おサチのこんにちは小説。 お月見しましょう! 途中でジャックのおはなしも。 Cast: 銀空様宅 みぃちゃん イリスさん(ココ君のお姉ちゃん) みそ様宅 グラヴィスさん キヴィットちゃん(オレンジ髪の少女) 猫夢様宅 うららさん 獅郎さん 斗魅様宅 フォルキスさん 壱織さん 刻人様宅 エメロさん 絢原様宅 ココ君 るる様宅 戌さん(戌耳の子供) 近靖さん・雉さん・申さん(お名前のみ) とや様宅 Kさん ジャック おサチ 街外れ、街と森とのちょうど真ん中に、古びた苫屋がひとつ。 時は朝日が東の稜線に昇る頃、その戸がからりと開いた。 「おやおや、今日はまた一段と、綺麗な朝焼けだこと。今日も無事に朝を迎えられたこと、感謝しますよ」 東の空に広がる淡い紫や赤を見上げて小さく手を合わせる、和服の背。その柔和な顔に、にこにこと人の良い笑みが浮かんだ。 「どれ」 少し曲がり始めた腰をとんとんと叩くと、老婆―――おサチは、数歩先のつるべ井戸に向かい、とことこと歩き出した。 二つの桶に水を汲むと、それに渡した棒を担ぐ。 「よっ、こい、しょ」 テンポ良く声をかけながら、肩にかけてバランスを取りながら、家へと向かう。重い水汲みも、小さいころからの日課であり、慣れたものだ。いちいち水を汲みためておく必要もないほど井戸は近いのだが、毎朝この動作を行わないと、何となく落ち着かない。 「ここは、家の前に井戸があって、嬉しいねぇ」 仕事柄、たくさんの家に足を運んだ。産湯につからせるために、水を汲んだり汲ませに行ったりする。そのせいだろうか、井戸が近いと、それだけで嬉しくなる。 「お仕事はとんと来ないけれど、ここは、暖かくて、のんびりしていて、いい所だねぇ。若い人が多いと、張合いも出るよ」 朝焼けのもとで、おサチは誰に言うでもなく、言葉を発した。 家の裏から薪と炭を持ってくると、かまどと七輪に火を熾す。火が大きくなるのを待つ間に米を研ぎ、野菜の下ごしらえをする。 火加減と料理の加減を見ながら七輪に風を送っていると、ぺたぺたと畳を歩く小さな足音が聞こえた。 「ばあにゃ、おはようにゃー……」 「はいよ、みぃちゃん、お早う。えらいねぇ、一人で起きてこられたねぇ」 「おさかにゃのにおいがしたにゃー……」 目をこすりながら、くんくんと小さな鼻を鳴らす猫の少女に向かって、おサチはにっこりと微笑みを向けた。 「おやおや、お鼻が良いこと。今日はね、しゃけさんですよ」 七輪の上でしゅうしゅうと焼ける魚を見て、みぃがちゃぶ台の前でとび跳ねた。 「おさかにゃー!しゃけさんにゃー!」 「ええ、ええ。さてさて、みぃちゃん、お顔を洗ってきたら、お箸を並べてくれるかねぇ」 「わかったにゃー!」 言いながら洗面所に駆けだす小さな背を見送りながら、おサチは鮭をひっくり返した後、立ち上がると鍋をひと混ぜした。 「戴きます」 「いただきますにゃー!」 炊きたての白米に、湯気が上る豆腐とねぎの味噌汁に、こんがり焼き色のついた鮭。ぬか床から出したばかりの、自宅の畑で獲れた野菜のお漬物。 大きいほうの焼鮭をもらい大喜びで齧りつくみぃを、にこにこと眺めながら、おサチは口を開いた。 「みぃちゃん、今日はどうするんだい」 「きょうはもりであそぶにゃー!」 「おやおや、そうかい。行ってらっしゃい。お昼はどうするんだい。お弁当さんかね」 「おべんとうがいいにゃー!」 「はいよ、はいよ。それから、夕方、よろしくねぇ」 「はいにゃ!みぃはがんばるにゃー!」 朝の時間が、のんびりと流れて行った。 