星を食むこども | ナノ
※R15
※死
※いつにも増して胸糞悪い話






深夜

 彼女が星を、吐いている。
「きれいだね」
 淳は漠然とそう思い、そのまばゆさに目を細めた。





 「ね、ね、淳!明後日オフだし買い物付き合ってほしいんだけど、だめ?」
 そろそろ暗唱出来そうなくらい読み返した、お気に入りの文庫。しかし視線を落としているのは振りだけで、淳の長い前髪の向こうの瞳はいつだって彼女を見つめていた。今まさに彼女の存在に気付いたとばかりにゆっくりと顔を上げ、いつものようにその唇に静かな微笑みを湛える。内心でぐらぐらと火を灯し続ける心臓を鎮めるように、淳は小さく首肯した。
「うん、いいよ。柳沢」
 淳が答えれば、元々快活な笑みの浮かべられていた彼女の顔がより一層華やぐ。きらきらと目は輝き、その頬はほんのりと紅潮していた。それが今、自分だけに向けられているのだ。現実に酔うには、十分だった。
「やった!ありがと淳!へへ、デートだーね」
「ふぅん。荷物持ちの間違いじゃなくて?」
「む、じ、じゃああたし持つから!だから淳来て、お願いだーね」
 淳の腰掛ける椅子の隣に屈んでは上目で懇願するように手を合わせる柳沢の姿に、淳は込み上げる笑みを堪えるのに必死だった。
 自分の為だけに染められる頬。自分の為だけに整えられた髪の毛。自分の為だけに施された薄化粧。自分の為だけに向けられる、その視線。全てが今、淳のものだった。テレビで話題のアイドルや雑誌で人気のモデルなんかにうつつを抜かす男は皆、馬鹿だ。淳はそう思い、教室内をぐるりと見回す。馬鹿が、たくさん。心底愉快だった。
 「淳じゃないと、意味がないんだーね。……だから、ね?」
 彼女は、僕のものだ。
 淳は、そう信じて疑わなかった。





