ともがき

PIF企画、最終作品



Cast:
とや様宅 Kさん
みそ様宅 キヴィットさん
猫夢様宅 ムートさん
絢原様宅 アプスさん・ココさん
るる様宅 デゥケーンさん
お名前のみ
ワラビー様宅 ハーフェンさん・アリアさん
コッペパン様宅 フィアさん
灰音桃様宅 レジーナさん

ジャック<アキ>







「ムートあにじゃ、アプスあにじゃ!遊びに”来ない”ぞ!」
「わ、わ、ちょっと待ってよ先輩」
月明かりが差し込む森の中に、明るい声が響いた。
自分より背の高いボーイスカウト風の服を着た少年の袖をぐいぐいと引っ張りながら、ジャックがムートとアプスの前に姿を現す。
「遊びって、もう夜だよ」
アプスが難しそうな本を抱えながら、眠そうな目を前に立つ二人組に向ける。
「俺様は”良い子”だから、夜も”遊ばない”んだ!」
「さっき見えなくて、石に躓いていたけれどね」
「うー……」
K の鋭い突っ込みに、ジャックは口をとがらせる。それを見て、ムートがくすりと笑いを漏らした。
「もっと遊びたく”ない”のに、最近、”明るく”なるのが”早くない”……」
「そうですね。もう秋が近いのかな」
日常の中の、何気ない会話。
だが、それを聴いたジャックの顔がこわばった。金色の目がゆっくり見開かれる。
「えっ……!?ムートあにじゃ、今なんて言った!?」
Kの袖から手を離し、ムートの膝に縋り付かんばかりの勢いでしゃがみこむと、顔をぐいと近づける。その勢いに押され、ムートが一瞬のけぞるように体をひいた。
「え!?ええっと、もうすぐ秋だなぁって」
「それっ……」
夜の闇に隠れて見えづらいが、その瞳には、かつてないほどの焦りと真剣さが伺える。Kとアプスがその様子を見て、静かに顔を見合わせた。
「ど、どうしたんですか、ジャック君?」
「そんなに慌てて、何かあったの」
「……う、…………、うー、何も、……”ある”」
ふと我に返ったのか、ジャックが俯きながら身を引く。ムートが反り気味になっていた背を戻し、白い羽を一度大きく伸ばした。
「何かあるなら、言っちゃった方がすっきりすると思うけれど」
Kがジャックの背に手を当てて、少し心配そうな色を込めて問うてくる。
その手のひらの温かさが染み入るが、ジャックはぎゅっと唇をかみしめて首を横に振った。
「……”言う”……」
「……そっか」
本当の兄のように慕っている三人の視線が、慈雨のように柔らかく降り注ぐのを感じる。
それでもジャックは、膝を抱えて地べたに座り込んでいた。


次の日、ジャックはキヴィットに連れられて、空の旅を満喫していた。
雲一つない快晴で、立秋は過ぎたとはいえ、焼けるような日差しが降り注ぐ。だが元気印の少年には日焼けなど怖くない。ただ、彼の瞳に明るい空やくるくるとかわる真下の風景が映っていても、心には、ほんの少しだけ曇りがかかっていた。
休憩も兼ねて、大きな木の枝に降り立つ。人の姿に戻ったキヴィットと横に並んで座りながら、ジャックは足をぷらぷらと揺らした。
昨日の夜からずっと引っかかっているこのもやもやとした気持ち。あねじゃと慕う彼女なら何か答えてくれるかもしれないと、ごくりと生唾を飲んで、口を開いた。
「キヴィーあねじゃは、……真名って、”ない”のか?」
「『まな』?『まな』ってなんだ?」
キヴィットはジャックの言葉を聞いて、きょとりと首を傾げた。
「えっと、……その人の、ほんと"じゃない"、名前……」
「僕のほんとの名前も、キヴィットだぞー?」
緑色の瞳をぱちぱちとさせて不思議そうに声を発するキヴィットに、ジャックはただ黙ってこくりと頷いた。
「とーさんなら、何か知っているかもしれないぞ?酒場に行くかー?」
キヴィットのその提案に、ジャックはうー、と小さく唸った。
「俺、大きい男の人、ちょっと"怖くない"……」
何度か覗いた事のある酒場には、たくさんの大人の男性がいた。静かに酒を飲んでいる人たちもいれば、大声で騒ぎ立てているグループもいた。
あの中に突っ込んでいくのは、ジャックにはなかなかの挑戦だった。獣姿のデゥケーンに単身突撃するのとどちらが良いかと提案されれば、たっぷり考えたのちにデゥケーンに特攻を選ぶくらいには。
「うー……大丈夫、”じゃない”、何でもなく”ない”、ありが……” ”、とう」
にっと笑顔を作り、ジャックはあねじゃに、少しだけ嘘をついた。