食べ終えた食器を片づけ、おひつに残った米で小さなおにぎりを二つ握ると、おサチは一度腰を伸ばした。最近少しずつ曲がり始めてきたような気がして、気づいたときには背を伸ばすようにしているが、はてさて。 「おべんとうにゃー!おにぎりさんにゃー!」 みぃが赤い頭巾をかぶり、お弁当の包みを嬉しそうに手に取ると、ぴょんぴょんと跳ねるように土間へと降りる。がたがたと開きの悪い引き戸と格闘する小さい背に、ここをこうしてねぇ、と言いながら開けるコツを伝えた。 「ゆうがたまでにはかえるにゃー!いってきますにゃー!」 「はいよ、気をつけていくんだよ」 森へと駆けていくみぃの後ろ姿を見送って、もう一度腰を伸ばす。 「さてさて、早いけれど、支度をしようかねぇ」 街の市場まで向かい、必要な材料を買い込んだ。 「ふぅ、ふぅ、たくさん買いすぎたかねぇ……。でも、だんご粉が売っていて、良かったよ」 風呂敷を一つ肩に背負い、もう二つを両手にそれぞれ抱える。市場は普段、見慣れない野菜や食べ物ばかりで、和食の材料は数えるほどしかない。いざとなったら米から挽かなければならないだろうか、と危惧しながら覘いた店で、片隅に置かれた粉袋を見つけたのだ。 聞けば、やはり今日のために仕入れてきたという。 「どなたが用意してくれたのか知らないけれど、ありがたいことだねぇ」 街を出たところで、小さな切り株を見つけ、腰かける。 「ふぅ、どっこいしょ」 肩から荷物を下ろし、肩をまわして腰を伸ばす。家まではあと少し。立ち上がろうかと思ったところで、自分の横に置かれた風呂敷がひょいと持ち上げられた。はて、と顔を上げ、見知った背の高い影に破顔する。 「まあまあ、ぐらびすさん」 「婆さん、またこんな重いもん持ってたのか。腰悪くするぞ」 ふぅ、とため息をつきながら、グラヴィスが3つの風呂敷を担ぎあげる。 「……運ぶ」 「あれまあ、ありがとうねぇ。よろしければ今晩、遊びに来てくださいな。これを使って、お団子を作りますから」 「団子?」 どっこいしょと立ち上がるおサチに、グラヴィスが首を傾げた。それを見ながら、笑顔でおサチは答える。 「ええ、ええ、お月見団子ですよ。この辺りでも、皆さん、作るのかねぇ」 「いや、聞いたことがない」 「あれあれ、そうなのかい。じゃあ尚更、張り切らないとねぇ。……おやおや、ちょうど、お二人もいらしたよ」 気合を入れ直したところで、山からの道を歩いてくる人影が見えた。グラヴィスと似た姿の男性と、その背におぶわれている女性。 「あらあら〜、おサチさんとぐらびすさん。こんにちはぁ。お世話になりますねぇ」 うららが獅郎の背で、ほんわりとほほ笑んだ。グラヴィスと獅郎が互いに短く挨拶を交わし合う。 「こちらこそ、よろしく頼みますねぇ」 家までの短い道中で、団子作りの過程を説明する。面倒そうだと及び腰になったグラヴィスに、念入りに荷物を運んでもらった感謝を伝えてから、果物を持たせた。 「あとねぇ、お手伝いに来てくださる方が、二人いらっしゃるんだよ」 「あらぁ、そうなんですね〜」 ふわふわとした穏やかな空気が、苫屋に満ちる。無言で大量の粉を練る獅郎の横で、うららとおサチは竃の準備をしていた。 「たくさん、たくさん、作らないとだからねぇ」 数分後、手伝いに来た壱織とフォルキスを迎え入れた。小さな台所が、一気に賑やかしくなる。 「この粉は小麦粉か」 「いいえぇ、お米のお粉ですよ」 「あちち……これ丸めるの?ねぇチッチ婆、亀さん団子、作っても良いー?」 「ええ、ええ、良いですよ」 「…………」 「獅郎さん〜、疲れたら代わりますよぉ」 「いい。