扉の先

るる様(@Rexlele)の
『浮世和歌10』からの流れを踏まえながら、『浮世和歌11』と時間軸的に並行する形で、お話を書かせていただきました。

『finale.』の流れもお借りしております。



Cast:
るる様宅 近靖さん
ima様宅 アンサー君
猫夢様宅 モエちゃん
お名前のみ るる様宅 ティアラさん
     
エリサ







結婚式の当日に、純白のウェディングドレスに袖を通したティアラの姿は、それは見事なものだった。
北の山の万年雪を織り込んだヴェールが、陽光にきらきらと輝く。その姿を見て、エリサは内心胸をなでおろした。
滞りなく挙式が終わり、庭先にて二人が出てくるのを待ってから、ブーケトスの時間となる。女性陣がそわそわとし始めた。エリサも、なんとなく落ち着かない気分になり、何度か教会の入り口へと視線を送った。ふと空に影を感じ見上げると、翼を持つ男性陣が空を舞っている。その視線は式場の方へと向けられているため、おそらく大切な人のために、ということだろう。良く見れば、ブーケトスを待ちわびる中に、男性の姿もちらほらと見える。足元をアンサーが駆け抜けて行った。
「ブーケトスです」
声が聞こえ、エリサは再び式場に顔を向けた。すでに入り口の近くに、人だかりができている。人の輪の一歩後ろからそっと眺めつつ、ほんの少しだけ、花束が手元に来ることを期待してしまう。
ふと家に飾られた白い花束を思い出して胸が大きく跳ね、エリサはほんの少し頬を赤らめた。
ティアラの手から、ふわりと花束が舞った。白い紙に包まれていたそれは、空でふわりと解け、花が参列者に降り注ぐ。エリサの伸ばした手にも、白いカラーが届いた。
赤いリボンが茎に結ばれている。何だろう、と戯れに手繰ってみると、どうやら2つの花が一本のリボンで結ばれているらしい。
リボンの先の相手にきゃあきゃあと笑いあったり、顔を赤らめたり、あるいは睨みあったりしている他の参列者を見ながら、エリサもリボンを急いで手繰る。
たどり着いた先には―――アンサーの姿があった。彼が加えているのは、棘のない一枝の、黄色い小ぶりの薔薇のようだ。確か、木香薔薇といったか。
「あ、エリサさん!やった、合ってた!」
そう嬉しそうに宣言すると、アンサーが花を咥えたまま、建物のほうへと走り出した。数メートルはあろうかというリボンがすぐにピンと張り、更にぐいぐいと引っ張られる。状況がつかめないまま、それでも手を離さないよう必死に、エリサも後を追う。
「あ、あの、アンサーさんっ、ちょ、ちょっと、待って……きゃっ」
ここ数日の疲れもあってか、柱の近くまで来たその時、足がもつれた。何とか踏みとどまったところで、駆け寄ってくる影が視界の隅に映る。
「え、……ち、近靖、さん…………」
そこにいたのは、先ほどまでドアマンをしていたはずの近靖だった。アンサーが尻尾をぶんぶんと振りながら、近靖を見上げる。
「ちかやすー!頼まれた通り、エリサさんとつながってる花、拾ってきたよ!はい!」
近靖が慌てたように膝をつくと唇に指をあてて、アンサーの頭を撫でて、花を受け取っている。その様子もほとんど目に入らないくらい、エリサは動揺しきっていた。
たたらを踏んだ所を見られたかもしれない、という恥ずかしさと、駆け寄ってきた彼との距離に、一気に顔に血が上る。
「お見かけしまして、……大丈夫ですか」
立ち上がった近靖に、そう問いかけられた。やはり見られていたのか。
「あ、……」
あとの言葉が続かず、エリサは小さく頷いた。
「その、……大丈夫、です。……ありがとう、ございます」
頭を下げて、その場から立ち去ろうとする。花束に結ばれていた赤いリボンが一瞬頭をよぎったが、それを処理する思考回路の余裕が今のエリサにはほとんどなかった。
「……エリサさん」
その時。呼びかけられて振り向いたエリサに、近靖が再び、片膝を折った。
エリサは一瞬肩をすくませて、ふと思い立ったような表情をした。こんがらがった思考が、すっと解けていく。
肩の力を意識的に抜くと、胸の前で堅く握りしめるのではなく、ほんの少し位置を下げて、花を持ったまま軽く両手を握った。
そんなエリサにしっかりと目線を合わせ、近靖は真剣な、神妙な面持ちで口を開いた。
「もしも可能なら、―――」



式の翌日。
エリサはいつもよりもゆっくりと起きて、ブランチのスープを煮込みながら、ぼうっと椅子に腰かけていた。
窓辺には、昨日のブーケトスでもらった白いカラーが活けてある。その横の花瓶には、フリージアの花束。
机に両肘をつき、両の掌で口許を覆うようにして2つの花束を眺めながら、エリサは近靖の言葉を思い出した。先日の花畑へ行った日の夜と、昨日の、会話。


“最後の文を、出します”

“其処に記した場所に、来て下さい。
 始めに送った、和歌の意味をお伝えします“

“2日以内には、必ず”


