雪が積もり、地面も見えなくなった季節である。
 道端に古ぼけた赤い布きれが落ちていた。屋敷の前にゴミが落ちていると思い拾い上げたら何か重たいものに括り付けてあった。ぐいと思い切り引っ張り上げると軽く積もった雪から人体が現れて、見知った頭がごろりと、出てきた。
 要約すれば、ゴミだと思った襤褸切れは彼が愛用しているマントで、括り付けてあった「何か重たいもの」とは彼の体だった。
 真冬に厚着と呼ぶには余りにも襤褸いスーツと薄いマントを纏って、ジリ貧生活を送る一児の父親は、雪に埋もれて倒れていたのだった。

 仮面に雪が積もっている。幾ら痩せぎすとは言え、図体がそもそもデカい男を担ぐことは容易ではない。雇い主の私が運ぶというのもおかしな話だが、自宅の前で死なれても困るので自分よりも大きい男を肩に担ぐ。正面玄関から入るのは気が引けたから、裏口から入りなるべく誰にも合わないであろう場所を通り、自室へ入る。
 男をベッドに投げる。小さく呻く。何があって倒れたのか知らないが、空腹であることに間違いは無いだろうと思い、メイドを一人呼びつけて食事を用意させた。

 濡れているマントだのスーツだのを脱がしてやる。仮面も外して机に置いておく。以前全て新調してやろうかと言った事があった。もっと上質で痛みにくいものにしてやろうかと。彼は首を横に振った。気持ちだけ受け取るだなどとほざいたのだ。
 内心では、現品ではなく金を寄越せぐらい思っているのかもしれないが、マントにも仮面にも思い入れがあるのだと言っていた。

 元からなのか、不摂生の影響か、不健康そうな浅黒い色の肌を撫でる。意識が薄ら戻ってきて気いるのか眉がひくりと動いた。辛そうに眉間に皺を寄せたまま動かない。
 緩く上下する胸がまだ生きているのだと私に安堵を与える。大した素性も知らない男を屋敷に招き入れて、その上看病じみたことをしているなんて、おかしいと自覚済みではある。
 まだ暫くは目を覚まさないだろう。そう想定して、未だ意識の浮上しない男の額を撫でて、そのまま唇を這わせる。大人の体温にしては冷た過ぎる。

 これで目が覚めたら、などと仮想してみて深く眠る彼を見て馬鹿らしくなる。少し深く呼吸をした気がするのも恐らく自意識過剰なだけだろう。実は眠っているフリをしているのでは、と疑り深くなっている自分に嘲笑する。起きていてほしいという願望でもあるのだろうか。
 実は起きていて、今の私の行為の真意に気付いたならと期待しているのだろうか。くだらん、と思わず口にして更にくだらなさが増した気がした。

 今のこのボロボロの衣服を全て捨てて、新しく取り揃えてやって、酷い環境にあるという家も取り壊してこの屋敷に部屋を作ってやったら、この男はどういう反応を示すだろうか。露骨に嫌悪を表すだろうか。素直にこの家に住むだろうか。私に囲われるぐらいならと、娘共々逃げ出すだろうか。
 そんなことを考えたとして、ただでさえこの家系は危ういのに素性の知らない父娘など連れ込んだら、何を言われるかわからないしこの家は没落してしまう。

 幼い娘がいるのだと言っていた。重い病気を患っているから家から出られないと。病院へ行く金など持っていない。だが誕生日に絵本をねだられたから、それだけは与えてやりたいというようなことも。それぐらいの金なら出してやろうと言った事もあったが、「貴方は私の雇い主であってパトロンではない」と言って、断られた。私に借りを作りたくないのだろう。

「借り、一つ作ったぞ。どう返してくれるのだろうな」

 独りごちて、再び眠っている彼を見下ろす。いつ目を覚ますだろうか。暫く眺めてから残っている仕事を処理する為に執務室へ向かう。
 扉を閉める間際、寝返りを打つ音が聞こえた。










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