禁足と儚む | ナノ
※R18
※監禁
※大学生パロ


 じゃらり。鼓膜に響く金属音。
 学校の授業を終えたその足で帰宅すれば、ドアを開けたそばから室内に入り込む冷たい外気に、出迎えてくれた男がふるりと身を震わせるのがわかった。それでも、冬には心もとないスウェットに上下身を包んだその男は、幼さの残る顔で白い歯を見せてくれる。
「おかえりっ」
 彼がかけてくれるその一言で気分がどんなに高揚することか、それは誰の想像も及ばないほどのものなのだ。
 財前は「ただいま」と返事をすると、あまり身長の変わらないその前髪の下りた頭をくしゃりと撫で、靴を脱ぎ部屋へと上がったのだった。



 出会いは、記憶も薄れるほど昔のことだった。まだ互いに片手にラケットを携えていた頃の、純に球を追い汗を流していた時の話だ。
 少ない機会で話を交わせば存外に気が合って、その少年が大人びた横顔に似合わぬ幼い笑みを浮かべるのだと気付いたのは、初めて髪を下ろしたところを見た時のことだった。勇ましく整えられたリーゼントを解いた彼は、人の中心となって皆を引っ張ってゆく強かさよりも、自分と歳を同じくする一介の幼い少年らしさを感じさせた。その時にはもう既に桜井雅也という男は財前の心の中に巣食い、そしてそれは物理的な距離が開けば開くほど、得体の知れない仄暗い感情としてわだかまるようになっていた。

 この春、大学生になるに伴い、中学、高校と続けたテニスに別れを告げた財前の心には、ぽっかりと穴が空いていた。しかしそれは長年を共にした競技への別れの寂しさや辛さだけではなくて、何よりも、桜井と自分を繋ぐものがなくなってしまったことに対する空虚感だった。
 ただ何故か焦燥は湧いて来ず、それはそのまま行動となって現れることとなる。
 大学進学と同時に上京することに決めた財前は、同じく自分の夢に向かってテニス競技に別れを告げ進学を選んだ桜井に、ルームシェアをする話を持ちかけた。一人立ちをするにはいい機会だとにすぐに快諾し自分との生活を楽しみだと電話口で笑ってくれた彼に、一方の財前はというと歪な笑みを唇に浮かべることしか出来なかった。