 「淳、……あたしね、テニス、辞めるんだ」
 その日は、唐突にやってきた。
 彼女と出会って間も無く一年半が経とうとしていた、ある日のこと。昨日部活を引退したもののそのままルドルフの高等部に上がるつもりでいた淳は、今日も変わらず部室に顔を出し、後輩の指導も兼ね自主練を積んでいた。それは何も淳だけではなく、男子部、女子部ともに高等部でも同じ部活を続ける者は皆が名前だけの引退を経て、高等部での活躍に思いを馳せながら早速コートに舞い戻っていた。
 だから淳は、当然のようにそこに、彼女もいると思っていたのだ。
「地元に帰るわけじゃないんだーね。でもスポーツ推薦はしてもらえないから、内部受験するつもり」
 女子テニス部のコートに目をやれど、その姿はどこにも見当たらない。
 不審に思い、練習も半ばに女子部のコートへと向かう。同じクラスの者たちに彼女はと問えば、次の瞬間、耳を疑うような反応が返ってきた。
『あれ、木更津くんもしかして聞いてないの?』
『えーっなんで柳沢さん彼氏に話さないわけ?意味わかんないー』
『ねー。あぁ、柳沢さんね___』
 最後まで聞かずにその場を立ち去ると、血相を変えて学校中を駆け回り、見つけた時には日が暮れていた。
 中庭の日陰、まるで淳がそうすることを知っていたかのように、見つかるのを拒むようにベンチの片隅でひっそりとラケットを撫でていた柳沢は、淳の声が聞こえると小さな肩をひくりと揺らし、その特徴的な唇を柔和に歪め、そう言ったのだった。
 泣きそうだ、と淳はぼうっと思った。
「ほらあたしさ、一人っ子でしょ。だから父さんも母さんもあたしのこと、すんごい可愛がってくれたんだーね。自分で言うのもなんだけどさ。『強いところでテニスしたい!』って言ったらこうして関東の学校に行くことも許してくれたし、そんでそこで淳にも出会えたし、ほんと、感謝してるんだーね」
 彼女の目が、ぎゅっと握り締められたままのラケットに向けられる。その目はもう、淳だけを映しているものではない。
「でもね、ひとつだけ、小さい頃からの約束があって。これに関してだけ、すっごい厳しく言われてきたんだーね。うち、両親とも個人医院の医者で。ひいおじいちゃんの代から続くそれを、ね、あたし、継がなくちゃいけないの」
 出会ってまだ一年と数ヶ月だが、彼女のことは何でも知っていると淳は自負していた。
 彼女の性格。彼女の笑うタイミング。彼女の好きな食べ物。彼女の好きな場所。彼女の好きな洋服。彼女の好きな、人。
 それがどうだろう。
 今、目の前で彼女の口から溢れ落ちる言葉の数々。初めて耳にすることばかりだった。そして脳が理解するより早く、その情報は淀みなく鼓膜に届いてはその場に身を留め置いてゆく。
 夏の生温い風が、淳の背中に吹き出す汗をひやりとするものに変えていった。
「元々親には関東の医大勧められてたから、そこ受けるならルドルフの高等部には特進科もあるし、そのままここにいてもいいって言うからさ。でも流石にテニス続けながらは厳しいかなって……い、今まで言えなくてごめん!でも淳とはこれからも一緒にいられるし!これでよかったんだーね」
 そこまで一気に吐き出した彼女は勢いよく頭を下げると、そのまま自分の爪先をじっと見つめている。それはまるで自身に言い聞かせているように聞こえ、淳はついぞ何も、かける言葉を見つけることが出来なかった。
「……そう」
 淡白な返事だと、我ながらに思う。全身の血の気がざあっと波のように引いてゆき、それは唐突に故郷の海を思い起こさせた。青くない海は、淳の中で静かに波を引き続ける。訪れる大きな波を予感させるようなそれは、淳に確かな恐怖を与えた。
「ごめん……ごめん、だーね。淳」
