りの客がどんな反応をしたかなど俺の目には入らない
俺はただ名前しか見えていないのだから



「理想を押し付けるなよ!なあ!こんなリンクで悪かったな!それに何だ?お前は、お前はさっ…"リンク"の恋人か何かなのか!?」


名前は目を見張って俺を凝視した
こんな反撃、予想もしていなかったのだろうか、狐に摘ままれたみたいで滑稽だ
言ってやった!そんな満足感で俺の気分は高揚する
少しはしおらしく反省していればいい、ああそうとも、ざまあみろ!




「……そう」

言いたいことはそれだけ?とでも言うように、すぐに前に向き直る彼女
しかし、くしゃ、と眉間に皺を寄せて変な顔をしていた


まさか謝りもしないなんて

俺は言いたいことをまくしたて終えたが、興奮が収まらなくて、何度か口をパクパクさせて、拳を作って自身の膝あたりを叩く

どうしてこんなにイライラしなきゃならないんだ
どうしてだ



「何をそんなに苛立ってるの」

予想外に、名前のそれは震えた声だった


「誰のせいだ」
「…私なの?」
「っ、…想像力に欠けてるよ、お前」


名前が一体何をしたいのかわからないんだ
こんなことで怒る時点で俺の方こそ想像力に欠けているのか?
違う、名前が見せないんだ
今は彼女を傷付けてでもその心を知りたい、もう耐えられない







「違う…違うの…」



伏せた目元を片手で覆う
テーブルに載せた方の手をキュッと握って名前は静かだ







「忘れたくないのよ…」



ポロポロと涙を溢して
リンク…、と消え入りそうな声で誰かを呼んだ












名前を村に送り届ける頃にはもう夜明けだ
夜中の平原越えの危険を承知で名前は帰ると言って聞かない
だが俺は森の中で少し道を反れ、森の聖域に向かった
何処に行くのかと、ヒステリックに問う名前を無視して
朝の空気の清廉な時、まだ薄暗いそこに辿り着いてから漸く名前の手を離すと、忌々しげに彼女は手を擦り合わせて俺を睨む…本当に可愛いげがない

俺は鞘からマスターソードを抜いた
そうしてその場に屈み込む
聖剣が刺さってた台座の側面に、その切っ先を当てた

「な!」

ぎ、ギギぎ、と耳障りな音を立てると、名前が目を見開いて驚いて、俺の背中の盾をひっ掴みそれを止めようとしたのだけど
俺は止めない
ゴリゴリと石を傷付けていった
それにしても台座は硬いし、マスターソードはもっと頑丈だ



「ほら、名前」

「な…に、……リンク?」

「…これが、時の勇者の墓!!」

「は、」



削りカスを手で払って立ち上がる
リンク、と掘った

それから続けて台座のそのまた下の石の地盤に文字を掘る
ギリ、ギリ、のろくて退屈な作業だが、今度は名前は邪魔せずに見ている




―― 時の勇者の意志此処に託す

此処に眠る…とは流石に書けないから適当に並べ立てた言葉
時の勇者の意志なんて俺は知らないけど
もういない奴のことなんか好き勝手書いたっていいんじゃないか
文句があるなら、そうだ、文句あるなら
時を越えて今此処に現れて、こんな陳腐な言葉より、彼女を喜ばせてみせろ




「もう、時の勇者が忘れられることは無い」


俺と、名前と、それからこの場所が奴をずっと覚えてるだろう
三人もいれば、誰かが忘れても誰かが思い出させてやれる



「だから名前、いい加減に、俺を見て」






かかってこいよ時の勇者!











名前は台座に近付いて、その傍に
空色のオカリナをそっと置いた






10.12.20.


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