 最初の一ヶ月は大変だったものだ、と財前は我ながら振り返る。
 ようやっと引っ越し後の作業も落ち着き、それぞれがそれぞれの学校にも徐々に慣れ始め、これからバイトでも始めようか、などと桜井が口にしていた時のことである。
「桜井」
 名前を呼べば、相も変わらず髪の毛を後方に撫でつけた桜井が、ローテーブルに求人雑誌を広げ座ったままこちらを振り向いた。口角のくっと上がった唇でこちらを窺う様は愛らしい。将来に、未来に夢と希望の溢れていることだろう桜井の――相手は友人としか思ってくれていないだろう男の自由を、これから自らの手で奪うのだと思うと痛切さで一杯になったが、それは決して罪悪感からくるものだけではないと財前はわかっていた。興奮に熱く膨張した肉が、大量に開けられたピアス穴を圧迫する。
「悪いけど、バイトは出来へんよ」
 へ、と、呆気に取られたような声が返ってくるより先に、財前は桜井の目の前に、後ろ手に持っていた『それ』をちらつかせた。
 じゃらり。無機質な金属音が、沈黙の下りた部屋に響く。
 何を言い出したのかさっぱりわからないとばかりに小さく首を傾げた勝ち気な男の目に浮かぶ困惑に、財前は自分の口角が嫌にひくつくのを感じた。抑えきれない感情が、行為となって暴発しそうになる。
「つけよか」
 気持ちを諌めながら至ってぶっきらぼうに呟いたつもりが、その実僅かばかりに息は上がっていた。
 動揺に目を丸くさせ声を上げることすら出来ないでいる桜井にゆっくりと近付き、その右足首に手をかける。ぐ、と強い力で掴めば流石に何事かと慌て始めた桜井が「財前、なあ、どうしたんだよっ」と訝し気な声を上げるが、財前は形良い唇を歪に変形にさせるのみで返事をしない。
 浅く速くなる息を落ち着かせるように一つ小さく深呼吸をして、その足首に枷をつける。趣味でもあるインターネットで見繕って購入したそれは思っていたよりも本格的なものであり、重さも十二分にあるし鍵も付いている。施錠して、鎖の余った部分を棚の脚部分に巻き付けてそちらにも鍵をかければ、丁度この部屋程度が距離ぎりぎりである鎖に、同居人の男はいとも簡単に繋がれてしまったのだった。
「へ……これ、何。財前、」
「何って、鎖やけど」
「そんなの、見りゃわかるし」
「せやったらええやん」
「いや、意味わかんねぇよ」
「意味、……」
 同居人にして友人だと思っていた男の突然の行動が心底理解出来ず、恐怖すらその目にちらつかせ始めた桜井の言葉を、財前は小さく繰り返す。
「桜井のことが、好きやからかもしれへん」
「……は、」
「あー……せや。俺、好きみたいやわ」
「意味、わかんねぇし」
「わからんでええねん。やって俺かてわからへんもん」
 そう言って小さく笑った財前は、ぺたりと座り込んだまま動けずにいる桜井の頭に向かって手を伸ばす。整えられた髪をぐしゃりぐしゃりと撫で回せば、あの日からもうずっと目に焼き付いて離れない、髪を下ろし幼さの増した顔がそこにはあった。
 高揚感に思わず大きく息を吐けば、ついに何か狂ったものを見るかのような目をした桜井が、その手を振り払おうと身を捩る。しかしその拍子、じゃら、と重たげに鳴った金属音にぞっとしたような顔になると、すぐに窺うような視線をこちらに向けてきた。冗談や悪ふざけか何かだと財前が舌を出してくれるのを、まだ期待しているかのような表情にも見える。本当にそうだったならばよかったのに、と他人事のようにぼんやりと思いながら、財前はゆるゆると目を細めると、桜井の頭からそっと手を離しては唇を持ち上げた。
「改めて、これからよろしゅう頼むで」
「……ま、てよ、意味が、」
「しつこい。意味やらわからへん言うとるやろ」
 半ば疎ましげにそう吐き落とせば、こちらを見上げてくる桜井の喉がこくっと鳴る。
 平素の勝ち気な態度の片鱗もない恐怖に苛まれつつある表情に、財前は、どうしようもなく自身が昂ってくるのを感じた。このまま吐き出してしまいたい――そんな劣情が湧き上がってくるのを、しかしその時ばかりは我慢して、そのまま何も言わずに日を過ごし、朝を迎え、そして桜井ただ一人を家に残して、財前はいつも通りに学校に出向いたのだった。
 逃走を図られたり外部に連絡される訳にはいかないのでトイレにすら満足に行けないような距離ほどしか鎖を伸ばしていなかったせいで、帰宅すると、嗅いだことのある異臭が鼻をつんとついた。無機質な蛍光灯だけが付いた部屋で茫然と床を見つめている桜井の視線の先には、黄味がかった水溜まりがある。しゃがみ込んで「しゃあないな」とそれを全て処理してやるその間、普段はあんなに饒舌な桜井が一言も声を発することがなかった。
「財前、……お、ねがいだ。俺が何かしたんだったら、謝るから、……だから、これ、取ってくんねぇ」
 やがて、怯えた目でこちらを見上げてくる桜井に、財前はまたも自らが反応するのを感じる。
 深く息を吐き、しゃがみ込んで、その黒い瞳を見つめる。自分だけを映す一重目蓋に縁取られたその目からは、未だ光は失われていない。
「嫌や」
「な、んで」
「やって別に、俺何かに怒っとったりするわけやあらへんもん」
 吐き落とせば、ふるりと肩を震わせた桜井が「嫌だ、嫌だ嫌だ」と恐怖に取り付かれた幼子のような声を上げ始めた。
 しゃあないな。再び同じ文句を口にし、財前はコンビニから買って帰ってきた揃いの弁当を割り箸と共に彼の前へと差し出す。だが、受け取るどころかぎゅっと口を噤むとついにぼろりと大粒の涙を零した桜井に、財前は弁当を放り出すと、その額に優しく唇を押し付けた。しかし、ちゅ、と場違いな程に甘やかな音が響いた次の瞬間、強く突き飛ばされる体。床に激しく打ち付けた背中は痛く、上体を起こして加害者の様子を窺えば、は、は、と短く息をつきながらぼろぼろと情けなく涙を溢れさせる男の幼い顔が、そこにはあった。

