星の花束

星祭りです。
るる様の素敵なイラストを受け、その前後を書かせていただきました。
また公式様より『流れ星をつかまえた夜』のお題をお借りしました。



お借りしたお子様の、ねつ造や妄想が含まれている可能性があります。
誤字脱字等、ありましたらご連絡いただければ幸いです。



Cast:
るる様宅 近靖さん
お名前のみ 銀空様宅 レスターさん

エリサ







「……わぁ……」
普段とは様子を一変させた街並み。街の至る所には星や月をモチーフにした飾りが施されている。家々の軒先には、星のランプが吊るされている。夜のとばりが下りる頃には、淡い光を放ちだすのだろう。
広場や道々に軒をそろえる屋台からは、お菓子や果物、花々の甘い香りが漂ってくる。
「すてき、ですね」
エリサは上気した顔を少しだけほころばせながら、広場の様子を眺めていた。


数週間前から立て続けに舞い込んだ、機織りの依頼。そのほとんどに、夜空や星明りをイメージしてほしいと具体的な注釈がついていた。
星祭りに間に合うように。
山のような依頼にてんやわんやしながら、それでも懸命に機を織る。
それらすべてを納品し、やっと落ち着いたときには、星祭りが目前に迫っていた。

そこから、一着の服を仕立てた。
街の外に広がる草原の若草色と、そこに流れる川の水色。
胸元のリボンは、川に流れていた一本の黄色いカンナの花から。
袖とスカートをふっくらと膨らませた、いつもよりも薄手のワンピース。
星月夜よりもむしろ、花畑が似合う服だとは自覚している。
夜をイメージした、ふわりとしたロマンティックな衣装にも憧れたが、今回は見送った。連日の依頼で布を染める為の素材が少なくなってしまったし、何より、自分にはまだ早いと思っていたからだ。
夜は恋人たちの逢瀬の時間。星の形のカンテラを手に携え、二人きりのひと時を。
買い物に出た時に見かけた、一枚の広告。デザインを考えていた時にふとそれを思い出し、顔が一気に熱くなったのを覚えている。
まだ、まだ自分には、早い。……きっと。

星祭り、当日。
前夜からの賑わいは日が高くなるとともに更に勢いを増していた。
普段は人通りが少ないエリサの家の前の道を、たくさんの人々が行き交う。
そんな中で、エリサは普段通り機織り機に向かっていた。一昨日になって、急きょ依頼が一つ入ったのだ。
元々人ごみは苦手なこともあり、外の賑わいに時折眼を遣りながら、静かに機織り機と向かっていた。
急ぎの仕事を終えたのは、夕方だった。手早く布を巻き取り、出かける準備をする。
いつものシンプルなブラウスとスカートのまま、すぐに出かけようと思ったが、扉に手をかけたところで思いとどまった。
外には、思い思いに着飾った人々が歩いている。
世間はお祭りなのだ、少しだけ、おしゃれをしても構わないだろう。
そう思い、寝室に引き返すと、先日仕立てたばかりのワンピースを手に取った。普段はスピナッチグリーンやボルドーのような深い色合いの服ばかり着ているためか、鮮やかなパステル色に身を包んだ自分が、どことなく別人のように感じられた。
髪を丁寧に梳き、少しだけ考えて、たっぷりとした胡桃色の髪を両手でひとまとめにしてみた。そのまま高さを変え、位置を変え、鏡の前で試行錯誤をした後、ハイアップに定める。
先日「ブルーハウス」という雑貨屋で買った、小さな銀の星のチャームがついたヘアゴムで、一つに束ねる。それとおそろいの星のヘアピンを、前髪へ。
鏡に映った、いつもと違う装いの自分。派手ではないか、目立ち過ぎないか、少しだけよぎる不安と緊張を振り払う。星のチャームが、ちゃり、と小さく音を立てた。
少しだけぎくしゃくしながら寝室を出ると、机に置いてあった小さな外出用のバスケットと、依頼の布を抱え持った。昼の喧騒は夕方に入って少しずつおさまり、代わりに外を歩くのは、男女の組が多くなったように感じた。その手には、カンテラが。