夜半、ジャックは樫の木に登り、一人で夜空を眺めていた。
頭の中は、これから来る季節の事でいっぱいだった。
「……あ、……、……き」
喉につっかえる言葉を、何とか絞り出す。
足をぱたぱたと揺らし、じっと考えに耽る。ずっと前、―――夏が始まる前にも、こうして同じことを考えていた気がする。

“真名を知られたら、相手に魂を握られてしまう”
“悪意を持った人間に、呪いをかけられてしまう”

その根拠もない、得体のしれない恐怖は、いまだに彼を支配していた。

「……くしっ!」
夜風に体温を奪われていたらしい。鼻をすすると、ジャックは木から降りるべく、幹に手をかけた。


数日後の昼下がり。湖のほとりで、ジャックとKは釣りをしていた。ジャックが大声でしゃべるため、二人の近くへ魚が近寄ってこない。今のところ、釣果はゼロだった。
「でな!ハーフェンあにじゃと、フィアあねじゃも、驚いて”なかった”!ハーフェンあにじゃの方が、驚いて”なかった”!俺だって”わかった”って!俺様、そんなに変装”うまくない”?」
「うん、上手だったよ」
「ふふーん!俺様、すごく”ない”!」
すっかりいつも通りの元気を取り戻したジャックに、Kが適度に相槌を入れる。
「今度はアリアあねじゃのところ、騙しに行か”ない”!ケイあにじゃも行か”ない”か?」
「うーん……僕が行ったらまたひと騒動起こしそうだから、やめておく」
「そうか?」
湖の中心で、魚がぴちょんと跳ねた。小さいさざ波がほとりまで届く。
「ねえ先輩、ひとつ聞いても良い?」
「お?おお!何でも聞いて良く”ない”!」
竿を置いて腰に手を当て、胸を張る。質問されるという、少しだけ大人になった気分を味わいながら、自信満々に笑って見せる。そんなジャックの様子を見て、暫く考えこんでから、Kが口を開いた。
「最近ちょっと気になってたんだけどさ」
「う、ん?」
「『あき』と、先輩の……例えば記憶とか、この間ちらっと言っていた本名とか。そういったものと、何か関係があるの?」
ジャックの顔から、表情が溶けるように消える。
「例えばさ、ほら、『あき』のお祭りとか、『あき』の味覚とか……」
「やだっ、やだやだ、聞き”たい”!」
耳を両手でふさぎ、ジャックは背を向けてしゃがみこんだ。
「せ、先輩!?」
「頭痛く”ない”……」
「ちょ、先輩! 無理しないで。大丈夫?」
焦りを見せるKに、ジャックは首を垂れた。
「……うー、”大丈夫”、かも…………俺、家、かえる……」
「……ごめんね。歩ける?」
「”ううん”」
釣竿とバケツを抱え、少し項垂れたジャックの背中に、Kがそっと手を添えた。