 そんな日々が三、四日も続けば学校に出てこない彼を不審に思う者も出てこようというもので、鳴動する彼のスマートフォンを常に持ち歩くことにした財前は、その度に電話口に向かって「桜井は体調不良でしばらく休みます」などといった稚拙な嘘をついていた。訝しがられてもおかしくはない文言だが、幸か不幸か、まだ学校が始まって一ヶ月も経っていないのである。いくらフットワークが軽い桜井といえど本格的に仲の良い者は出来ていないだろうし、それを見越した上で財前は、自らは桜井の旧知の仲である同居人だと告げて、それらをかわしていたのだった。いつまで通用するかはわからないが、それまでに桜井を自分の手中にしてしまえばいいのだと、そんな安易な考えの元に動いていた。
 帰宅すれば相変わらず、財前が不在の間にどうにか鎖が取れないだろうか、部屋から出てせめてトイレに行くことくらいは出来ないだろうかと暴れたような痕跡と、そして叶わず漏らした後がそこにはあった。それを黙々と処理し、散々足枷を引っ張ったり捩ったりした為に出来たのだろう足首の傷に消毒を施し包帯を巻いてやる。やがて夕飯をその口に持っていってやれば、断固として開いてくれず拒絶された。そんな日々が続けば、桜井がみるみるうちに疲弊していくのも当然のことであった。
 せめて水分くらいは摂取してもらわないと困ると水を差し出せば、どうせそれも垂れ流すだけになると思っているのか知れないがついに取ってくれなくなったので、ほとほと困った財前はとうとう『薬』に頼ることにした。これもまたインターネットから仕入れたものだが、睡眠薬の類いであるらしいそれを通常の容量の三倍程度小瓶から出し、自らの口に水と共に含みそのまま唇を奪えば、憔悴のせいか存外に簡単に口を割り開いてくれた桜井は、財前の流し込んだそれをすぐに嚥下してくれた。その流れで、初めての彼の唇を貪るようにして味わえば、気分は最高潮を迎える。財前の胸板を力を振り絞るようにして叩きながらも、鼻から抜ける声の抑えきれなくなり始める桜井に、財前はようやっと顔を離してやるとその唇をぺろりと舐め上げた。
 肩を上下させながら、しかし未だこちらを睨んでくるほどの精神力の残っているらしい桜井に、財前は口角を吊り上げる。しかしそれも束の間の話で、やがて薬が効き始めれば座っていることさえままならなくなったらしい桜井はふらふらとその身を揺らし始め、焦点の上手く定まらない目でこちらを見上げてきた。
「たすけ、たすけれ、ざいぜ、……」
 上手く呂律の回らなくなった舌でそれでも必死に助けを乞うてくる桜井に、自身の脈拍が速くなるのを感じながら、財前は小さく左右に首を振る。丁度都合がいいとばかりに一々口移しでコンビニ弁当を食べさせてやれば、抵抗する力さえなくなっていった桜井は徐々に素直にそれらを咀嚼してくれるようになった。
 やがて、薬による眠気のせいかほとんど意識を混濁させた状態で茫洋と床に目を落としている桜井に、今なら大丈夫だろうと踏んで一時的に足枷を外してやる。今自分がされていることを理解しているのかどうかさえ定かではない桜井に、財前は小さく笑むと「風呂入ろか」とその体を抱きかかえ、小さなバスルームへと向かった。ほとんど身長も体重も変わらない彼は重くないと言えば嘘になるが、ここ最近の不摂生のせいで確実に痩せただろうその体は、以前よりも骨ばっているように感じられる。
 汚物で汚れた服を脱がし、浴槽に溜めておいた湯に二人揃ってゆっくりと浸かれば、茫洋とした視線をこちらに向けたままの桜井が浅い呼吸を繰り返しているのに気付いた。どうしたのだろうかとその体を抱き込む手を緩めてやると、「くるしい」と一言呟いたきり突然こちらにしなだれかかってきた桜井は、唐突に吐瀉物をバスルームに撒き散らすと、間もなく意識を失ってしまったのだった。
 消化しきれなかったのだろうコンビニ弁当の残骸が撒き散らされたタイルを見つめながら、財前はこきりと首を回す。それでも、自らにもたれかかってきた状態のまま目を閉じ、汗と湯にまみれた顔に髪の毛を張り付かせている桜井の火照った姿は、ひどく情欲を煽るものでしかなかった。
 財前はその日ついに、桜井を自らの欲で穿つことに決めた。
 意識を失っている為に抵抗してこないのをいいことに、湯の中で後孔を勝手にほぐし、そのまま挿入する。当然ながら男のものなど初めて受け入れるのだろうそこはきつく締まっており、無理矢理何度も腰を動かせば、眠りの中でも痛みを感じているらしい桜井が、時折呻き声と共にひくんひくんとその体をひくつかせるのがいじらしく可愛らしかった。ぴくぴくと目蓋を痙攣させつつ「ぅ、……ぁ、…ぁ、っ」と悲痛な声を漏らす姿には尚のこと煽られ、結局しばらくそんなことを繰り返していれば、湯に赤黒い液体と白濁した粘液が浮かび溶け合い、それと同時に生臭さを伴った錆びた鉄のような臭いが立ち込めることとなった。