うららは蒸かすのに集中して」 「あらあらぁ〜」 「あっちー!」 「おやおや、大丈夫かい」 「……賑やかだな」 3時過ぎには、だんご作りが終わった。山のような団子と、その横に並んだ数匹の亀団子を見て、一同嘆息する。 フォルキスと壱織は一度帰ると言うので、団子を持たせて見送った。うららと獅郎は、縁側の飾り付けをしてくれるという。火を熾した序でと夕食の支度をし始めた時、家の裏でがたん、と音がした。 裏戸から顔を出すと、背負った薪を下ろそうとする一人の男性が目に入った。ちらりと視線を送られるのがわかる。 「いつも通り積んでおくぞ」 「おや、えめろさん。いつも有り難うねぇ。ちょっとお待ちなさいな」 おサチはにこにことほほ笑むと、家に一度引っ込んだ。わずかな間の後、再び顔を出す。 「これ、よかったらどうぞ」 そういいながら差し出したのは、竹の皮に包んだ団子と、深鉢にいっぱいの里芋といかの煮っ転がし。まだ鍋から出したばっかりの料理からは、ほかりと湯気が立ち上っている。 「ちゃんと食べているかい。とれたばっかりのお芋さんだから、おいしいよ」 「……ああ、こちらこそありがとう。……それじゃ」 小さく頭を下げて去っていくエメロと入れ違いに、歓声が届いた。 「待ってください、アキ君ー!」 「待たないよーだ!……あ!おばあ!」 「ばあにゃ!ただいまにゃー!」 3人の小さな影。 先頭を走ってきた、角を生やした甚平の男の子は、手にした平たい籠に山ほどの果物を。 そのすぐ後ろを走る、赤い手袋をした狐の子は、両手いっぱいにすすきを。 最後に駆けこんできたみぃは、2人を通り越して、桔梗や萩を抱えたままおサチの腕に飛び込んだ。 「おやおや、お帰り。みんな、ありがとうねぇ。さあさ、縁側に届けておくれ。おさつを蒸かしてあるからねぇ」 「やったー!」 「はーい!」 「食べるにゃー!」 元気な声が重なる。再び走り出し、ぐるりと家を回る3人の影を見て、おサチはにこにこと微笑んだ。 縁側ですすきを飾り、花を活け、里芋や果物を供える。三方に載せた団子の周りにそれらを配置すれば、本格的な月見の準備が整った。 蒸かしたさつま芋を食べながら、皆で世間話をしたり、夜の月に思いを馳せたり。そうしているうちに、近所の人や、声をかけていた人、子供たちが次々と集まってくる。 「お団子、食べるぞー!」 果物を両手に抱えて持ってきて、お団子をぱくぱくと口に運ぶオレンジ色の髪の少女。 「きび団子も好きだけど、普通の団子も美味い!ちかやすと、あと雉と申にも、持って帰る!」 目を輝かせながら団子にかぶりつく、戌耳の子供。 ココはというと、大きくつぶらな瞳をきらきらと輝かせ、獅郎をじぃっと眺めていた。 「うまぁ……” ”、い!」 「おいしいですねぇ〜」 「うん」 やがて日も暮れ始め、うららと獅郎が帰るということで、子供たちも家に帰そうという段取りになった。 「帰ら”ない”ー!おいし……” ”かった!また来”ない”ぞ!」 そうあべこべの言葉を言い置いて、ジャックは風のように走って行ってしまった。それを見送ったココが、おサチを見上げる。 「お姉ちゃんに、お団子とすすき、持って帰っても良いですか?」 「おやおや、もちろんだよ。お姉さんも、今度連れていらっしゃいな」 「はい、声をかけてみます!」 竹の皮に包んだ団子を、小さな両手に渡す。赤い手袋をしたまま大事そうに持つココに、おサチはじっと視線を注いだ。それを見たココが首を傾げる。 「どうしましたか?」 「いいえ。