想いを抱く花

るる様の『浮世和歌12』と並行する形で、お話を書かせていただきました。
猫夢様の『特別な想い』のお話もお借りしています。


気づいた ……?



Cast:
るる様宅 近靖さん
猫夢様宅 モエちゃん
お名前のみ
みそ様宅 ジーンさん
るる様宅 ティアラさん
龍季様宅 チェスターさん

エリサ







『フリージア 花言葉:「清純な愛」
花の色によって花言葉は異なる。白はあどけなさ、黄は無邪気、赤は純潔、紫はあこがれ、淡紫は感受性を表す。
あるいは、「無邪気」「清香」「慈愛」「親愛の情」「期待」「純潔」「あこがれ」などとされる場合もある。
 球根植物であり、開花時期は―――』
花屋の前に置かれた一冊の分厚い花辞典。その頁を開いたまま、エリサは時が止まったかのように身動き一つとらず、視線を送り続けていた。
前にもお兄ちゃんがそれ見て、白いフリージアを買って行ってくれたねぇ、と花屋の店主が言う声が遠く聞こえた。曖昧に返答をしながら、エリサは顔を上げることもなく、その言葉の羅列をただただ見つめる。
―――どの、意味で、送ってくださったのかしら。
花が内包するたくさんの意味に、くらりと眩暈がした。
その中でも目立つ、一つの言葉。
「…………『あい』……」
「親愛」、「慈愛」、「清純な愛」。色や香りから連想される澄んだイメージとはまた別の、深く甘い響きを持った言葉に、エリサの目が引き付けられる。
何にするかい、と店主の声が聞こえ、ふと我に返った。何も買わずに立ち去るのは悪いかと思い、店頭と店内を軽く見回して、赤いゼラニウムの鉢植えを手に取る。
切り花よりも、鉢植えの方が、よりその花らしく生きられるだろう。根拠もないがそう考えたからだった。

外に出たついでと、夕飯の買い物を簡単に済ませる。歩くたびに、腕に大事に抱えたゼラニウムから甘い香りが漂ってきて、エリサは思わず目を細めた。
市場からの帰り道にモエを見かけて、手紙を託し、代わりに手紙を受け取った。
最後の文といっていた。その手紙に返信を送ることは、お相手にとって良いことなのだろうか。ただの自己満足にはなっていないか。
ふとその思いもよぎったが、考えを回している間に、モエは手紙を大事そうに抱え、走っていってしまった。
これでもう、退くことはできない。

新入りの鉢をどこに置こうかと考えながら歩を進めるうちに、小さな自分の家にたどり着いた。外からでも、窓辺に置かれた二つの切り花が目に入る。
荷物をうまく持ち替えて鍵を開け、窓辺にゼラニウムの鉢を置く。白いフリージアの花束と赤い花の鉢は、色合いが整って互いを引き立て合わせている。
それを眺めやりながらエリサは椅子を引き、腰かけると、そっと胸の前で両手を重ねあわせた。
暫くそのままで戸棚を開け、レターケースを取り出すと、一番上に置かれた数通の手紙を取り出して机の上に並べた。その中でエリサが取り上げたのは、宛名のない四つ折りの便箋。
初めて受け取った手紙。
かさり、と小さく音を立てて開かれたそれは、記された三十一文字を顕わにする。


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一目見し 窓辺の白鳥 儚きに
   人に恋(こ)ふらく 思ほゆるかも

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何度も目を通した一文に、もう一度、しっかりと向かい合う。
白鳥と、白い花。
恋と、愛。
窓辺の花束に目を送り、手紙に視線を落とした後、エリサは瞳を閉じた。


恋や、愛というものは、いったい何なのだろう。


手紙を置いて机に両肘をつき、顔を包み込むようにしながら、エリサは思いに耽る。

たとえば、ジーンのことを語る時の、モエの甘く切ない声。
たとえば、祭壇の前で互いを見つめあった時の、ティアラとチェスターの瞳。
それから、それから。
瞳を閉じて、思いを馳せる。
手をつないで街を歩く男女。広場や公園で寄り添いあう二人。
物語の中の、『二人はいつまでも、幸せに暮らしました』の一文。

前ならば、身近でありながら、ひどく遠いことのように感じていた、それらの感覚。

そのまま思いは流れるように、彼から告げられた言葉へと向かう。

―――最後って、……いったい、どういう、意味なのかしら……
最後の文ということは、今後手紙が届くことはないのだろう。
墨で書かれた、流れるような筆跡の手紙をもう一度眺め、エリサは小さくため息をついた。
もう、届く手紙の中から、この文字を探すことはないということか。
それは、少しだけ―――
「寂しい、な……」
ぽつりと自分の唇から零れ出た言葉。
数度目を瞬かせた後、エリサは顔に急激に血が上っていくのを感じた。
同時に頭に浮かんでくる、男性の影。
時に自信ありげに、時には柳眉を下げて、笑う表情。
ふわりと届く甘い、香水のような香り。
朴訥な、まっすぐな意思を秘めた声―――
慌てて胸を押さえると、かつてないほどに大きく胸が鳴っている。
唇をきゅ、と軽く噛んで、両頬を手で覆っても、熱は一向に消えない。それどころか、ますます熱は高まってくるようにさえ感じる。
―――これ、どこかで……
つい最近、似たような光景を見た事がある。本当につい先ほど……
必死に頭を回して、ふと思い至った。
昼間の、モエの表情だ。
“きっとね、鍵はエリサの中にあるよ”
頬を染めて、エリサの手を包み込むように握りながら、そっと囁いてくれた言葉。
まだ彼女の手のぬくもりが感じられる、自分の両手を、胸元で重ね合わせる。
「鍵が……私の、中に……」
小さくつぶやいた言葉は、静かな部屋の中へと溶けて行った。