―――たくさんの人が出歩くのならば
―――あの方とも、お会いできる、かしら。
ほんの少しだけ、胸によぎった想いに、どきりとした。


昼間にも、星は流れているという。
その中のきまぐれな流れ星が、願いを拾い上げたのだろうか。


人込みを避けるように細い道を通りながら、何とか依頼先の仕立て屋へとたどり着き、品物を納品した。
謝礼を固辞すると、代わりにともらったのは、小さなカード。見ると、星のランプとの引き換え券、と書かれている。発行元には、レスターという署名と、あの雑貨屋の名が書かれていた。
少しだけ胸がときめいた。ここに来るまでにも、すれ違う老若男女の手に吊るされていた、あの淡い光を放つランプの事だろう。
カードを裏表に反しながら、仕立て屋を後にする。広場からは少し離れているこの通りにも、たくさんの人や屋台が出ている。
星のランプの引換場所はどこだろうか、そう思いながら小道を歩き、広場と家をつなぐ大通りへと足を踏み出した。
そこから広場の方角へと体を向けようとしたとき。
どん、と籠に衝撃を感じた。勢いで籠が、後ろへと引っ張られる。
「あっ、あの、ご、ごめんなさいっ……!」
反射的に謝罪を口にしながら、顔を上げて振り返る。そして、目の前に立つ背の高い男性の姿を見て、―――固まった。
水色の浴衣に、深い藍色の羽織物。真夜中の星空のような、光沢のあるストール。白く小さなドットが入ったハット。普段の装いとは違うけれど、何度も顔を合わせた関係だ、すぐにその人とわかった。
相手も動揺からか、それとも別の理由からか、驚いたような表情で動きを止めている。
「エリサさん、……ですか」
相手が、いまだ現実を信じられないといった表情で、エリサに声をかける。聞き覚えのある声に、小さく頷く。
「こ、こんにちは、…………近靖、さん」
相手の名前とともに、詰めていた息を吐き出す。カードを手にしたまま、両手を胸の前で握りしめた。
目を落とすと、帯が目に入った。黒地に、何かの紋様が描かれている。不躾とは思いながらも、その柄が気になって、じっと目を凝らした。つるが複雑に絡み合ったような、渦巻きや曲線のオリエンタルなデザイン。唐草模様と言っただろうか。
いつもに増してしゃれこんだその姿に、目を奪われた。色合いも柄も、黒髪や整った顔立ちにしっくりと来ている。衣装全てから、センスの良さがにじみ出ていた。
暫くの無言の後、しびれを切らしたように、ぽつりと近靖が呟いた。
「その、……丁度、貴方の家のほうへと、向かっていました」
それは、どうしてですか。聞きたくなる心を、必死に押さえつける。
「エリサさんは、どちらへ」
「……あ、あの、私は、……仕立て屋に、納品した、帰りで、…………その、星の、ランプ、を……」
語尾がどんどん小さくなっていく。最後は消えるように、探しています、と呟いた。後の言葉が継げず、エリサは黙って引換券を見せる。
近靖は何事かを考える様子を見せると、エリサをまっすぐに見つめて、口を開いた。
「広場の先で、ランプを売る店を見かけました。きっとそこでしょう。……案内します、ついてきてください」

人ごみに流されそうになりながらも、大股で前を歩く近靖の背を、数歩離れてついて行く。歩幅の違いもそうだが、ただただ気恥ずかしくて、横に立って並んで歩くことができない。
どくん、どくんと心臓が高鳴る。顔が火照るのは、人ごみの熱と、太陽の熱のせいだろうか?
近靖は時々振り返ると立ち止まり、エリサが追い付くのを待ってくれる。ただ、また歩きはじめると、少しずつ距離が開いてしまう。そんなことを何度も繰り返し、やっとの思いで広場までたどり着いた。
そして、祭りに賑わう街の様子を目にしたのだ。


