夜の灯

クリスマスな近エリ。



Cast:
るる様宅 近靖さん・ティアラさん(お名前のみ)
猫夢様宅 モエちゃん
みそ様宅 ジーンさん
銀空様宅 イリスさん
龍季様宅 チェスターさん(お名前のみ)
ワラビー様宅 ハーフェンさん(街角の青年)







静かな室内に、薪がはぜる音が響く。
暖かな火をともす暖炉の上には、可愛らしいオーナメントがずらりと並んでいる。
その一角に並ぶ、ツリーの形をした箱に、白く細い手がすっと伸びた。
ツリーの箱には、いくつも窓が開いている。「24」と書かれた窓を、小さな音を立てて開きながら、エリサは小さくため息をついた。
胡桃色の髪が、ほんの少し俯いた顔にさらりとかかる。
窓から顔を出したのは、人型のクッキーを模した、小さな木のオーナメントだった。それを暖炉の上にことりと並べながら、空色の視線が窓辺へと走る。
赤と緑を基調としたカーテンは、今はぴたりと閉められている。ほんの少しだけ開いたその隙間からは、寒々しい漆黒の景色が伺える。
エリサの視線が、思わず机と時計へと走った。
机の上では、乗り切れないほどのご馳走が、まだかすかに湯気を立てている。
「……やっぱり、お忙しいのかしら、……近靖さん」
小さな呟きが、ぽつりと零れ落ちた。


あの花畑での出来事から、季節が一つ移った。
街は時折雪模様を交えながら、なおも活気づいていた。
家々や並木には余すところなく飾りがつけられ、街角からは絶え間なく音楽が聞こえる。たった今も、一人の青年がヴァイオリンの最後の一音を引き終えたところだった。
あちらこちらで湧き上がる歓声。
特別な季節と新しい一年の訪れを、街全体で歓迎しているかのようだった。
それは、街外れの小さな一軒家でも同様だった。
「いただきまーす!」
暖かい室内に、少女の明るい声が響く。
「あらぁ、オープンサンドイッチじゃない。お洒落ね」
「あ、ありがとうございます……。色々な、種類があるので、どうぞ、……召し上がって、ください」
ジーンのすらりと長い指が、たっぷりと具の載ったパンを持ち上げる。それを見上げながら、エリサははにかむように微笑んだ。
「ねえねえ、エリサ、……これ、少しだけもらっていったら駄目かなぁ……?ティアラとチェスターにも、食べさせてあげたいの」
上目がちにもじもじと呟くモエに、エリサは数度瞬きをした後、柔らかな笑みと肯定の返事を返す。
「ええ、もちろん。気に入ってもらえて、私も嬉しいわ」
「本当!?やったあ!」
ぱぁっと笑顔を花開かせるモエを見つめた後、エリサは紅茶のポットを手にする。
「イリスさん、……紅茶、いかがですか」
「あ、ありがとうございます……。パーティーに呼んでいただけるなんて、私……」
びくりと背筋をこわばらせた後、小さく俯きながら、イリスが消え入るように話す。続く言葉がほんの少し寂しげな色をまといかけたところで、エリサは小さく首を振りながら声をかけた。
「いえ……、来てくださって、嬉しいです」
親しい友人を招いた、小さな昼間のホームパーティー。招待状も兼ねたクリスマスカードは、何日もかけてすべて手書きで書き上げた。今日は生憎都合が合わなかった方々も、カードのイラストで目を楽しませられただろうか。
知り合いの顔を何人も思い浮かべながら、自分のカップに紅茶を注いでいた手が、ふと止まった。
ポットを机に置くと、パーティーの輪を外れ、そっと窓辺に歩み寄る。目は窓の外に向けながらも、心はしばし、はるか遠くへ。
「エリサ?どうしたの?」
「あ、ううん、……何でもないの」
後ろから聞こえたモエの声にふと引き戻され、エリサは慌てて首を振った。
さまざまな料理で知り合いをもてなしながらも、その最中、エリサの視線は何度も、窓辺に向かっていた。
淡いレースのカーテン越しには結露した窓、その外には、広場へと続く道が見える。
急ぎ足に通り過ぎる人は多いものの、探す人影は見当たらない。
普段ならば、どんなに忙しくても、顔だけは覗かせてくれるというのに。
―――今日も、お仕事、お忙しいのかしら。
ほんの少しだけ、寂しい思いを抱きながらも、エリサは賑やかなパーティーの中へと戻っていった。