 柳沢が僕に謝る必要なんてないよ、仕方ないよと、言えなかった。唇を持ち上げてみるも、鉛のように重い舌が言うことを聞かない。何故か。そんなの、決まっていた。
 柳沢の目は、遥か遠く、先を見つめているのだ。
 そこに自分の姿を見つけることが出来ずに、淳は途方も無い杞憂に苛まれる。じわじわと目蓋が熱を帯びてゆくのを感じるも、しかし最早、それに抗う術はなかった。





 「淳、ねえ、あつし、聞いてる?」
 柳沢がテニスを辞めると聞いてからというもの、淳は学校を休みがちになった。
 それでも淳はテニス部での活躍が認められ、高等部への入学は早々に内定している。テストで相当悪い点を取りさえしなければ、何の問題もなく進級出来るのだ。
 担任やテニス部の面子には「季節の変わり目に加えて部を引退して気が抜けたのか、体調不良が続いている」ともっともらしいことを言っては誤魔化してきたが、それもそろそろ、目敏い観月や、存外に部員のことをよく見ている赤澤あたりには通用しなくなってくる頃合だろう。このままの状態が続けば近いうちに精神科にでも引っ張っていかれるかもしれないな、などとぼんやりと考えつつも、淳は目の前で一生懸命に勉強を教えようとしてくれている少女のことで、頭も、心も、体も一杯だったのだ。
「淳ぃ。赤点取っちゃったらさ、流石の淳でも進級出来ないかもしれないんだよ?最近授業あんまり出てないじゃん。体も心配だけど、一応、勉強もやるだーね」
 そう言っては細かく書き込まれた自身のノートを淳に手渡す柳沢は、全国を狙えるレベルのテニスの実力がありながら、学業面も大層優秀だった。おまけに気立ての良い性格や人好きのする柔和なルックスと、男女共に嫌われる要素がないどころか人気者と言っても過言ではない柳沢だが、そんな彼女の視線が自分だけに向けられることのなくなった今、淳には、自分の存在価値がわからなくなりつつあった。
 明るく前向き、協調性もあり友達も多く、クラスの中心である柳沢。一方の淳はというと、物静かでマイペース、思慮深い、と柳沢はよく評してくれるものの、それは本人から言わせてみれば、暗くて協調性に欠け、物事をマイナスに捉えがち、といったところだ。そんな性格をしているからか、恐らく転校してからというもの友人と呼べる人間など出来た試しがない。
 淳は確かに柳沢を愛していた。しかしその愛は彼女自身への愛情であると共に、自分自身への庇護でもあったのだ。
 今まで腹の底に溜めていた、とてつもない程に肥大化してしまった顕示欲。柳沢という少女の視線が自分だけに注がれていることを知った時、それが一気に満たされてゆくのを淳は確かに感じた。
 僕は、選ばれたのだ。
 これでやっと、馬鹿どもに僕の真価を知らしめることが出来る。
 幼い頃より、自分より明るく活発だった双子の兄に抱いていた、劣等感。明朗な幼馴染たちに囲まれ、失われてゆく一方の自信。聖ルドルフからのスカウトを受け入れた時の心境としては、そんな自分を変えたい、などという前向きなものではなく、この場から逃げ出したい、そんな負の感情からくる決断であった。
 そしてそんな淳の願いは転校先の学校で一人の少女と出会うことにより、ついに叶うこととなる。いや、むしろそれは彼が望んだ以上の結果だっただろう。
 しかし、それも長くは続かなかった。
「うん。ごめんね。ちゃんとやるよ」
 本人も、そして相手も気付いていない依存は、すこぶるたちが悪い。
 本人が気付いていなければ制御しようにもどうにもならない。そして依存される側がそのことに気付いていないのならば、増大してゆく依存心にいつか飲み込まれてしまうことだろう。
「うん。だってあたし、淳には笑っててほしいんだーね!」
 無邪気に笑う柳沢を見つめる淳の目は、彼女だけを映していた。