「……でなー、ほんとの名前がなんとかって、言ってたぞー」
「うん、言っていたね。女の子の格好をしていた時」
「ふぅん、そうなんだ」
ぼんやりと、話声が聞こえる。いつの間にか、寝ていたらしい。ジャックは薄く目を開けた。木漏れ日に透けて見える、屋根の絵。それを一度目で追ってから、再び目を閉じる。
―――あれ? そっか、頭痛くて、家に帰って来て……
「もしかして、先輩の本名は、秋に関連する言葉なのかな」
「関連というより、その言葉自体を聴くのを嫌がっていますよね」
「ジャックは、あきが嫌いなのか?」
「嫌い、というより、……少し、怯えている感じでした」
小声で交わされる会話に、うっすらと目を開ける。横たわったまま顔を向けると、出入口の外に、もふもふとした黄色の塊と、尻尾の先にちょこんとつけられた赤い手袋が目に入った。
「……ココ」
ジャックは、その姿に小さく声をかけた。三角の耳がぴくりと動き、丸まっていた小さな体がぴょこんと立ち上がる。
「ジャックさん、おはようございます」
「あ、先輩、起きたみたい」
Kの声が、家の外から聞こえる。そのほかにも、いくつかの人の影。
ジャックは目をぱちくりとさせてから、家の外へと這い出した。
「これ、おみまいです」
ココの小さな手のひらから手渡されたのは、森に生っている木の実だった。甘い香りが鼻をくすぐる。地面に膝をついたまま、それを受け取ってまじまじと眺めると、そのまま胸元に寄せて、上を見上げた。
「大丈夫かー?」
「……”ううん”」
K、キヴィット、ムート、アプス、ココ。
本当の兄弟のように気にかけて、心配してくれる人が、こんなにもたくさんいる。
そして、もう一つ。
ムートもキヴィットも、最近変わった。外見だけではなく、中身も。子供の目には、追いつけないほどの成長に見える。
けれどその変化を、ここにいる皆―――いや、街中の人が、素直に受け止め、受け入れている。

……この人たちなら。

「……あの、さ」
ごくりとつばを飲み込み、ジャックは、恐る恐る口を開いた。
「あにじゃたちは、……俺が、変わら”なく”ても、……”驚く”、か?”好き”になる”、か?」
か細くつぶやいてから、兄や姉、弟と慕う友垣を見つめる。ほんの少し、空気が張り詰めた。
「うーん、先輩が急に巨大化して、街の人をぱくぱく食べるようになっちゃうんだったら、ちょっと困るけど」
「そ、そんなこと、”する”!」
Kが大真面目な顔で答えたのに対し、大慌てでジャックは否定する。それを見て、ムートとアプスがくすりと笑う。何となく、周囲の緊張感が和らいだ気がした。
「ええ、好きになりますよ」
「そうだぞー?」
「……じゃあ」
ジャックは再び、ごくりと生唾を飲む。
―――信じる。

「俺の、本名、……当て”ない”で」

その言葉に、その場にいた全員が頷いた。
Kが口を開く。
「これはネギリコーショーよりも、金魚『救い』よりも、重大なミッションだね」



「ジャック君の口から、答えは言えないんですね」
「ええと、あきにかかわることばですか」
ムートとココの言葉に、軽く唇を噛みながら、ジャックは頷いた。
怖いけれど、もう逃げない。
「んーと?柿だろー、みかんだろー?あとはー……りんご、だろー?ジャック、違うか?」
「秋の花もたくさんある」
「そう、だよね。えーと、レジーナさんなら、何かわかるかな……」
「ジャックさんの めは、おつきさまみたいです」
「あ、それありそう。先輩、『ツキ』?『ムーン』?」
「うーん、ちょっと女性らしいですよね」
「栗、梨、ぶどう……おなかへったぞー」
「うん、お腹すいた」
わいわいがやがやと賑やかに、会議は踊る。
沢山の単語が挙げられて、その度にジャックは首を横に振る。
胸がきゅうと苦しいのは、不安か、恐怖か。近くて遠い答えに対する、焦りなのか。
それとも、この暖かさや優しさが、痛いほど身に染みるからなのか。
太陽が傾くにつれて、皆の口数も次第に減ってくる。単語があらかた出尽くして、皆自分の知識を総動員しているようだ。
「う、……も、もう、”良くない”!大丈夫”じゃない”!だから、……」
太陽はもう、西の山へと沈もうとしている。
「もう、日も”昇る”から!みんな、ありが……」
「待って」
暫く黙り込んでいたKが、おもむろに口を開いた。