日が暮れる前の最後の一儲けと、屋台の面々はこぞって呼び込みをかけている。流星群が見え始める時間になったら、家や屋台は全て灯りを落とし、静かに星の輝きを楽しむからだ。
ひときわ甘い、砂糖が融ける香りに、エリサはふと気を取られた。顔を向けた屋台には、小さな棒付キャンディーが並んでいる。丸や四角、何らかの動物をかたどったもの、いくつもの種類がある。その中でひときわ異彩を放っていたのは、星型の飴だった。
半透明の飴色が、徐々にともり始めた屋台のランプの明かりを拾い、一斉に輝いている。
街に降り注いだ流れ星を集めてきたような、幻想的な光景
「…………綺麗……」
足を止め、その様子をしばしの間眺める。
お嬢さん、いかがかね、と店主から声をかけられて、ふと我に返った。
「あ、えっと、私は」
そうだ、案内をしてもらっていたのに、立ち止まっている暇はない。店主への断りもあいまいに、向かう先に再び振り返ろうとする。すると、数m先でこちらを振り返る近靖の姿が目に入った。
「どうされました」
近靖が、引き返して横に立つ。途端に、頬が熱くなるのがわかった。隣に立っていたら聞こえてしまうのではないかと思うほど、心臓が、大きく高鳴り始めた。
「あ、あの、ごめんなさい」
「いえ。……これは、飴細工ですね」
近靖の言葉に、小さく頷く。
「…………この、お星さまが、とても、……綺麗、だな、と」
いかがかね、と再び店主の声がかかる。誘惑に負けて一本を手に取ろうとしたとき、一瞬早く、近靖の手が伸びた。慌てて、出そうとした右手をひっこめ、胸の前に留め置く。
「これですか」
少し背を曲げるようにしながら、棒付の星を人差し指と中指に挟み、エリサの目の前に掲げて見せる。
エリサは空色の瞳を数度瞬かせると、顔をほころばせた。
「素敵……」
つと顔を近づけ、星の内包する光を見つめる。ランプの光が揺れるたびに、星も瞬くようにきらめく。しばしの間、その美しさに目を奪われていた。
ふいに、左手の包帯が目に入った。続いて、藍色の羽織と水色の浴衣。
飴を近靖が持っていてくれたことと、その相手との距離の近さに、遅まきながら気づいた。
頭がくらりとした。
それに気づいたかどうかはわからず、近靖が、店主に向き直った。
「すみません、この女性に、星の飴を5本ください」
「えっ……?」
聞こえた言葉に、近靖と店主、そして眼前の飴細工に視線を送る。
何と声を発すればよいのか、考えあぐねてまごまごとしているうちに、早くも目の前の二人は商談を取り交わしていた。お金が店主の手に渡り、5本の飴が近靖の手に渡る。あっという間の出来事だった。
「エリサさん。……どうぞ」
5本の飴をまとめるように持ち、近靖が手を差し出す。それを受け取っても良いのか逡巡し、エリサは胸の前で両手を握りしめる。
「あ、あの、えっと、……そんな、買っていただくなんて、申し訳ない、です」
「……いえ。……よろしければ是非、受け取ってください」
その花束のような星の棒付飴と、近靖の真剣な表情を、交互に見やる。ややあって、エリサは震える両手を伸ばした。
星の花束が、手渡される。
全身の血が顔と頭に昇っているのではないかと思うほどに、頬が熱い。
「あ、……ありがとう、ございます」
一度目を伏せ、次にしっかりと相手の目を見て、口を開く。
胸元に引き寄せたキャンディーから、甘い砂糖の香りが届いた。
「……喜んでいただけたなら、幸いです。……星のランプ、でしたね。行きましょうか」
「…………はい」
二つの影が、動き出す。







カンナ「堅実な未来」「永続」「情熱」「熱い思い」「若い恋人同士のように」
(参考→花言葉ラボ カンナ
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