2日間は、風のように過ぎ去っていく。
何とか意識を機織りの仕事だけに集中させて、長くて短い時間をやり過ごしてきた。
けれど、日暮れが近づくにつれて、どうしてもシャトルを運ぶ手が動かなくなった。
頭の中は、花畑や今日の服装、その他でいっぱいいっぱいになっている。
エリサは諦めて、今日の分の機織りを中断することにした。私事に気を取られて仕事をおろそかにするのはあまり褒められた行為ではないが、夢うつつのままに質の悪い布を織るよりはましだろう。
立ち上がると、いそいそと寝室へと入った。
普段の着なれたブラウスとベスト、重厚なスカートから、ふんわりとしたワンピースに着替える。鏡の前で、念入りに髪を梳かして整え、薄く引かれた化粧を少し直す。
何も持たないのは手元が寂しくて落ち着かず、手持ちの中で最も小さなバスケットを選んだ。
その中にハンカチや小物を入れ、もう一度鏡に全身を映す。
見苦しいところはないか。くるりと一度周り、スカートや髪をなびかせた。
「……うん、大丈夫、……きっと」
自分に言い聞かせるように小さくつぶやき、エリサは寝室を出て、外へと続く扉に手をかけた。
胸が大きく高鳴る。
この間の、花畑での逢瀬とは、きっと意味合いが異なる。そしてその重みも。
ややもすると止まりそうになる、震える足を必死に叱咤して、エリサは家を出て、花畑へと一人足を向けた。
誰にも会うことがなかったのが、不幸中の幸いなのだろうか。このような姿を彼以外に見られたら、恥ずかしくて倒れてしまいそうだ。
きっと頬も、真っ赤になっているに違いない。顔に血が上っているのが、頬を撫でる夏の風で気づかされる。
暫くの間黙々と足を進めて、たどり着いた花畑は、先日と同じように柔らかくエリサを迎え入れた。
背の高い花々の間を縫うように進み、ゆるやかな高低のある花畑を、目印の一本そびえたつ木に向かってまっすぐに進む。
周囲と比べほんの少し小高くなっている丘の上から、川沿いに生える木の下にいる人影が見えた。慌てて短く緩やかな坂を駆け降りたあと、一息ついて、ゆっくりと歩を進めた。
何となく違和感を覚えて小さく首を傾げ、数秒ののちに、近靖が髪を切ったのだと気付いた。同時に、心臓が小さくとび跳ねた。
まだ、近づくには距離がある。けれど。
「―――――――自分にとって、特別な花が見つかってしまったとして、…その花だけは自分の傍に置いておきたいと願うことは、……赦されるでしょうか。」
静かな凛とした問いかけが正面から届き、エリサは歩を止めた。目の前で、近靖がゆっくりと振り返る。
相変わらず彼の言葉は、エリサには少し難しい。
「……特別な、花……?」
エリサは口の中で小さく復唱しながら、首をかしげて、考えを廻した。
―――どういう、意味かしら。
謎かけのような問いだ。何かの比喩なのだろうか。
その意図を何とか汲み取ろうと、エリサはぐるぐると思いを巡らせる。
たっぷりの間の後、エリサの中で、ほんの少しだけ考えがまとまった。淡く口紅が塗られた唇を、小さく開く。
「―――もしも、摘んでしまうのでしたら、……そのお花の命は、いずれ、絶えてしまいます」
言葉を紡ぎながら、手を胸元で組み合わせる。小さく俯きがちになりながら、それでも懸命に言葉を探し、丁寧に伝えていく。
「だから、……きっと、お花にとって幸せなのは、……根から掬い上げてもらって、その相手の、鉢や、おうちの庭に、収まることだと、……思います。…………球根から咲くお花なら、なおさら」
フリージアやスズラン、ゼラニウムが、頭をよぎった。
呼吸が浅くなり、頭がくらりとする。
けれど、きちんと伝えなくては。
「その、……つまり、……きちんと、全てを、掬いあげて、……自分の傍で、真心を込めて育てるのならば、……きっと、…………赦される、と、思います」
最後の言葉を言い終えると、エリサはゆっくりと、顔を上げた。
近靖と、そばに立つ木の後ろ、暗くなりかけた夏の空に、淡く三日月が浮かびはじめていた。







ゼラニウム「愛情」「決意」「君ありて幸福」(参考→花言葉:ゼラニウム

フリージアの花言葉参考
花言葉:フリージア
フリージアby wikipedia
8月の誕生花と花言葉 モクソンネット

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