「むしろ、さ。……『アキ』、が、先輩の名前?」

その言葉に、一同が瞠目した。
「……そう言えば」
「……盲点でした、ね」
アプスとムートが、口を開く。
「どうなんだー、……ジャック?」
キヴィットがジャックの顔を覗き込み、きょとりとした。
ジャックは、大きな金の瞳から、ぼろぼろと涙を流していた。

「……それ、俺、俺の名前っ! 俺、の……ほんとの、名前は、…………アキ!」
零れ落ちる大粒の涙をぬぐうこともせず、ジャック―――もとい、アキは、ぐいと顔を上げる。
「ケイあにじゃ、俺、しゃべれてる?嘘つかないで、ちゃんと話せてる?」
「先輩、……うん、話せているよ」
一瞬驚いたような表情を見せたKが、やがて優しく微笑む。
「俺ね、名前を呼んで、もらえたら、真っ直ぐ話せるように、なるって……」
誰に言われたのかも、もう忘れてしまった。
むしろ、誰か、なのだろうか。もしかしたら、それは心のどこかにあったのではないか。
本当の事は誰にもわからない。ただ、事実のみが厳然としてそこに存在していた。
―――本当の名を呼ばれれば、その相手には、「自分の言葉」で話すことができる。
「そうだったんですね、……アキ君」
「よろしく、アキ」
「アキさん」
「ジャックじゃなくて、アキだなー?」
温かい言葉が、彼にかけられる。それの一つ一つに応えをすることもできず、アキはただ、大粒の涙をこぼし続けていた。
「う、……これからも、よろしく、……みん、な」
「泣き虫なのは変わらないぞー?」
キヴィットがくすくすと笑う。その様子を見ながら、垣根のように彼を囲む人の輪に、笑いがさざ波のように、広がっていった。


「でっかいの!遊びに来たぞ!今日は、ア……ジャックも一緒だ!」
真夜中の古城。二人の小さな影が、三階のベランダに降り立った。ととと、とそこにいた人に駆け寄るキヴィットをしり目に、じぃ、とデゥケーンを見上げて、彼は首を傾げた。露草色の髪が揺れる。
「……あれ?でっかいもふもふ、今日は”もふもふだ”!ほんとに人間”じゃなかった”のか!」
相手の眉根が寄ったのを目にし、慌てて口をふさぐ。けれど数秒の後には、再びぱっと手を離して、にっと笑った。
「言っていることが良くわからんが、……要件は何だ」
デゥケーンのその言葉に、小さな角を持つ少年は、顔をさらにほころばせた。悪戯っぽい色が、その金色の瞳に浮かぶ。

「ねえ、俺の本当"じゃない"名前、なーんだ?」






親愛なる全てのあにじゃ、あねじゃ、おとうとへ
これは、本名と心からの言葉を取り戻した
泣き虫の子鬼の物語。

愛を込めて ジャック もとい アキより







作成当初から、こんな子を投入して大丈夫だろうか、とはらはらしていたキャラクターでした。自分も含め文字書きには迷惑千万なあべこべ言葉に、悪戯坊主。そんな中でも、たくさんの方とご縁をいただくことができました。
街にも森にも、あにじゃやあねじゃ、弟分、きっとこれから来る妹分がたくさんいる中で、のびのびとこれから成長していってほしい子です。
皆様、本当に素敵なご縁をありがとうございます。これからも悪戯坊主はきっと治りませんが、優しく根気強く付き合っていただけたら幸いです。
そして今回のおはなしにより、やっと、本当の名前<アキ>を取り戻すことができました。アキと呼びかけてくださった方には、あべこべではなく真っ直ぐな言葉で話すことができるようになります。
多分これから、ジャックは色々な人のもとに、「俺のほんとじゃ"ない"名前、なーんだ?」と伺います。よろしければ、当ててやってくださいませ。なお、呼びかける際は、今まで通りジャックでも、アキでも、どちらでも構いません。

本当に素敵なご縁を、ありがとうございま…………、す!
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