「っ……ゃ、あ、つし、……めて、ん……ぅ」
「ねえ、柳沢、ねえ、ねえってば」
「あっ、ぁ、」
「こたえて。ねえ、ねえ、どうしてだめなの?どうして、」
 問うても問うても、彼女は身を振り乱し、そして言葉にならない嬌声をあげるばかりであった。
 互いに高等部進学も決定し、ならばそのお祝いをと二人きりでささやかなパーティーをしようと人目を盗んでは自分の部屋に柳沢を招き入れた淳は、後ろ手にそっと鍵をかけたのだった。
 本来ならば行き来は禁止されている男子寮と女子寮であるが、立地自体はさほど離れた場所にはない。夜半に部屋の窓から忍び込もうと思えば、いくらでも目の盗みようはあるというものだ。特に今は冬休み中であり、寮内に残る人間は平素と比べ格段に少ない。
 絶好の機会だと、淳は思った。
「やっぱり柳沢もあの馬鹿どもと同じこと、思ってたんだね」
「な、んの話だーね……っひゃ、!」
 彼女の頬に触れ、その手をじわりじわりと下に這わせる。やがて首元まできたところで、淳は白くて細い彼女の首を両手で包んだ。静かに力を込めれば、声にならない息が漏れ出る。下半身がずくずくと疼き、それは淳の感情をひたすらに突き上げた。
 彼女の揺れる濡れた瞳は、今は淳だけを映していた。
「本当は僕に同情してただけだったんだね。なんて酷いんだ、柳沢は」
「……ッけほ、ぅ…な、…のこと、言って、」
 指の力を緩めてやれば、圧迫から解かれた彼女の気管は一心不乱に酸素を求める。大きく咳き込み深呼吸を繰り返すその姿に、こめかみが熱を帯びてゆくのを感じた。どうしようもなく悲しくて、そして今目の前にある現実が、ただただ気に入らない。
「知らばっくれるの?本当に見損なったよ柳沢。僕、君がそんな子だとは思ってもみなかった」
「ぁあ、あつし、あ……ぁ、あ、あッ……いた、痛い…っ」
 部屋に常設されている机の上にその細い肢体を押し付け、柔らかな胸を弄ぶ。ささやかなれど整った形をしたそれは、淳の手の中で様々に形を変えていった。痛い、痛いと半ば泣き叫ぶようにして抵抗を繰り返す柳沢の横顔を、やがてひとつ、乱暴に張ってやった。
「僕知ってるんだよ。君が仲良くしてるあの馬鹿どもね。クラスの奴ら。僕のこと陰で何て言ってるか」
 怯えたようにふるふると微かに頭を振る柳沢に、淳は乱暴に微笑みを投げた。恐怖のせいか声も出なくなってしまった彼女の下半身に手を伸ばせば、しかしびくりと可愛らしい反応を示してくれる。彼女の履いているデニムのショートパンツを優しく脱がしてやれば、そこには淳の為に選んだのであろう、白地に桃色のレースがあしらわれたショーツが露になった。震える薄い布地に、心臓がびくびくと痙攣を繰り返す。胃の腑の熱はとろけるような耽美なものに変わってゆき、気付けば淳は、そこに指をかけていた。
「根暗のくせに協調性なくてワガママ。何考えてるかわかんなくて怖い。いてもいなくてもわからない。何であんな奴が柳沢と付き合ってるのか、わからない」
 彼女の秘部を暴きながら、しかしその口は自分に吐かれてきた罵詈雑言の数々を淀みなく唱えてゆく。
 別に今更それに腹を立てているわけではなかった。自分の欠点など、初めから誰に言われるまでもなく嫌という程わかっている。
「も、おねが……ッん、あ、あぁああ、あ、あッ!やめ、やめて、やめ……ッあ、ぁああ、ああ、助け、たす、」
「柳沢も同じことを思ってるから僕を見捨てたんだろう?」
「みす、あた、あたしがいつ淳をみ、見捨て、ぁ、痛……ッも、ゃ……どうして、」
「どうしても何もないよ、柳沢が悪いんだから」
 そう吐き捨てるように唇を持ち上げた淳はやがて、限界まで熱を帯びた自身のそれを彼女の秘部にあてがった。ぼろぼろぼろと大粒の涙を止めどなく溢れさせる彼女の顔は最早、平素見られるような明るさなど微塵もない。淳の目に映るのは彼女だけであったが、しかしその姿はもう、彼が愛した彼女ではなかった。
 思い詰めるあまりのことだった。
 しかし彼女には初めから、何一つ変化などないのだ。生まれたその時から強いられてきた選択を、ただ全うしようとしているだけ。彼女は一貫していた。
 だが淳は違った。そしてあろうことか、自分の変化を彼女の変化だと思い込もうとしているのだ。彼女が自分を欺くようなことをするから自分が悲しまなければならない。そんなの不公平だ。だったらせめて今まで通り、幸せでいたい。だから、傍にいて___ただそれだけの愛情を、しかし淳は最早、子供のように純に伝えることが出来ない。
「君は僕だけのものになるんだ。ああ、僕ってなんて、羨ましいんだろう」
 一人でに笑って一人でに呟き、一人でに彼女を穿つ。柳沢の肢体がくたりと果てた時、彼女の腹部には、淳の独りよがりな愛情がたっぷりと揺蕩っていた。
 「好き。好きだよ、柳沢。好き」
 今一度その細い首を絞めれど、最早彼女は、呻くこともなかった。