なんだかねぇ、お狐さんを見るとねぇ、むかーし、何かあったように思えてくるんだよ」 おサチは何かを思い出そうと、同じように首を傾げる。 「そうですか……?」 「ええ、ええ、むかーし……あれあれ、最近だったようにも思うねぇ」 「ばあにゃー、どうしたにゃー?」 二人で向かい合い、小さく首をかしげている様子を見て、みぃが声をかけた。 「いいえ、なんでもありませんよ。さあさ、坊や。気をつけて帰るんだよ」 「ありがとうございます」 ぺこり、と頭を下げて、ココが歩きだす。夕暮れ時の涼しい風が、おサチのふっくらした頬を撫でていった。 「さて、早いけれど、お夕食にしましょうかねぇ。また夜には、誰か来るだろうからねぇ」 月の下、竹林の陰。大小2つの影がかさりと動いた。 縁側には、人影はない。すすきが風に揺れ、団子に影を落としている。 「準備は良いか、ケイあにじゃ!」 「ああ、ばっちりだよ」 「これはじゅーよーなみっしょんだ!」 小声で話しながら、二人は、細い竹が作り出す陰に隠れるようにして、縁側の様子をうかがう。 「これをこう持って、団子に、ぷすっ!だ!とれたら、成功だ!」 「わ、危ないよ。釘がついているんだから」 「う?あ、ごめん……」 長い竿の先に釘がついた道具を、槍を突くように構えて振り回すジャックに、Kが慌てて避けるしぐさを見せた。 「……よーし、気を取り直して、いくぞ、あにじゃ!」 「よし!」 二人が陰から飛び出し、棒を三方に積まれた団子に刺そうとした―――その時、縁側の障子がからりと開いた。 「…………あ」 三者が同時に固まる。静寂を破ったのは、縁側に立つ猫の少女。 「……ば……、ばあにゃー、ばあにゃーー!だれかが、おだんごとろうとしているにゃー!どろぼうにゃー!」 ぴしゃんと音を立てて閉められた障子の向こうで、絹を裂くような叫び声と、走り回る足音が聞こえた。 「あーあ……これは、ミッション失敗?」 「うー……、……わかんない」 庭先で立ち尽くす二人の上に、月が煌々と輝いている。 「うーー……お月見泥棒は、確か、悪くない、はず……?」 ジャックがそう呟いたとほぼ同時に、障子が再び開いた。顔を出した老婆の表情が、にっこりと明るくなる。 「おやおや。お婆には誰も、見えないけれどねぇ」 「そこにいたにゃー、ふたりにゃー……」 「きっとね、神様が、遊びにいらしたんだよ。さあさ、みぃちゃん。お風呂が沸いたよ」 「にゃー……」 障子が閉められ、声が遠ざかっていく。Kとジャックは無言のまま、おもむろに顔を見合わせた。持っていた竿で、それぞれ団子を一つずつ刺し、くるりと背を向ける。 そのまま口も開かず竹林を抜け、森の入口に差し掛かったあたりで、Kが肩から竿を下ろした。団子を手に取り、口に運ぶ。 「…………ミッション、成功?」 「……うー……うん!」 ジャックも真似をして団子を齧り、にかっと笑った。 森や街に静けさが満ちた頃、おサチは縁側から外を覗いた。白く大きく輝く月が、庭や畑、この苫屋に降り注いでいる。 「今日も一日、幸せに暮らせましたねぇ」 手を合わせ、拝むように呟くと、音をたてないように雨戸を閉める。 障子を閉めて、床に就いた。その横では、既にみぃが小さな寝息を立てている。枕元には、きちんと畳まれた赤い頭巾が置かれている。行燈の明かりを落とすと、おサチは小さく小さく呟いた。 「ここは、賑やかで、ありがたいことだねぇ。幸せだねぇ」 お月見泥棒は、冴凪の地域ではほとんど見かけません。楽しそうですね。 参考 お月見泥棒by Wikipedia 地域資源としてのお月見泥棒 [目次] [はじまりの街 案内板](小説TOP) |