 それから、どのくらいそのような生活を繰り返したか知れない――体感的にはそこまでのものになっているが、カレンダーの日付的にはまだ二ヶ月目である。
 その途中途中で、思い出したかのように暴れる桜井に薬を飲ませてはその身を穿つといったことを繰り返す一方で、それ以外ではいたって優しく接し甲斐甲斐しく世話を焼いてやっていれば、そのうち桜井の精神状態にも変化が見えるようになった。
 以前は帰って来ても何の反応もなかったのが、ある時から少しずつ、財前の帰りを待っていてくれているような素振りを見せるようになってきたのだ。
「財前」
 その日も同じように帰宅すると、あの日からまともに話しかけてくれることさえなかった桜井から不意に名前を呼ばれ、久方ぶりに聞くその清涼な声音に、財前は一人心臓を高鳴らせた。
 顔を向ければ、鎖に繋がれたまま床にこてんと横たわり、こちらをじっと見上げてくる桜井と目が合う。昨晩この手で洗って乾かしてやった黒茶色の髪の毛が、さらさらとその顔に前髪を作っている。そろそろ切ってやってもいいかもしれない――そんなことを考えつつ、財前はただ黙って彼の二の句を待った。
「ざいぜん、……」
 繰り返される自分の名前に、財前はこくりと唾を飲み込む。
「何や」
 努めて優しくそう声をかけ、視線の高さを合わせるようにしてその隣に寝転がる。すると、ほんの僅か身をふるりと震わせた桜井が、小さく「おかえり」と口角を持ち上げるのが、財前の視界一杯に入ってきた。
 あまりに突然のことに何が起きたのかわからず、財前はみるみるうちに目を見開いてゆく。
 ただ、あれほどまでに焦がれたその幼さの残る笑みを久方ぶりに見ることが出来て、自分がそれを奪ったということも忘れて、財前は自身の眦に熱いものが浮かんでくるのを感じた。
 手を伸ばし、ゆるゆると抱き締めて、回した腕にぎゅっと力を込める。随分と痩せた体から感じるごつごつとした骨の感触に僅かばかりの罪悪感とそれ以上の興奮を覚えながらも、しかし財前は噛み締めるようにして桜井の温もりを自らに伝えてゆく。
「くるしい、ざいぜん」
 そう零してくれるだけで、この上なく満たされた。
 しかしこちらを見上げてくれる男の黒い瞳には、もうあまり光は宿っていない。これが俗に言う『ストックホルム症候群』というものなのではないかと思い至ったのは、自らの腕の中で桜井が眠りについてからのことだった。
 しかし――仮初のものでも構わないと不毛な行為に及んだのは、紛れもない自分なのだ。そんなふうに笑う財前の形良い唇は、しかし今ばかりは歪なものではない。
 その日から、桜井の鎖はこの1LDKの小さなアパート部屋一杯にまで延長されることとなったのだった。

 