深夜

 初めて彼女に手をかけたあの日から、もうどれくらいが過ぎただろう。
 あれからというもの、高等部に進学し進級を重ねど、淳の蛮行は幾度となく繰り返された。回を重ねるごと、月日を追うごとに彼女の人格は淳に奪われてゆき、今では中等部時代の明るさなどまるで見受けられないまでになってしまっていた。
 一方の淳はというと傍から見れば何も変わっていないように見えるが、しかしその実、柳沢にだけ見せる顔があることを知っているのは、恐らく淳自身未だに自覚がないので彼女のみだろう。
 彼女には、今となっては頼れる友人もいなくなってしまっていた。繰り返される淳の行為はその人格を溶かしてゆき、まるで今の彼女は『あの頃の自分』のようだ、と淳はその姿を見つめる。顔に深い影を落とす長い前髪も、独りで教室にいる姿も、その口数の少なさも。皮肉なことに彼女はもう淳の愛した柳沢ではなくなっていたが、しかし淳は、それでも蛮行をやめることはなかった。まるで力を誇示するかのように、彼女を支配し続けようと足掻いた。
「……ぅ…」
 最近彼女は、辛そうに口許を押さえることが多くなった。
 今までどんなことをしても吐き気を催すまでに嫌悪されたことはなかったが、ついに彼女も愛想が尽きてしまったのだろうか。だとしたら、そんなに悲しいことはない。淳は落胆し、そしてごうごうと込み上げてくる夥しい程の熱量に目眩を覚える。
 このままじゃ近いうちに、僕は彼女を殺してしまう。
 恐怖と高揚感に苛まれた淳の口許に、じわじわと歪みが生じた。
「……あつし……」
 小さく呼ばれ、答える。なあにと優しく鼓膜に囁きながら、いつものように細い首に手を回した。骨ばった大きな手は男らしく、太い指でぐっと力を込めようものなら簡単に窒息させてしまいそうだ。
 どくどくどくと高鳴る心臓が淳のこめかみにドップラー効果を生み、反響する。
「あたし……こどもが、できたのかも、」
 しかし。
 零された彼女の言葉を聞いた瞬間、淳は思わず、その手を離してしまっていた。
 大きく咳き込む彼女もそのままに、その場に座り込む。
 こども。口の中で唱えれば、それはまるで薬のように、淳の体の隅の隅にまで血液となって行き届いてゆく。
 僕と、彼女の。
 こども。
「どう、して……こんな、なっちゃったんだーね…ぅ、う……戻りたいよ…淳……ねぇあつしぃ……答えてよぉ……っふ、ぅう…」
 なのに何故、彼女は泣いているのだろうか。わからず、淳は首を傾げるほかなかった。
 彼女は近頃、過去を懐古することが多くなった。淳と初めてデートしたあの日、楽しかった。淳と初めて手を繋いだあの時、緊張した。淳と初めてキスをした瞬間、心臓が止まるかと思った。何度も何度も呟き、そしてそれは初めて交わしたキスの話までくると、また振り出しに戻るのだ。顔を合わせる度にそう繰り返す彼女に苛立ちを覚え、いつもより強く首を掴んだことがある。それでも声にならない息でそれを繰り返す彼女の目は、何処でもない暗がりに沈んでいた。
「そう」
 立ち上がり、笑いも堪えず、彼女の子宮めがけて思い切り良くその手を振りかざす。
 鈍い音と、遅れて届く、彼女の嗚咽。
 彼女の特徴的な唇がふるふると震え、やがて堰を切ったかのようにでろでろとした液体が流れ出てきた。彼女の柔らかな素肌に張り付いてゆくそれは、ぽつりと浮かぶ無感情な蛍光灯に照らされ、きらきらとまばゆく淳の目に映る。わあ、と感嘆の声を上げたその時、彼の目には確かに、星が舞っていた。
 彼女が星を、吐いている。
「きれいだね」
 淳は漠然とそう思い、目を細めた。
 そのままそっと、再びその首に手をかける。ぎゅう、と絞り上げるように力を込めれば、ごぼごぼと泡になった胃液がさらに彼女の肢体を艶かしくさせた。
 ああ、きれいだ。
 こんなにきれいな彼女は、久しぶりだ。
 淳は心底楽しそうに頬を紅潮させ、そしてその手に一層力を込める。やがていつものように果ててしまった彼女から手を離せば、その口許に広がっていた液体がどろどろとその身をくねらせ彼女の中に戻ってゆくのが見てとれた。
 星を食べているみたい。
 そうぽつりと呟いた淳は、もう動かなくなってしまった蒼白の彼女の肢体を余すところなく舐め上げてゆく。
 しかし淳が星の味だとよろこぶそれは、こどもの栄養になるはずだった、ただの消化されきれなかった食物なのだ。
「……柳沢?」
 しかし淳には、その時確かに、そう聞こえた。
「全部、嘘?」
 足許を、見やれば。
 独りよがりなこどもが、星を食べ、笑っていたのだ。


イメージソング:星を食べる/たま、意識/椎名林檎

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