二日以内ということは、明日か明後日には届くのだろう。ぼうっと、窓の外を眺めやった。
―――そうだ、お花屋さんに、行かないと。
白いフリージアの花言葉の意味を、まだ調べていない。ドレスが仕上がってからと思っていたが、後片付けやそのほかの要件に何やかやと時間を取られ、気づけば式の前日の夜になっていた。
昨日の挙式が、普段着で構わないと言われていたため、少しは救われた。これでドレスコードが指定されていたら、おそらく三日三晩徹夜で機を織った後、当日は寝込んでいたことだろう。
「エリサー!お手紙だよー!」
ぼうっと眺めていた窓辺から、モエの元気な声が聞こえた。椅子から立ち上がり、窓辺へと半ば駆けるように向かう。
「ありがとう。……モエちゃんは、疲れは、出ていない?」
「んーとね、昨日はちょっと疲れちゃったけれど……たっぷり寝たから、今日はもう元気なのですっ」
昨日ヴェールガールという大役を果たしたというのに、疲れの見えない声と笑顔に、エリサは思わず心の中で賞賛を送った。エリサはお酒が飲めないため1次会で帰ることにしたのだが、その時にはまだモエは式場にいた気がする。
「そう、……良かった。……昨日のモエちゃん、素敵だったわ」
「えへへー、ありがとう!」
モエが満面の笑みを浮かべる。そして、手に持っていた手紙をエリサに見せた。
「はいっ!ちかやすから、速達です!」
モエのあどけないその言葉に、エリサは伸ばそうとした手を止めた。首をかしげながら笑顔で差し出された手紙を、かすかに震える手で受け取る。
「そく、たつ……」
「えっとね、今朝一番で受け取ったの!」
「……そう、……ありがとう。……近靖さんは、お元気そうだった?」
エリサの唇からふと漏れ出た言葉に、モエは腕を組んでうーんと首を傾げた。それを見て、エリサも今更自分の発言に気付き、顔を手で覆った。
「うーんとね、わかんない。ちかやすって、あんまり表情に……エリサ?どうしたの?」
「あっ、えっと、……その、な、なんでもないの」
そのエリサの姿を見て、モエは再び首を傾げる。手紙を両手で抱えたまま、エリサは俯いた。いつもの筆跡で書かれた、自分の文字が目に入る。その手にほんの少し力を込め、エリサは口を開いた。
「ねえ、モエちゃん、…………」
モエが、なぁに、と首を傾げた。


「人を、好きになるって、……どういう、こと、かしら……」


最後のほうは聞き取れないほどの、かすかな呟きだった。
本来なら―――年齢相応で考えるなら、聞く側と聞かれる側が逆なのだろう。だが、今このとき、先輩はモエで、教わる側がエリサであった。
目の前が、くるくると廻る思いがした。




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エリサ・ヴィルデ 様


挙式準備から昨晩まで、お疲れ様でした。
大変遅いお手紙となり申し訳ございませんが、お納め戴ければ幸いです。


先日、最後の手紙を出すとお伝えした通り、此れを節目にしたく思います。
3日後の水曜日、18時頃 花畑の一本樹の下で、貴方を待ちます。




壱岐 近靖
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受取ったこの手紙には、返信が必要なのだろうか。時間をかけてたっぷり手紙とにらめっこした後、エリサは逡巡していた。弱火のはずなのに煮立っているスープの火を消し、2つの花束を見やりながら考えにふける。
やがて決心したように戸棚に向かうと、便箋が入った引き出しを開けた。この間の雑貨屋でブライダルドールを買った時、共に購入した未開封の便箋が、一番上に置かれている。淡い桃色の地に、樹の枝に咲く濃い桃色の花のイラストが描かれた、その便箋を手に取ると、エリサは椅子に腰かけた。



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壱岐 近靖 様


お手紙をありがとうございます。
確かに、受け取りました。


水曜日の夕方、花畑へと赴きます。
先日と同じワンピースで向かいたいと思います。





エリサ・ヴィルデ

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“お会いできるのを、楽しみにしております”

その一文を書くか書かないか最後まで迷った後、エリサは書かずに筆をおいた。
精一杯頭をまわしたつもりだったのだが、どうしても、ただの事務連絡のような文になってしまう。そうならないために一文は添えたが、はたして効果はあるのだろうか。
かたん、と音を立てて椅子から立ち上がると、エリサは外出用のバスケットを手に取った。その中に手紙を入れ、エリサは入り口へと向かう。
花屋へ行く道中で、モエに会えたのなら、すぐにでもこの手紙を手渡そう。少しでも早く、手紙が届くように。
そう決意しながら、エリサは扉を開いた。







この後、モエちゃんよりお返事をいただきました。→『特別な想い』





カラー「素敵な美しさ」「清浄」「壮大な美」「乙女のしとやかさ」「夢のように美しい」(参考→花言葉:カラー
木香薔薇「純潔」 「あなたにふわさしい人」「初恋」(参考→花言葉:モッコウバラ,もっこうばら(木香薔薇)
桃「私はあなたのとりこ」(参考→花言葉:モモ,もも(桃)

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