宴も終わり、最後の一人が家を去った後。
洗い終わった食器を拭きながら、エリサはぼんやりと暖炉横のツリーを眺めていた。
エリサの手が届かないほど大きなツリーの、その天辺。小さな星のオーナメントが、壁際のランプの光を受けて光っている。
その星を軽々とツリーに乗せてくれた男性は、日が暮れてもなお、仕事に追われているのだろうか。それとも今日という日だからこそ、街が一層賑やかで、手がかかる事態が増えているのか。それほど仕事について語らない彼の、時々口にする情報をパッチワークのようにつなぎ合わせて、エリサは思いをはせる。
馴染みがないのか、ツリーも、日々飾り付けが増えていく家も、時々戸惑いの混じった不思議そうな目で見つめていた、彼。
その顔をゆるゆると思い浮かべて、ふと手元がおろそかになる。滑り落ちそうになった大皿を慌てて押さえ、エリサはいくつもの感情が混じった息を吐き出した。


そして、そこからさらに数刻。
机の上のろうそくは、大分短くなってしまった。
昼の大人数で楽しむメニューとはがらりと変わった、家庭的な温かみのあるディナーも、少しずつ冷えはじめている。
この日のために新しく仕立てたスカートを揺らしながら、エリサはくるりと向きを変えた。
椅子を引いて腰かけると、机の上をぐるりと見渡す。一人ならば滅多に口にしないチキンを、小ぶりのものながらも丸々一匹こんがりとローストしたプレートが、今日の主役だ。
もう一度、小さくため息をつきかけたところで、こつんと小さく音が聞こえた。間をあけて、もう一度、2回。
跳ねるように椅子から立ち上がると、扉まで走っていこうとしたところで、その足取りがふと止まった。
こんな時間に家を訪れる人など、思い当たるのは一人しかいない。けれど、ちょっとした悪戯心と、小さな嫉妬―――彼をこんなに遅くまで束縛した仕事への―――が、エリサの心をよぎった。
玄関に背を向けると、足音を立てないように椅子へと戻る。そっと腰を下ろしたところで、またノックの音が響いた。
数秒の間が、じりじりと長く感じる。
「…………エリサさん?」
扉越しに、ここ数か月で聞きなれた声が届いた。思わず心臓がどきりと跳ねる。
「…………寝てしまったの、でしょうか?」
先ほどよりも、やや大きめに。かの人の声を耳にしながら、高鳴る胸を押さえつけようと、エリサは胸元で両手を重ね合わせた。
再び沈黙が広がる。
さくり、と草を踏む音が聞こえた。数瞬の後、窓辺にさっと、闇よりも暗い影が走る。それも束の間、室内の灯りが、白い制服を浮かび上がらせた。
琥珀色の瞳と、ぱちりと目が合う。相手の目に自分の姿が収まったことに気付くと、エリサは一瞬そわりと立ち上がりかけた。慌てて自分の中で、はやる気持ちを押さえつける。
少しだけ大人の余裕を込めようとして、つん、と知らないふり。
ややあってから、窓辺に恐る恐る視線を送ると、見るからにしょぼくれた彼の姿が目に入った。自分よりも頭一つ大きい彼の背が、なぜか小さく見える。
エリサの根負けだった。立ち上がると、ランプを手にして、玄関へと近づく。
扉からひょいと顔を出して窓辺の方向へと目を送ると、ばつの悪そうな表情の近靖が、先ほどと同じ位置で立っていた。
「……遅くなりました」
その言葉を聞いて、エリサの心に再び小さな悪戯心がともる。
宵闇に溶け込む黒髪と琥珀色の瞳を見上げながら、エリサはぷうっと、頬を膨らませた。
その表情も、感情も、長くは続かない。直後にはふっと息を掃き出し、小さく笑みを浮かべながら、もう一度大切な人の顔を見上げる。
「お疲れ様です、……お待ちしていました、近さん」
まだきっと、日付が変わるまでは時間があるのだから。
少しばかり遅れてもかまわない。
楽しい時間を、今から築き上げよう。






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