彼と、アメジストスと名乗る青年と出会ったのは俺が奴隷船で市場へ運ばれている時だった。
 きっと生まれた場所と時期が悪かったのだ。奴隷として売られる運命は其処から決まっていたのだ。そう悲壮感に打ちひしがれていた。他の奴隷達も皆同様に疲れた顔をして、暗い表情をして、希望なんて微塵も感じさせない雰囲気を漂わせている。俺も例にもれずその内の1人だった。
 照り付ける太陽が首輪や枷の鎖の温度を上げ体力を奪っていく。海が日光を照り返し余計に気温が上がっていく。

 何も知らない幼子や力の無い老人と比べ、ある程度若く多少教養のある――と言っても文字が読める程度である俺は少しは値段が上がるのだという。その金が俺に入る訳でも家族の元へ行く訳でもないから嬉しくも何ともないのだが。
 大きく船が揺れて止まった。商人の怒号が聞こえる。いつもと違う様子に奴隷達が何事かとザワついている。俺も興味本位で背筋を伸ばして騒いでいる方へ首を向ける。今まで俯いていたから分からなかったが、奴隷船は止まったのではなく別の船と衝突して止められたのだ。

「何だ貴様は!」

 船頭が怒鳴り、直後にその男はふらりと体が傾き、そのまま海へ落ちた。ぶつかってきた船から数人の男が乗り移ってきて、他の奴隷商人を切りかかっていた。奴隷達のどよめきは大きくなり、叫ぶ者や逃げようと暴れる者が出てくる。俺は船頭がいなくなった場所を凝視していた。

 白と紫の混ざった長髪を風にたなびかせた俺よりも若い青年がそこにはいた。目付きが鋭い所為でやけに大人びて見える。
 ぶつかってきた船はどうやら海賊船で、彼の仲間らしき柄の悪い男が何かを叫んでいる。それに対して俺の知らない言語で返事をして、騒ぐ俺達の元に早足で近付いてくる。殺されるのかと喚く奴や諦めて大人しくなっている奴の間を通り抜け、奴隷同士を繋ぐ鎖を鈍く光る黒い剣で断ち切った。

 自由になっても海原の真ん中で、隣接しているのは海賊船だ。逃げ場は無い。卑屈になっていた俺は買い手が変わっただけで奴隷の道である事に変わりは無いだろうと、紫の目の青年を見ていた。

「私と共に運命に抗うと言う者は前へ出ろ。逃げたい者は隣の船に乗れ。近場の港まで送ってやる」

 彼は凛とした声と口調で、逃げたいなら海賊船へと言う。言っている事が無茶苦茶だ。それでも疲れ果てて思考能力が衰えているのか、とにかく逃げたかったのか半分以上の奴隷達は隣の船から出せれた梯子に我先にと群がっていた。

 枷を外されて痛みと重みの無くなった自分の腕と青年を交互に見て、俺には高揚感が沸いていた。精悍な顔つきの青年は残った俺たちを見回して、目が合った俺に近付いてきた。

「アンタ、何がしたいんだ……?」
「言っただろう。運命に抗うのさ。無力なまま戦わずに死ぬのは嫌だろう?」

 立ち上がってみると背は俺より少し低く、よく見れば顔つきもまだ幼さが残っているように見えた。目だけが異様に鋭く鈍い光を放っていた。
 もう海賊船に乗り込む者の有無を彼は呼びかけて、いない事を確認すると舵を取り始めた。海賊船から船長らしき威厳のある顔つきの男が体を乗り出してきて、大きく手を振りながら何か言った。彼もそれに笑って答えた。笑うと更に年相応の幼さが滲んだ。

「アンタ、名前は?」
「……アメジストス。お前は」
「シリウスだ。これから何処に行こうって言うんだ?」
「奴隷市場を回る。なるべく多くの奴隷を解放して戦力を集めるんだ」

 最終的にはイーリオンに攻め込むのだと、夢のようなことを彼は、アメジストスは言ってのけた。冗談を言っているようには到底思えない顔と口調だった。名前からして冗談のようだとは思うが。アメジストス。紫水晶だったか。確かに彼の目や白い髪に混ざる髪の色は紫水晶のようだけれど。恐らく偽名なのだろう。


 その後彼は各地の奴隷船や市場を訪れては奴隷達を解放した。やはり多くの者は逃げたが、それでも一つの軍が出来上がる程度の人数がアメジストスの配下に就いた。その間に俺は彼の右腕的立ち位置にまで登り付いていたらしく、彼の代わりに部隊の指揮を取る事もあった。

 閣下、と遠くで誰かに呼ばれて彼は返事をしてから俺を見た。いつの間にか「将軍閣下」なんて仰々しい称号が付いていた。呼ばれるまま彼は返事をしているが、違和感を覚えているらしい。

「慣れませんか」
「慣れないな。シリウス、お前もいつの間にか私に敬語使っているし、これじゃ奴隷と変わりないのではないのか?」
「ハハ、それは違いますな。アメジストス閣下殿」

 皮肉めいて慣れない名で呼ぶと、ムッとしてこちらを軽く睨んだ。常時気を張っている訳にもいかず、奴隷解放の時や都市へ奇襲をかけるなどの時以外は他の同世代の奴らと殆ど変わりない普通の青年のようだった。それでも違うのは目に何処か悲しさが滲んでいる所だ。

「我々は自分の意思で貴方の元に付いているのです。働かされているのではなくて、自ら行動を共にしている。だって我らは皆復讐を誓う同士でしょう?」
「……まぁ、そういうことになるな」
「貴方が発起人なのだから、頭に就くのも道理だ」

 笑いかけると未だ納得はいっていないようだが、先程呼んだ誰かがもう一度「閣下!」と叫ぶから「今行く」と手を振り俺を一瞥してから大股で歩いて行った。後ろ姿を見送ってから、空を見上げた。
 最も大きい丸が月で周りに散らばっているのが無数の点が星なのだと閣下に教えてもらった。数えきれない程の星々にもそれぞれ意味があるのだとか神サマがどうのだとか色々と知識を与えてもらったのだが、話が難解で追いつけなかった。

 いつか時間が出来れば、と考えてそんな時が来るのだろうかと緩い考えを払拭された。涙が流れるように星が流れていった。






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奴隷部隊はエレシリ前提のエレ←オル前提でオルシリというどろどろが好きです



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