 そんな日々が続くこと、早くも三ヶ月目になる。
 相変わらず桜井は鎖に繋がれたままこの家以外の自由を与えられておらず、彼の家族や友人たちに事が露見するのもそろそろだろうと財前は考えている。
 だが、それでも今の桜井はもう、完全に自分の手中にあると言っても過言ではないだろう。
「財前。今日、遅かったな」
「おん。補講やったんや」
「、そうかよ」
「寂しかったんか」
「……うー。まあ、少し?」
「桜井はほんま素直やな」
 俺と違って。そう付け加えてくしゃりと頭を撫で回せば、くすぐったそうに細められる目にこちらも同じようにして目尻にしわを刻んでしまう。
 相変わらずのコンビニ弁当は、しかしもう財前が口移しをすることなくとも自身で食べてくれるようになった。そしてそれだけではなく、財前が行為を望めば、桜井はそれにいつ何時でも素直に応じてくれる。無理矢理に及ばずとも、今では共に快楽に落ちることが出来るのだ。
 ただ、そんな今の桜井には、きっとあの時とは違った類いの恐怖が渦巻いてもいるのだろう。財前を満足させることが出来ないが為に見捨てられてしまえば、自分はこのまま、こうしてここで野垂れ死んでゆくほかにない。そんな思いに囚われているからか、今では桜井のほうから必要以上にこちらに迫ってくることさえあった。
 純粋で普遍的な『愛』を向けられるに相応しいことをしていると思ったことはないが、そんな恐怖のちらつく桜井の目を可哀想に思い、財前のほうも必要以上に優しく優しく彼に触れるようになった。普段誰にも口にしないような甘い言葉を囁くのも彼の心を溶かし解してやる為だけで、またそれは偽りなき本心でもある。
 そしてそんな言葉を聞くその度に、火照る顔と体を汗にまみれさせながら安心したように白い歯をちらりと見せては「俺も」と答えてくれる桜井に、財前は、自分が長年抱いてきた思いが満たされてゆくのを感じた。
 行為を終え、その細くなった体を抱きすくめながら、一枚の布団に横たわる。桜井が身動ぎをする度にじゃらりと鳴る金属音は、二人にとっては最早日常と化していた。
「なあ、桜井、」
「んー」
 散々ないてくれたせいですっかり掠れてしまったその声を愛しく思いながら、財前は言葉を紡いでゆく。
 桜井は下ろしていた目蓋を重たげに持ち上げては、ぱちぱちと瞬きを繰り返しつつこちらを見つめてくる。そんな彼の額に自身の額をぴたりとくっつけてやれば、当然のように熱を感じることが出来た。ただそれだけで幸福に満たされる今のこの状況は、普遍的に好き合ったもの同士が行うものと何ら変わりない。
「俺、桜井のことが好きや」
「おう、」
「自分のこと、もっともっと知りたいねん」
「おう」
 こんなにも感情を素直に吐露出来るのは桜井の前だけだと、財前は腕に込めた力をより一層きつくさせた。
 まるで酩酊している最中であるかのようなこれまで全ての行為を、果たして自分はこれから先も続けてゆくのだろうか。深みに落ちてゆくかのような持て余した感情を、このまま抱き続けてゆくのだろうか。
 考えても仕方のないことを巡らせた財前は、それを振り払うようにして桜井の額に、鼻先に、頬に、なぞるようにして唇を落としてゆく。よもや一人の人間の自由と尊厳を奪っている男のすることではないだろうその行為は、まるで普遍的な恋人同士が行う愛情表現のようであった。
「俺も、財前のこと、すきだぜ」
 小さく笑みを含ませつつ桜井が零した言葉に、財前もまた深く安堵する。
 ずっとこのままでいられるなどとは思っていない。それでも財前は、歪な形から始まったこの『恋人ごっこ』のような稚拙な行動に、今はただ満足していた。桜井の瞳が自分ただ一人だけを映し出してくれているということに、確かな幸福を感じていた。
 ただ、今はその目にはもう、勝ち気で明るく人々を先導する前向きな彼の色は、ほとんど残ってはいない。
 ――それが、身も心も自分に捧げてくれている証だというのならば、それ以上に喜ばしいことはないのに。
 赤いランプが明滅するのが、カーテン越しの午前三時の窓ガラスに、ちらちらと光った。


イメージソング:いろは唄/鏡音リン

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