やはり換気をすべきだと思い、ルキウスは窓辺へ移動する。まずカーテンに触れた時点でノアが声を荒げた。これ以上部屋の中を荒らすな、空気を乱すなと。乱す前に淀みきってると言って、腕を掴むノアの手を振り払って、カーテンを全開にする。光が部屋に差し込んでルキウスの髪に反射する。ノアは思わず目を細め、一瞬だけ動きを止める。どこまで清々しく、神秘を纏う気なのだ、こいつは。

 ルキウスに対して気後れしている間に、ルキウスは窓の鍵に手をかけていた。慌て食って、ノアが制止するよりも早く、窓を勢いよく開ける。爽やかな風が待っていたとばかりに吹き込み室内に舞った。同時に嵐のような音が鳴り、視界が白や褪せた黄で埋まる。無造作に山積みにされた過去の資料が縦横無尽に乱舞していた。
 危惧していたことが目の前で起こり、ノアは口を開けたまま何も喋れないでいた。

 ばさばさばさ、と舞い上がった大量の紙が床を埋め尽くしていく音を耳にしながら理性を取り戻していく。何千枚あると思っているのだ。
 ルキウスは「わあ」だの「おお」だの声を上げながら、窓を閉めた。澄んだ空気が部屋を占めて、換気はされたようだったが部屋の中は空き巣にでも遭った様な惨状だった。
 沸々と怒りが腹から這い上がり、ノアは激昂に流されるままルキウスの胸倉を掴んだ。

「ルキウス! 貴様本当にいい加減にしろ!」
「ははっやっと名前呼んだね! よろしくねノア!」
「帰れ!」

 胸倉を掴んでそのまま入口まで引きずり、廊下に突き出した。尻もちをついて、ノアを見上げてくるルキウスを睨む。無言で研究室の扉を閉めた。廊下でルキウスが叫んでいる声が聞こえる。ごめん、と言っている声には笑いが含まれているのが分かるから余計に腹が立つ。

 また勝手に入ってきそうだから施錠をして、散らばった資料を拾う。山の大部分は固まって崩れていたが、頂の方は風に煽られ乱れに乱れた為元に戻すのは非常に時間が掛かりそうだった。もう使わない資料が大半だが、捨てると勿体無い気がするのだ。あって困るものではないし、今後使用しないとも限らない。再び何者かの手によってこんな事態にされないように、ファイリングした方が良いのかもしれない。

 どうせ誰も来るまいと油断していたノア自身にも落ち度はあったのだ。ルキウスばかりを責める訳にもいくまい、と落ち着こうとしたがやはり苛立ちは収まらない。呑気な顔をして笑う男の顔がまだ頭に残っていた。忌々しい、と吐き捨てて、床を目指してひたすら資料を拾い集める。


 コンコン、と遠慮がちな小さなノック音を聞いた頃には日が少し傾いていた。薄暗い室内に慣れていたから日の傾きに気付かなかった。あらかた片付け終えて、どうせだからと年代毎に仕分けてファイルに閉じていたが、幾らか足りていないことに困惑していた頃だった。

 扉を開けると、元凶が紙の束を抱えて立っていた。顔を見た瞬間に静まっていた怒りをぶり返したが、怒鳴る気力も残っておらず眉間に皺を寄せただけに留まった。露骨に不機嫌な表情を見せたノアに、ルキウスは苦笑を零す。空気の換気をしたかっただけなのに、大量の資料が舞い上がるとは誰も想像しなかった。流石に申し訳なかった。
 いくらか廊下や窓へ流れていった歴史の破片を目の端に捉えていたから、ノアの研究室を追い出された後探せる限り拾い集めてきたのだ。

「悪意は無かったんだ。まだ、片付け終わってないなら手伝うよ」
「……資料を拾ったことは感謝を言う。片付けならもう殆ど終わった」
「そうか…本当、申し訳なかった。中、入っても?」
「勝手にしろ」

 ルキウスが入ってくるのを見て、明かりを点けた。
 殆ど終わったとは言ったもののまだ少し時間は掛かりそうである。久しぶりに姿を現した床に座り込んで、ノアはファイリング作業を続ける。ルキウスは普段ノアが座っている椅子に腰かけた。背凭れを抱くように座り、ノアの背中を眺める。
 熱心なその姿に感心しながら、頬杖を付く。

「ノアは、本当に歴史が好きなんだね」
「……悪いか」
「尊敬するね。尊敬するし、僕だって負けないくらい好きだけどね」

 これは胸を張って言える。ノアがちらとこちらを振り向いて、何か言いたげな視線をルキウスに寄越した。やっと向こうから興味を示してきたことに嬉しく思いながら、また何かやらかしたら完全に嫌われてしまうと気持ちを押さえる。何も思っていない風を装いながら、ルキウスは何だい、と首を傾げた。

「何もしないなら、水でも持ってこい。喉が渇いた」

 一瞬何を言われたのか理解が出来なかったが、水、と口にしてみて、嗚呼水ね、と意味を理解する。ノアが喉が渇いたから、ルキウスに水を持ってこいと要求したのだ。つまり、まだ研究室にいても良いということだろう。
 パシリに使われていると自覚していても、ノアと繋がりが出来たと言うことが嬉しく、ルキウスは意気揚々と二つ返事で研究室を出た。

 戻ってきたら再び鍵が掛けられていたなどと、廊下で騒ぐルキウスをノアはひそやかに笑った。






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